卒業する者
卒業式まであっという間だった。私は卒業するわけではないが、ルイスとアレンの二人は卒業する事になる。
私にとっては監視してくるアレンが学園からいなくなってくれるだけで気が休まるのだが、多分諜報員は居なくならないだろう。
現に怪しい人は何人か把握しているし。
学園長直々に卒業を認められたと示す証書を貰う。在校生の私は席に座ったままパチパチと拍手を送っていた。
スピネル家の養子となった事で私には侯爵家専用の席に座っている。
席の周りには同じく侯爵家の令嬢や令息が座っていた。
式も終盤に差し掛かり生徒会長であるルイスに花束を渡す時が来た。卒業を祝い卒業生代表として皆の前で受け取る。皇太子で生徒会長だから誰も文句は言わなかった。そして花束を渡すのは在校生代表なのだが、これがまさかの決まっていないのだ。
こういうことは婚約者のアリスの役目なのかもしれないが彼女はまだこの学園に入学していないので在校生でもなんでもない。
ルイスに花束を渡したい女子生徒が殺到し、くじ引きで決めるにしても数十日はかかるほどの大勢だったので当日教師が無造作に選ぶこととなったのだ。
選ばれる基準は家格が伯爵家以上であることらしい。
つまり今の私は選ばれるかも知れない。まぁ、可能性は低いけど。
可能性が低いのだから当たっちゃったらどうしよう!…なんて心配はしてなかった。でも…ほんの少しだけ可能性を信じてみたいと思った。
どうせ当たらずにがっかりする未来は見えているのだけど。
……そう思っていた。さっきまでは。
「では、スピネル侯爵令嬢にお願いしようかな。」
学園長ルーカスはそう私を名指しした。確かに私は一応伯爵家以上の家格だから納得できると言えば納得できる。が、私が幼い頃ルイスに執着していたのは周知の事実だし…それは過去のストーカーを被害者に引き合わせるようなものなのでは?
選ばれた瞬間から女子生徒から嫉妬の嵐。睨み付けられているのがわかる。
「どうして私ではないの?」
「あのクソ女ァ。」
「アバズレ…。」
ハンカチを噛みながら私の悪口を言っている。本人達は陰口のつもりだろうが、バッチリ聞こえているからね?陰口を言っている女子生徒全員私より身分が下の者達ばかりだ。普通に処罰を与えれるけどそれは後にしよう。
今は選ばれた大役をこなすことが最優先だ。
ルイスに渡す花束は私の上半身を隠してしまうほど大きくゆっくりでないとつまづいてしまう。
なんとか壇上まで登りルイスの前までやってきた。その過程で転けそうになる場面はいくつかあったがなんとか耐えやっとここまで来た。
歩くという簡単な動作にここまで気を使ったことなんてなかった。
「卒業…おめでとうございます。」
ずっしりと重い花束をルイスに渡す。そこで私の腕は解放された。
「ありがとう、スピネル侯爵令嬢。」
その微笑みは周りの目を気にして繕っただけで、その優しい声色は社交辞令のようなもの。
親しくない他人に向けられるそれだと気づいているのに、萎れた植物に水をやるかのように…風化したはずの恋心を蘇らせるかのようだった。
全て失ったあの日からこの恋心も同時に失くしていたはずなのに。
いや…人の心は完全に無くなるわけではない。私の場合戸棚の奥底にしまっていただけなのだ。埃をかぶっているはずのそれを、ルイスは引っ張り出してきたのだ。
自分の領域に土足で踏み込まれたことへの不快感と、忘れかけていた気持ちが引っ張り出され嬉しいような感謝の念が入り混じっている。
怒らなければならないはずなのに結果的には感謝せざる終えなくなったような不思議な感じ。
そんなことを一瞬でやってのけてしまったのだ。ルイスは。
本人はそんなつもりはないだろう。私の中の勝手なことだし。しかし私の中でルイスが思ったより色濃く残っている事に驚いた。
ルイスへの恋心は公爵令嬢時代の私の醜態と深く根付いている為思い出すたびに私の黒歴史がちらつくため出来る限り思い出さないようにしていた。この恋は決して祝福されないし。
(その顔は狡いわ。)
その微笑みで私は混乱する。もしかしたらそんなに嫌われてないんじゃないかって思わずにはいられない。
嫌うならしっかり嫌って。突き放すなら最後まで見向きもしないで。中途半端に優しくされると、僅かな希望に賭けたくなっちゃうでしょ。
社交辞令であろうとも優しくされたら気があるんじゃないかって思っちゃうでしょう。
過去に貴方に執着していた女なら尚更。恋心を蒸し返されてちょっと今、複雑だ。
「お戯れを。感謝なんてなされていないでしょう。」
私はルイスにだけ聞こえるように言った。
「執着されていた女に優しさなど向けないで、婚約者様に向けてください。」
完全に貴方を諦めさせて。
「それでいいのなら、そうさせてもらう。」
実にその会話にかかった時間は数秒だった。誰からどう見ても花束を渡す時の何気ない会話にしか見えなかっただろう。
私は花束を渡すとさっさと壇上から降りた。長年の恋に終止符を打ったような気がする。それはとてもスッキリとは言い難かった。
「ルイス殿下と…羨ましい。」
女子生徒の陰口が聞こえる。それも今は無視した。彼女達にとってはあの微笑みを向けられれば、より一層ルイスを好きになったのだろう。
しかし私にとっては過去の恋と決別するための苦行を強いられていた。
終わった……。そう思うにはあまりにもあっけなかった。自分から優しさなど向けないでくださいと自分を追い込んだのに、やっぱり苦しくなってしまう。
(やっぱり…駄目ね。)
言葉と頭では諦めると言っているのに…心は正直というべきか…。好きになった人物を急に嫌いになるのは困難だ。




