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悪女物語  作者: ひめりんご
悪女物語
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狂人に堕ちた

トパーズ公爵夫人マリア・トパーズ。旧姓ゴールデンオーラ。ゴールデンオーラ伯爵令嬢、女性初の文官でサファイア帝国三大女史に数えられている女性の憧れ。


彼女が嫁いだのはトパーズ公爵家だった。嫁いでからは社交界に一度たりとも姿を現すことはなかった。

夫の付き添いという妻の務めを放棄してまで、彼女が社交界に姿を表さない理由は貴族の間では幾つもの憶測が飛び交った。


そしてトパーズ公爵家から正式に発表されたのが、病気療養のため領地に居る…ということだった。

そう発表されて仕舞えばそれを信じざるおえない。トパーズ公爵夫人が社交界に出てこないのを誰も不審に思わなくなったし病気なら仕方がないと、妻の務め云々と責めることもなくなった。


しかし、実際は少し…いやだいぶ違った。


マリアは病気でもなんでもない健康そのものであったが領地の屋敷の一室に監禁されていた。


「この家は…この一族はおかしい。」


マリアは開くはずもない鍵のかかったドアを叩く。屋敷には使用人しかいないので助けてくれる誰かなんていない。使用人も全員敵だ。


(嫁ぐ前は全然気づかなかった。)


狂ってる。この一族全員が狂っているのだ。


ゴールデンオーラ伯爵家の次女として生まれた私、マリア。両親は女の子には関心はなく弟ばかりを可愛がっていた。そんな家からさっさと出たいと姉は言い残し、田舎の貴族に嫁いで行った。

うちは名門伯爵家なのでわざわざ田舎の家に嫁ぐ必要はなかった。

探せばもっといい家に嫁げたかも知れないのに姉は一番最初に目に止まった求婚状の家に嫁いだ。

嫁ぎ先探している間でさえも家に居たくなかったのだろう。姉が嫁いでしまい私は家で一人になった。姉妹仲はあまり良くなかったので姉も私の事など心配せず嫁げたのだろう。

仲が良ければこんな家に妹を一人残していけない…とか言ってくれたはずだ。言われはしなかったけど。


私もさっさと嫁いで家を出たかったが美人な姉とは違い私には求婚状どころか求婚者は一人もいなかった。

私の容姿は姉の搾かすだ。姉から美しさを抜き取った顔が私。求婚者が居ないのだから自分から探しにいくしかなかった。

しかし令嬢同士の繋がりではなかなか男性にたどり着かない。


早く結婚して家を出たい。そんな一心で文官になり、男社会に身を投じた。思えばなんて目的なんだろうと思った。


しかし文官として働くにつれ、仕事にプライドを持ち始めた。結婚とか関係なしにこの仕事が好きになった。

何より仕事をしている間は家に居なくて済むのだから。


いつの間にか私は女性の憧れになって居た。


そんなつもりは全然なかったが私がやってきた行動が憧れになるのならそれは誇らしいものだった。

結婚なんてもう考えないようになって居た。文官としての収入で生計を立て伯爵家から出て普通の平民として暮らしたいと願うようになった。

家に居なくて済むのなら貴族令嬢が死んでもやらないはずの使用人がやるはずの雑用もこなせる気がした。


そろそろ行き遅れになりそうになった時、家に私宛の一枚の求婚状が届いた。その時私は仕事中だったのだが、家の使いの者が無理矢理私を連れ戻した。


なんと私に届いたのはトパーズ公爵家からの求婚状だった。明らかに私を好いて求婚状を送ったわけではなく、政略結婚のためだろう。

トパーズ公爵家はあまりいい噂は聞かないが、何せ家柄だけはいいものだから両親は私の意見も聞かずすぐに承諾してしまった。


政略結婚に当人の意見を聞く事なんてないか。聞いていたら、皆…恋愛結婚を望む。


結婚を機に文官の仕事は辞めなくてはいけなかった。男は結婚しても仕事を辞めることはないが女は家を切り盛りする。

女性の社会進出の象徴である三大女史のうちの一人である私が古い時代に囚われている。なんとも皮肉なものだった。


トパーズ公爵家に嫁ぐことによって私は家から出ることができたがそこは新たな地獄だった。

まだ家のほうがマシだと思えるくらいの酷さだった。あの家が恋しくなるなんて私もどうかしているのだろうか。


私の夫となったジェームズ・トパーズは狂っている。常に狂人なわけではない。初めて会った時は優しそうな人だと思った。

実際優しかったし、私はこの政略結婚にも少しは愛があるのかもしてない。と、期待してしまった。


しかし結婚してみてから分かったのだがジェームズはどこか常人とは違う。使用人の話ではトパーズ公爵家の血を引くものは全員狂っていくのだそうだ。

だから精神的にも肉体的にも使用人達の職場として環境は良くなく、使用人達はよく入れ替わっていくという。


ジェームズは血筋…に強く執着しているようだった。偉大なるトパーズ公爵家の血を穢さず絶やさないために名門伯爵家の私の血が欲しかったのだという。


いずれは皇帝になる血筋だと、ジェームズは言った。


狂気が落ち着くとまるで別人のように彼は変わる。最初に会った時と同じような優しい夫になる。


「自分の中にもう一人自分がいて支配してくるみたいだ。呪われているんだ俺は。」


そう言って彼は泣きながら部屋に篭る。大人の男性が泣きじゃくる様子は私にとってはなかなか衝撃的だった。


彼は事あるごとに呪い、呪い、と連呼するが実際呪いなんてただの思い込みだろう。

彼の皇帝になりたいという思想はジェームズの父に植え付けられたもので呪いでもなんでもない。

トパーズ公爵家の血を引くものが短命なのは近親婚のせいではないかと思う。今はしていないが、何代か前は近親婚を繰り返していたらしくその濃い血が今代にまで影響しているのだろう。

今代が長寿になるのは難しいかもしれないがこれから遠い親戚であろうとも同じ遺伝子を持つ者と結婚せずに外部から全く異なる遺伝子を持つものと結婚し続ければ、数代先からは短命ではなくなるだろう。


この近親婚の危険は文官時代に書物で読んだことがある。しかしそれはなかなか信用できずに噂程度に囁かれるものだった。


これが真実だとするならば、近親婚が蔓延っている今の社会は数代先に滅んでしまうかもしれない、と思ったものだ。


「呪いなんてあるわけないでしょう。」

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