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開戦の兆し

「後宮にいて、何もなかったと思うの?」

美優の寝ている隣の部屋では、デイルとルティンが向き合って話をしている。

ルティンが美優を庇うのが、デイルには面白くない。

「それでも神獣の巫女だ。ワンがミユウを大事にしていることに変わりはない」

デイルも、ワンが魔法陣もなく姿を消したのを目の前で見た。

魔力という燃料を使い魔術が稼働するはずなのに、転移という高度魔術で魔法陣がないというのは、魔術ではないのかもしれない。

どれほどの魔力が必要なのだろう。


兄は国防の要である。

いくら自分が報告をして場所を知らせているとはいえ、軍を放置して、ミユウを追ってくるか?

いい子だ、それは認める。

だが、自分の周りにいる貴族令嬢ほどの教養もマナーもなく、美貌で抜きんでているわけでもない。


「出来るだけ早く、この国を出よう。

ミユウは嫌がるかもしれないが、一度マルセウスに戻ろう」

美優の熱が下がったら、強行軍で国境さえ超えれば、マルセウス国内の転移魔法陣が使える。



長い夜が明けると、美優の熱が下がり出立の準備を始めた頃に、ルティンは部下からの急報を受け取った。


『マルセウス国内の複数個所で、魔獣出現』


「どういうことだ!

まるで・・」

まるで、我々が国内にいないのを狙っているような。

その言葉が頭に浮かび、デイルはワンを見た。


神獣であるワンでさえ、巫女の美優に従うのだ。

魔獣は?

魔獣も人間に従うのかもしれない、あまりにも作為的過ぎる。

誰かが、魔獣を操っている?

神獣が国内に居ない今、マルセウスは大きな被害を受ける。


きっと長兄のアーノルドも気が付いているだろう。

マルセウス軍が魔獣に対戦している時は、他国にとって狙い目だということを。

最も用心が必要なのは、ウズデロイドだ。

そしてウズデロイド王は、神獣が国内にいないのを知っている。

兄を退けて、僕が王になる国を無くならせるわけにはいかない。

デイルは、熱が下がったばかりの美優の為に、すぐに出立出来ないことが苛立たしい。






「陛下」

トミーが転移陣に現れたフランシスを確認して声をかける。

「研究所はいかがでしたか?」


「繁殖が上手くいっていた。

全部、送り込んできたが、どれほどが生き延びて転移したか」

神獣の力は巨大でまともに立ち向かえば勝ち目はない。

だが、神獣も複数の場所に同時に現れることは出来ないだろう。

マルセウスを早急に弱体化させ、魔獣に怯えた国民の不満を積もらせ内部崩壊を誘う。

もしも、神獣が他にもいるなら、考えたくはないが美優の血を与えているということだろう。

それも、大量の。

美優は何者なのだろう? トミーには女神と言ったが、それは建前だ。

何者でもいい、守りたいとフランシスは目を閉じる。美優に傷がつくのは許せない。

一刻も早く取り戻さねば。


「軍の準備をしろ。

俺が参戦する」

フランシスは王子として武術も訓練を受けたが、魔術ほど飛び抜けているわけではない。

「陛下! 危険です。今までは将軍に任せていたではありませんか」

魔獣も放畜したばかりだ、もう少しマルセウス軍に駆除された後でないと、自軍もやられてしまう。


「女神を得るには、部下に任すわけにいくまい」

バサッと脱いだ上着を侍従に渡し、フランシスは椅子に腰かける。

その前に立つのはトミー・ロウ・ビステア。

「陛下、遠征になります。

数日は食料や武具の調達にかかります」

「仕方あるまい」

フランシスは野心家ではあるが、暴君ではない。




美優は自分のせいで戦争が始まろうとしていると知る由もなく、ワンの背中に揺られてマルセウスとの国境に向かっていた。


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