王子さまが来ました
ワンと美優に対峙するように、40人程の軍人が囲む。
そこから一歩前にでたのは、金髪碧眼のいかにも王子様然とした麗しい男性。手には大きな剣を手にしている。
「殿下、危険です。おやめください」
よこから兵士が止めるのを見ながら、本当の王子様なんだ、と美優は暢気に思っていた。
これは、ヒーロークラスだ、さすがイケメン、王子様、騎士様、美優の妄想は止まらない。
この場は、ワンに任せるつもりでいる。血を狙われるなどトンデモない。
「近づくな」
ワンが王子と呼ばれた男性に向かって話す。
「魔物がしゃべった!」
王子達はワンに驚いて、防御態勢を強化したが、美優は別の事を考えていた。
シュエンの声じゃない。
あの顔にはあの声でないといけないのよー!
ああ、何故ワンが姿を変えた時に、声は思念で送れなかったのか・・・
最初は姿形で興奮したが、落ち着いてくると、声が違うと気が付いた。
そんな美優は、王子の軍に囲まれているというのに、声にガッカリして、それどころではなかった。
だからついうっかり、「はい」なんて答えてしまった。
「ご主人、いいのか?」
ワンが再度確認してくるが、何の事か話しを聞いてなかった。
「まて、俺は争うつもりはない。大事なご主人を連れているのだ。」
これは、美優が後悔に浸っている間に行われた会話。
ワンの言葉に、知能があるぞ、と人間側が慌てている。
「大きな光を見て、我々はここに駆けつけたのだが、途中に沢山の魔物の焼け焦げた死体があった。
あれは?」
王子は、あれはお前が? あれは貴方が? 言葉に戸惑いを隠せない。
魔物に敬称など使いたくないが、目の前の白銀の大きな魔物は初めて見る種類であり、知能がある。大きな魔力があるだろう、魔術さえ使うのかもしれない。
もしかして、神獣の類いかと思いが浮かぶ。
魔物は、魔力を放出する攻撃しかしないが、この魔物は魔力を使って複雑な魔術を組み立てるのではないか?
そうでなければ、あの強烈な光の説明が出来ない。
「ご主人が襲われたのでな」
ご主人を襲ったのは、ワン自身だが、それが引き金となり美優の力が発動されたので嘘ではない。
王子は魔物にしがみついている、変な服装の女の子に目を向けた。
最初は、この魔物に襲われているのかと思ったが、魔物がご主人と呼ぶことで関係を悟った。
この魔物を使役するには、ご主人と呼ばれる女の子を懐柔すればいいということだ。
女の子の足元に乾いた血がこびりついている。あれが襲われたということか。
「ケガをしているようだ。
我々の砦が草原と街の境にある。そこで手当てしよう」
そして、話しを聞いてなかった美優が、はい、と答えてしまったのだ。
「殿下、得体の知れない魔物を連れ帰るのは危険です!」
側近であろう男性が王子を止めている。
あ、王子よりもあっちの方がいいかも!
どこまでも呑気な美優に、ワンが同じように心配してくる。
「ご主人、砦でケガの治療というのは罠かもしれません。
直ぐに信用してはいけません」
第一ケガは治ってますし、というワンは美優を襲ったのに、好きなキャラに変身した為に信用されている。
「え!?
砦で治療?」
やっと状況を理解した美優だが、ワンのひそひそ声に比べ、興奮して大声でしゃべっている。
「傷は治っているわよ。治癒魔法よね、あれ。
じゃ、治療だと連れて行って、訊問とか拷問されちゃうの!?
痛いのはイヤよー!」
ご主人、とワンが美優の口を押さえるが、王子達には丸聞こえである。
「いや、そんな事はしないから」
王子が強く否定するが、美優は信用しないとばかりに威力のない睨みをする。
「僕はこの国の第2王子、ルティン・ローテス・マルセウス。
この名にかけて、無体はしないと誓うよ」
王子は、美優に優しく微笑みかける。
「この国って、どこ?」
美優の場合、そこからであった。
「ここは、マルセウス王国。隣国から国境を越えたならわかるはずだろう?」
王子は、国境をどうやって越えたのだと聞いている。
「我々は国境線を越えたわけではない」
ワンはこの地で魔物として生まれ、美優は突然現れ出たのだ。
「まさか、魔法円もなく移動するというのか?」
王子の側近が、驚いたように口を開く。
「ねえ、ワン、魔法円って何?」
美優は、話しがわからずワンに聞く。
「俺も詳しくは分からないが、何度か見たことがある」
魔物討伐の為に書かれた魔法円に、騎士達が現れたのを見たのだ。
複雑な魔術を組み立て、魔法円と魔法円の間で移動をさせると想像出来る。
「魔法円は遠い地から移動が出来る魔術円だ」
「瞬間移動ね!」
そうだ、とワンは答えようとして、美優の顔が赤く小刻みに身体が震えていると気が付いた。
「ご主人?」
「王子様、砦には女性がいる?」
美優はワンには答えす、切羽詰まったように早口で王子に聞く。
「ああ、いるが?」
「と、トイレ!」
美優の足元はプルプル震えている。
「王子、砦を思い浮かべるんだ!」
緊急事態を察したワンが叫ぶ。
砦を思い浮かべたのは、王子だけではない、側近を含む騎士達もだ。
美優は必死だった。
こんなに沢山の男性の前で漏らすなら死にたいとさえ思った。
そして、辺りが白い光に包まれる。