藤崎彩との付き合い
それから一年後。
志郎は藤崎彩の事など、すっかり忘れていた。
あの少女を覚醒剤更正施設に入れたが、元気にしているだろうか。
そろそろ出所している頃だろう。
あの彩は更正施設に入る前は、「出る時は生まれ変わって人生をやり直します!」と意気込んでいた。
それが実行出来ているのか、確かめに行かんと考えていた時である。
深夜2時だが、交番に誰か入ってきた。
事務をしていた志郎は、顔を上げた。
「お、お前は・・・」
志郎は、のどを詰まらせた。
フードをがぶった彩が、入ってきたのだ。
「更正施設は退所出来たのか?」
「出来たよ。お巡りさんにも、礼を言おうと思って」
彩は、うつむいたままだ。
「俺と目を合わせろ、彩」
彩は包丁を取り出した。
「おい、俺に恨みを晴らそうとしにきたのか?」
「そうじゃない。
覚醒剤を買いたいの。でも、お金がない。
あんたなら、あたしのために買ってくれそう」
「せっかくだが、断る。
犯罪の手助けなど、するつもりはない」
「あたしのために、役に立ちたいって言ってたでしょ」
「それは更正させるために、言ったんだ」
「そうなの、あたしには何もしてくれないんだ」
その時、彩の腹がグゥ~と鳴った。
「彩、お前飯食ってんのか?
そんなひもじい体力で、犯罪なんて出来る分けないだろ?」
「うるせえ、金がないなら拳銃をもらう!」
「俺の拳銃を?銀行強盗でもするつもりか?!」
「さっさと出しやがれえ!」
彩は本当に志郎を、刺そうとした。
志郎はとっさに、包丁をつかんだ。
指の間から、血がしたたり落ちる。
「お前、ちっとも更正出来てねえじゃねえか?!」
志郎には一年もの間、彩の更正の期待を待った自分が情けなくなった。
志郎は血を垂らしたまま、彩から包丁を奪い取った。
「逮捕する」
志郎は彩を床に倒して、手に手錠をはめた。
手錠をかけた途端、彩は泣き始めた。
「泣き落とし作戦なんか、通用しねえ」
「お願い~、もう更正施設なんて戻りたくない~」
「ダメだ。また入ってもらおうか」
「入っても意味ない!また覚醒剤に手を出してしまう!」
「じゃあ聞くが、どうやったら止められるんだ?」
「あんたと一緒なら、やめれるかも知れない」
「俺と一緒?同棲したいって言うのか?」
「そうよ。あたしが覚醒剤に手を出そうとしたら、あんたが止めてくれればいいの」
志郎は考え込んだ。
こんな奴を逮捕したところで、また再犯するだけだ。
「俺と一緒に生活して、俺がお前を見張っていればいいんだな?!」
「ええ」
「こいつは取引だ。
ここでお前がやった事は、俺が目をつむって無かった事にしておいてやる。
その代わり、お前が俺の炊事、洗濯、身の回りの世話を全部任せる。
まあ、お手伝いさんって所かな。
それが出来ないんだったら、適当な理由つけてまた塀の中へ戻してやるぞ!
分かったのか、アバズレ!」
彩はまだ泣いている。
「分かったから、逮捕しないでぇぇぇぇ~!」
志郎はやむ無く、彩から手錠を外した。
「彩、腹減ったろう?
俺のアパートへ行こう。腹一杯飯食わしてやる」
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次の日から、志郎と彩との同棲生活が始まった。
志郎は飯の準備から、洗濯、掃除まで一切を彩に任せている。
それでもまだ暇なので、志郎は近所のラーメン屋に彩を連れて行った。
ここのラーメン屋で、バイトさせるつもりだ。
ここの店主も若い頃は、覚醒剤に手を出した事がある。
今は真面目にやってるが、前科があるのだ。
志郎は店主に事情を話し、彩を雇ってもらう事にした。
最初は反抗的な彩も、徐々に仕事に慣れていった。
店のオーダーを取ったり、出前を届けるために自転車に乗ったり。
そんな姿を店主に報告される度、志郎は何とか彩に立ち直ってくれと祈るばかりだった。
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志郎は彩がちゃんとバイトしてるかどうか、時々ラーメン屋に食いに出かけた。
店に入ると、彩は出勤している。
志郎はトンコツラーメンを頼んだ。
志郎はトンコツ味が好きなのだ。
「トンコツラーメンお待たせしました~」
彩が元気よく、ラーメンを運んできた。
志郎は彩を、向かいの席へ座らせた。
「どうだ、うまくやっていけてるか?」
「うん、志郎のお陰でね」
彩の顔色はいいようだ。
「この店の店主はな、実はな昔は麻薬の密売人だったんだ。
だから、お前を預けた。
ヤクを打ちたくなったら、店主に相談するんだぞ」
彩は、うなづいた。
「俺からは以上だ。仕事に戻れ」
彩が元気よく働いているのを見て、志郎は一安心した。
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その日は夜から、猛烈な勢いで雨が降っていた。
志郎はアパートで、テレビを見ていた。
その時、自分のスマホが鳴った。
スマホには、彩がピースしている画像が出ている。
「俺だ。彩、何かあったのか?」
彩がかけてきたのかと思ったが、出たのは彩ではなかった。
"もしもし、私は東友スーパーの鈴木ゆうもんですけどね。
あんたが藤崎彩さんの、身内の方ですね?"
正確には身内ではないが、志郎は身内だと答えた。
"おたくの藤崎彩さんが、万引きしましてん。
店舗で身柄を拘束してますさかい、きてもらえませんか?"
万引きだと、彩の奴!
志郎は居ても立ってもいられず、どしゃ降りの中で車を運転して東友スーパーへ出向いた。
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車を降りると、東友スーパーの事務室へ案内された。
事務室からは、怒鳴り声が響いていた。
「商品ばかり盗みやがって!
その目は何だ?!手つきがプロなんだよ!」
志郎は慌てて、ドアを開けた。
そこには、椅子に座った藤崎彩の姿が見えた。
彩は振り向いて志郎が入ってきたのを見ると、「よっ」と手を上げた。
「私が彩の身内の、坂本志郎です」
「身内?あんたは家族なのか?!」
鈴木という、スーパーの店長らしき男と会話した。
「彩は捨て子なんです。
孤児院で育ちました。
7月20日に見つかったから、誕生日は7月20日なんです。
だから、私が彩の兄のようなもんです」
「志郎、警官だって言ってやってよ」
このアマ、という目付きで志郎は彩を見た。
志郎は店長に警察手帳を開いて、顔写真を見せてやった。
「私、富田林署の巡査です」
「あんた、警官なのか?
だったら話が早い。
この娘はうちで何度も、万引きしてくれてたんだ。
商品が無くなるんで私服警備員を入れたら、今日万引きの現行犯で捕まえたんだ」
店長の言う通り、テーブルの上には彩が万引きしたと見られる高級化粧品が並んでいた。
「いつ頃から、商品が無くなっていったんです?」
「3ヶ月ぐらい前かな」
3ヶ月前か。
俺と彩が同棲し始めた頃だ。
元気よくラーメン屋で仕事をしていて、裏では万引きに精を出していたのか。
「この娘に言ったんですがね。
警察を呼ぶか、示談で済ませるか」
「この娘はちょいと、分けありの娘なんだ。
だから、俺が引き取って世話してる。
これで何とか頼むよ」
志郎は財布を出すと、中から十万円を出した。
「まだ不足か?」
店長の顔色を見ると、不満そうだ。
志郎はさらに、五万円の札をテーブルに置いた。
店長は札を数えると、ポケットにしまった。
「今回はこれで特別に許して差し上げましょう。
だけど次やったら、警察を呼ぶぞ」
「俺が警察だ」
「あんた以外を呼ぶ。
さあ、とっとと帰ってくれ」