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悪女物語  作者: ひめりんご
悪女物語
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呪われし者

私はこの異常な環境に適応し始めていた。監禁状態だとしても、人間慣れるもので私は有り余る時間をどう過ごせばいいのかという現実に直面していた。


ジェームズは時々おかしくなるとはいえその他は普通で、家に居ないことがほとんどだった。

外に女でもいるのだろうか。それもどうでもいい。私より血筋が良くないと妻にはならないだろうし、他の誰かが嫁いで来る様子もないから地位が揺らぐ事はないだろう。

わたしに実害がなければ、別にどうでもいい。愛し合っているわけではないのだから外に何人囲っている女がいようが私には関係ないことだ。


この異常な環境に慣れたと言ったがそれは間違いかもしれない。慣れたのではなく私も同じく異常になったから異常を異常と感じれなくなった…と言ったほうが正しい気がしてきた。


監禁されてももう何とも思わない。全てがどうでもいい。自分の生死でさえどうでも良くなっていた。


廃人みたいな毎日だった。監禁されているのだから仕方がないのかもしれないが。

そんな日々が終わったのは妊娠が発覚した時だった。医者にもかかれず、お腹がだいぶ大きくなるまで自分の中に子供がいるなんて気づけなかった。

その子供のおかげで私は異常な状態から普通に戻れた。今この状況がどれだけ異常なのかと。


この家全体が狂っていることを再確認できた。


流石に妊婦を放置しておくことはできなかったのか、そこでやっと医者に診てもらえた。

しかしその医者もジェームズとグルなので私の状態が外に漏れる事はなかった。


生まれた子供は死んだ。殺された。ジェームズに…殺されたのだ。


私は出産後意識を失っており目が覚めた時には3日が経っており子供は手元にいなかった。

出産で意識を失うのは珍しいことではないらしい。しかし3日というのは長すぎるようだった。何か薬でも盛られていたのだろうか。

私が意識を失っている間に子供は殺されていた。何故、殺されたのか。

ジェームズは強い血筋を残そうと赤子をふるいにかけることにした。生まれたばかりの赤子を氷水につけたのだ。そんなことしたら当然赤子は死んだ。


あの男は狂っている。


赤子は殺されたのに周りにはへその緒が絡まり窒息死していたことになった。

具体的な死因が述べられている事で誰もが死産であると疑わなかった。そんな死因などいくつもでっちあげられるというのに。


もしかしてこれは私のような者が母になどなってはいけないということなのか。

子を失ってから私の中で行き場を失った母性が存在を主張し始めた。顔も見たことのない我が子。しかし出産時の痛みが今でも鮮明に思い出せる。それが私が子を産んだことを証明していた。


「子供…私の子……。」


性別も分からない。男の子だったのか女の子だったのか。産声を聞く前に私は意識を失ったからどんな声だったかもわからない。

もう…知る術はない。その子は…腹を痛めて産んだ子は母に会うこともなく、父に殺された。暖かいベッドで寝息を立てることもなく、死んだからといって冷たい寝床に入れてもらえるわけもなくただのゴミ同然に捨てられた。


「死んだ…のね。」


会ったこともない我が子の死を悲しめるほど私は人間として正常に戻っていた。


「許せない。」


ただ、許せない者は一人だけ。ここで子供を守れなかった自分を責めることができるほど私は自己評価は低くない。自尊心が自分で自分を責めるのを防いでくれた気がする。


「あの男…。」


人の皮を被った化け物め。たとえ神が赦したとしても、私は絶対に許さないからな。

あの子は私の希望になったかもしれないのに。死んだも同然の私から生まれた生きる理由だったかもしれないのに。そんなことがわかる前にその希望は摘まれた。


「許さない。」


私はシーツを握りしめた。起きてすぐのふわふわした感覚では少しシーツにシワができるほどの力しか出せかったが、決意は固まった。



******



それから暫くしてまた妊娠した。今度もお腹がある程度大きくなるまでは気づけなかった。


今度は子供こそはこの子を守ろうと思った。しかし一人でこの子を守るにはいくらか力不足だった。使用人全員が敵なのだから一人では守りきれない。

そこで使用人に味方を作ることにした。身の回りを世話してくれる使用人はいつも私に同情するような視線を向けていたためその同情心を利用して味方に付けた。

まだこの家のことをあまり知らない新人の使用人がいたこともあり簡単にこちらに引き込めた。

長年トパーズ公爵家に仕えている者だと主人への忠誠心が強く、こちらに引き入れるのは難しくすぐにジェームズに情報が伝わっただろう。


「やめて…返して、私の子供。」


「申し訳ございません。旦那様の命令ですので。」


無事出産を終え今回は意識を失うこともなかったが、赤子は私の手から離れ、ジェームズの手先のメイドの腕の中にあった。



メイドは淡々と告げると部屋を出て行った。メイドが向かったのは水場だ。小さな浴槽には氷水が入っている。今からここに赤子を浸けるのは気が引けるが命令なので仕方がない。


いざ、氷水に浸けようとするが手が震える。命令とはいえ自身の手で幼い子の命を奪うのだ。ここで氷水につけなければこの子は助かる。けど自分は助からない。いや、バレたら自分どころかこの子も殺される。


メイドには自分を犠牲にしてまでこの子を助けれる勇気はなかった。


「ご…ごめんなさい。」


せめてこの子に許しを乞い、毎日この子のために祈りを捧げよう。それが自分に残された最も汚れない道だった。


「変わろうか。」


声をかけたのは先輩メイドだった。変わって欲しいが人殺しという罪を彼女に押し付け私だけが綺麗なまま生きていくのは、それはそれで気分がいいものではなかった。


「大丈夫…私の仕事だし、私がやるよ。」


意を決して赤子を氷水の中に突き落とした。バシャンと水しぶきが上がり、後輩メイドはその場に崩れ落ちた。


やった…やってしまった。この後赤子がどうなるかなんてわかり切っている。後輩メイドは吐瀉物を吐きそうになり、口を押さえた。


「あとは私がやるから…もういいよ。頑張ったよ。」


先輩メイドが背中をさすり、水場からの退室を促した。


「あ…りがと。」


フラフラになりながらその後輩メイドは水場から出て行った。


「さて。」


後輩メイドを追い出すと氷水で体温を奪われており、尚且つ小さな浴槽だが赤子には深くもうすでに溺死しているであろう赤子を浴槽から取り出した。

たとえまだ生きていたとしても瀕死状態の赤子を回復させる術をメイドは持っていなかった。


「奥様に報告ね。」


赤子の死体を抱えるとメイドは監禁されている奥様ことマリアの部屋に行った。

部屋に入るとベッドの上で赤子を抱いているマリアと目があった。


「奥様、終わりました。お嬢様をお渡しください。」


メイドは死んだも赤子をマリアのそばに居るメイドに引き渡すとマリアが抱いている赤子を受け取った。


実際にジェームズの狂気とも言える強い血筋の選別とされる氷水につけたのはマリアが産んだトパーズ公爵家の血を継ぐ赤子ではなくスラムから拾ってきた生まれたばかりの赤子だ。

そして今から本物の赤子を受け取り、さも選別で生き残った赤子だとジェームズに報告しに行くのだ。


「この子には悪いことをしたわね。」


マリアは我が子の身代わりとなった赤子を見ながらそう言った。

スラムで産み捨てられ、あのまま放っておけば死ぬ命だったとはいえもしかしたらこの赤子が生きている可能性もあったかもしれないのだ。


「それでお嬢様が生きられるのですから、この赤子も名誉なことです。」


赤子の死体を抱えているメイドがそう言った。


「本当にそうならいいのだけれど。」


貴族の為に平民は命を尽す。これは暗黙の了解のようなものだった。


「エルリカ…お母様が必ず守るから。」


マリアは我が子のほおを撫でた。


「それがお嬢様の名前ですか?」


「ええ。エルリカ、私の子。」


「良い、お名前です。」



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