警察学校へ
康子に、二階の部屋に案内された。
ドアを開けると本棚が四方にあり、さながらミニ図書館と言った感じだった。
「へー、康子さんって本当に本が好きなんだね」
「でしょ。これが康子図書館。
何か借りてってもいいけど」
志郎は本を見た。
ツルゲーネフとか、太宰治や芥川龍之介の古典文学が並んでいる。
「やめるよ。読んでる暇はない。
康子さんとしては、どういう系統の本が好きなんだい?」
「やっぱ感動系かな・・・」
「女の子だったら、恋愛系とかは読まないの?」
「少しは読むけどね。
志郎はどういう系統が好きなの?
犯罪小説?
犯人が警察の裏をかく頭脳プレイ・・・」
「ちゃんと最後に犯人が捕まるのならね」
「うちは、本に感動し続けてきた。
今度は、感動をさせてあげる側に回りたい。
そのためには出版社に就職して、編集者にならないとね」
康子は手招きして、志郎をソファに座らせた。
ソファは、志郎と康子の二人だけになった。
「坂本君はその殺された女の子、愛してたのね」
「そこまで愛してたって、分けじゃない。
康子さんの方が、三倍くらい愛してる」
照れながら、志郎は言った。
「何か食べる?
母の手料理を食べてから、帰る?」
「いや、もう帰るよ。
そんなに長居するつもりはない。
送り迎えは無用だ。
駅まで歩いて帰る」
部屋から出る時、康子を握手した。
「じゃあ、坂本君が将来刑事になる事を祈って・・・」
「康子さんもたくさん本を作って、日本中を感動させられますように」
志郎は楽しいひとときを過ごした後、康子の両親に挨拶して、歩いて駅に向かった。
何だか、複雑な気分だった。
康子の顔を見るだけで、よかったのに。
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年が明け、志郎は大学を卒業して大阪府警察官採用試験に合格した。
卒業式には、一目康子に会いたい。
その気持ちで、康子を探し回った。
袴姿の康子を、大学の体育館で見つけた。
「おーい、康子ぉぉぉぉ!」
志郎は叫ぶと、康子のもとに走った。
「あら、坂本君、卒業おめでとう。
それに警察官採用試験に合格、おめでとう」
「そっちこそ、おめでとう。
春からは、警察学校だよ。
康子さんの方はどう?
出版社から、内定はもらった?」
「佐藤出版という所から、内定もらいました」
「佐藤出版?聞いた事ないなあ」
「共同出版専門の会社ですから」
「共通出版?何それ?」
「共同出版って言うのはね、著者と出版社が共同で本を出版するシステムの事よ」
「なんだ、出版社が全額負担してくれるんじゃないのか」
「坂本君、あたしが出版したらぜひ買ってよね」
「絶対買うよ。本が擦りきれるぐらい読む」
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春から志郎は、警察学校へ入学した。
ここでみっちりと警察官としての教養、実技の特訓で身につけるのだ。
同期の寮生の何人かは、途中でリタイアする者もいた。
その中でも志郎は、へこたれなかった。
警官になるための試練ぐらい、志郎にとっては屁のようなものだった。
朝は
6時に起床、校庭のグラウンドに集まり点呼を行う。
それから担当指導官の元に別れて分散。
法律、捜査術、拳銃操術、逮捕術などの特訓。
卒業までの半年は、早いものだった。
卒業生の中でも志郎の成績は、トップだった。
いよいよ、警察官になれる。
そう思っただけでも、志郎は夢に一歩近づいたと笑顔を隠せなかった。
卒業はしたが、これで刑事になれる分けではない。
卒業生は交番の巡査として、赴任する。
志郎は交番のお巡りさんに任命され、富田林警察署に出向した。
富田林のお巡りさんとして、3ヶ月経った頃である。
自転車で市内を巡回していた志郎は、女子高生が不良にからまれているのを目撃した。
志郎は自転車を停めると、ビルとビルの間にある細長い路地を駆けて行った。
路地裏には女子高生が、二人のチンピラに暴力を振るわれている。
女子高生は殴られ、鼻血を出していた。
「おい、やめろ!警察だ!」
男二人は警官の制服姿の志郎を見ると「やべえ、ポリだ!」と叫んで、逃げて行った。
志郎は追いかけるよりも、女子高生の保護を優先した。
女子高生は口には口紅、指にはゴツい指輪をはめている。
志郎にはどこからどう見ても、不良少女にしか見えなかった。
「おい、名前は?」
女子高生は助けてくれた礼など言う気は、さらさらないらしい。
「答えろ、警官の職務質問だぞ。
なぜあのチンピラに絡まれていた?!
お前の風体からして、通りがかりに狙われたようには見えんがな。
何か話がこじれて、怒らせたんじゃないのか?!」
女子高生は志郎と、目を合わさないようにしている。
汚い物など見たくない、という態度だ。
「名前を言わんのなら、こっちで調べさせてもらうぞ」
志郎は女子高生のカバンを、奪い取った。
「何すんのよ?!」
女子高生が奪い返そうとしたが、志郎は渡さない。
志郎はカバンを逆さまにして、入ってる物を地面に落とした。
化粧品、学生手帳、教科書、ノート。
他に驚くべき物があった。
注射針、覚醒剤らしき袋が3つ。
女子高生は覚醒剤を奪い返そうとしたが、志郎は渡さない。
志郎は女子高生の腕をつかんで、袖をまくりあげた。
腕には注射痕と見られる痣が、数ヶ所あった。
「やなりな」
志郎は落とした生徒手帳を、拾った。
私立阪南女子高校、藤崎彩と書いてあった。
「これは覚醒剤だな!
どこから入手した?!」
「あの二人組からよ」
「代金をめぐって、トラブルになったんだろう?!」
「そうや。
金は後から払う言うて、あたしは払わなかった。
そしたら道を歩いてる最中にバッタリ会って・・・このザマや」
「続きは警察署でゆっくり聞こう。
ついてこい」
藤崎彩は、激しく抵抗した。
この不良少女には覚醒剤など絶ちきって、健全な生活をしてもらいたい。
志郎は藤崎彩という少女を、富田林署に引き渡した。
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