草原の中で出会って
突然異世界に飛ばされても、知らない事ばかりで順応がすぐに出来るはずがない。そんな女の子を書いてみようと思いました。周りは優しい人ばかりではありませんが、ヒロインは前向きに頑張ります。
応援してくれると嬉しいです。
少しよろけた弾みに、美優が出した手は宙をきる。
アスファルトに叩きつけられる、と覚悟した衝撃はこない。
転げた弾みに身体が跳ねた。
「草!?」
柔らかな草が美優の身体を守ったらしいが、街中で草なんて、と立ち上がって呆然とした。
ビルも、アスファルトの道もない。
一面深い草が生えているだけ。
「何?」
ここはどこ? どうなっているの? とか一度に頭の中がぐちゃぐちゃで言葉が思い付かない。
ザン!!
痛い!!
草むらから飛び出した何かが、美優の足に噛みつき凄いスピードで曳きずって移動する。
「いっやああ!!」
あまりの出来事に硬直していた身体から、やっと声が出た。
黒く長い体毛の大きな生き物が、美優の足を咥えて草むらをかき分け、向かう先に同じような生き物の群れがいる。
食べられる。
美優の脳裏に浮かぶ恐怖は、足から流れる血も痛みも感覚を無くしてしまう。
「た、助けて!」
身体中の血液が逆流するほどの恐怖、誰も助けてくれない。
ここで、得体の知れない生き物に生きたまま食い付かれ、自分の身体が無くなっていくのを見ながら死ぬのだと悟る。
いやだ! 怖い! 死にたくない!
本能のままに叫んだ。
「やめてー!! 」
助けて、と心の中に響く。
ガクンと美優の身体は、宙に浮き、足を咥えていた牙の感覚が無くなっていく。
何より、辺り一面が強い光に包まれ、あまりの眩さに色さえ感じられない。
放り出された身体は、草むらに落ちて、解放されたと分かった。
あの獣は?
どうなったか分からないけど、逃げないといけないと思っても身体は動かない。
恐怖と不安、身体に力が入らない。焦る気持ちだけが空回りしている。
噛まれた足を見ると、肉がえぐれ骨が見えている。自分が正気であるのが不思議なぐらいである。
痛いのか、熱いのか、冷たいのかも感覚がない。
恐々、その足に手を添えると、自分の手が発光していると気がついた。
手だけでなく、足も身体すべてが発光しているようだ。
傷口に添えた手からさらに光が広がる。
傷が塞がっていき、そこで痛かったんだ、と思い出す。
傷痕もなく傷は消えたが、噛まれた足にはこびりついた美優の血が残っている。
「これがなかったら、噛まれたなんて分からない。どうして傷が治ったんだろう?」
誰に言うでもなく、言葉がもれる。
ともかく逃げないと、と震える足を叱咤して立ち上がろうとして、側に何かがいるのに気づいた。
大きくて、白い。
緑の瞳の獣が美優を見ていた。
不思議と怖いという思いはなかった。
その獣の後ろに広がっていたはずの草の海は、所々消滅しており、焼け焦げた匂いが鼻につく。
美優の周りには深い草が残っていたが、それさえ変色していた。
「名を」
獣が話しかけたことに美優は飛び上がるほど、ビックリした。
「ご主人、我に名を与えよ」
白と思った長い毛は、銀色に輝いている。犬のような鼻と口。アーモンドアイは緑色。
象程の大きさなのに、美優は威圧感を覚えなかった。
それは、その獣がじっと美優が答えるのを待っているからだ。
「名前って?」
逃げないといけないと思いながらも、何処に逃げればいいのかも分からない。
「我は、ご主人から血肉を分け与えられ、大いなる魔力を身に受けた。」
血肉を分け与えられ、その言葉に背中が氷る。
私の血肉を食べたと言うの?
美優は、傷が癒えた自分の足を見る。
この獣は、さっき美優の足を咥えて走っていた獣なのか?
姿形も大きさも全然違うのに、自然に理解した。これはあの獣。
「そして、ご主人の助けて、という指示を受け取った。
我は、ご主人を助ける為に存在する」
大きな口から、長い舌を出して鼻先をペロペロ舐めている。
本物の犬と同じ仕草で、これでワンと鳴けば巨大な犬だ。
「ご主人、人間の軍隊が近くにいる、すぐに来るだろう。早く名を与えよ」
人間の住む近くに出没した魔物を退治するために、軍隊が派遣されていたのだ。
きっと、美優の放った強烈な光を見て駆け付けてくるだろう。
辺り一面が光に包まれたのだ、草原の反対側にいても見えたに違いない。
どうして名前が必要?とか考える余裕もなかった。
「ワンちゃん」
美優は、獣に呼び掛ける。
「貴方の名前はワンよ!」
しかも、まるで中国人の名前みたい、なんて想像してしまった。
ワンと呼ばれた獣は、一瞬で人間に変身した。しかも、美優が想像したビジュアルの男性である。
髪の色が黒髪ではなく、銀髪であるが。
もう何が何だか分からない。
戸惑う美優に獣は元の姿に戻った。
「すまない御主人、驚かせたようだ」
獣であるワンが美優を気遣う頃には、辺りを包んでいた光も、美優の身体の発光も徐々に無くなった。
お読みくださり、ありがとうございました。