復讐をする女
激動の冬休みだった。冬休みのほとんどを噂の沈静化に費やしていた私は今が冬休みである事をすっかり忘れていた。
(そういえば…冬休みだったのよね。)
全然休みでは無かった。それだけは確かだ。帰ってきた寮の部屋の前、深くため息をついた。
噂は風化するほどの時間は経っていない。誰かは蒸し返すかもしれない。そう思うと気が重くなった。
それ以外にも気が重くなる原因がある。ガブリエルについてだ。
ガブリエルは奴隷でいたいらしい。だから私に鞭を打たせようとしたり罵詈雑言を浴びせてくれと頼まれるようになった。
私の情報源になってくれればいいな〜くらいの軽い気持ちでガブリエルという奴隷の主人となったが、ガブリエルはもっと奴隷らしさを求めているらしい。
私にとっては今の状態で十分ガブリエルは私にこき使われているのだし、これ以上を求められると困る。
この前鞭を渡され、さぁこれで打ってください!と笑顔で言われた時は鳥肌が立った。昔、私は下働きの下級使用人に対して鞭を打って遊んでいたことがある。今はすごく反省し、鞭を見ただけでその嫌な思い出が蘇り吐き気を催す。
普通、鞭で撃たれた使用人の方がトラウマになるはずなのに私の方がトラウマになってどうする。
私は寮の部屋のドアを開けた。
******
「エルリカ、元気がないように思うわ。」
カオルが心配そうに声をかける。私は別に元気いっぱいなキャラではないがこうも目に見えて落ち込むキャラでもない。やはり今の私はいつもとは違うのだろう。
『奴隷の扱いに困っている』なんて悩みは同年代の娘が抱えるものではない。そして相談するようなものでもない。
つまり私はこの問題を一人で抱えなければならなかった。
お父様の復讐でいっぱいいっぱいの私。カオルやサラという友人がいるというのに心が安らぐことが次第に無くなっていった。
(復讐が終われば解放されるのかしら。)
復讐こそが残された私の道。生きているからこそできること。
「あの、最近焦りすぎでは?復讐の手筈は私が整えております。」
「遅すぎるのよ。私達が手を打つ前に向こうから打たれたら終わりだわ。」
ラリマー侯爵邸の一室。私は机をダンッと叩いた。私達は二人だけで向こうは巨大な組織。今向こうから手を打たれたら敵の全容を知る事もなく終わる。
「何も進展してはいないじゃない!」
「いえ、着々と情報は集まっております。」
私が叫ぶとガブリエルは今にも泣き出しそうな目で私を見てきた。その手には集められた情報が記されているであろう書類があった。
「お父様を殺した実行犯の仮面の男…そして帝国の敵に仕立て上げた者。見つけ出さなきゃいけないのよ。」
私はぎゅっと手を握りしめた。爪が食い込み血が出そうになる寸前で力を緩めた。
時計を見てそろそろ戻らないと怪しまれると思った。リスクを冒してガブリエルと今直接会っている。早く情報を受け取り接触した時間を最小限に収めたい。
だからここで口論している時間はないのだ。
「で、新しい情報は。」
「貴族派のトップなのですが…それが…。」
そこでガブリエルは口籠った。情報は全て私に知らせるという命令に背いていることになる。
「何?」
「貴族派のトップは居ないようでして。」
「は?」
組織にトップがいないということは無いだろう。まとめる者がいなければ組織として成立しない。こんな組織に成長するはずもないのだ。
「もしかすれば偶像崇拝のような組織かも知れません。まだ調べてみる必要があります。」
「わかったわ。」
時間も押しているし、また今度調べたことを聞くことになりそうだった。私は裏口から出るとこっそり馬車に乗り込んだ。
「言うべきなのか。」
エルリカが去った部屋に一人、ガブリエルは呟いた。これは言ってもいい情報なのか一人悩んでいた。
「貴族派のトップがトパーズ公爵家だと…。」
しかしトパーズ公爵家はすでに潰れているのでトップが居ないのも同じ。しかしエルリカは父が罪人ではないと信じている。エルリカを信じるのならばこれは嘘の情報だ。
しかし客観的に捉えるならこれは正しい情報である。トパーズ公爵家は帝国の敵として潰されたのだからその敵が敵組織のトップでも不思議ではない。
「自分の主人を信じるに決まっているでしょう。」
信じるか信じないか迷った自分が恥ずかしい。たとえ今やろうとしていることが帝国への反逆行為でも主人が信じるものを私も信じる。
それが破滅への道だとしても。
******
時は少々遡る。燃えるトパーズ公爵邸でジョージはあろうことか、今から殺す相手にもてなされていた。
「まぁ、座ってくれよ暗殺者さん。」
ジョージは剣を振り上げた状態で固まっていた。しかし相手が抵抗する気はないと知っているので剣を下ろす。
「座らない。時間を稼いで俺も一緒に焼死体にするつもりか。」
「そんなすぐにここまで火は回らないだろ。」
ジェームズは酒のボトルを開けるとグラスに注ぎ始めた。
「君も飲むか?」
「要らん。毒が入っているかもしれんだろう。」
ジェームズはそんなことはないというように一口飲んでみせた。しかし毒が入っていないからと言って酒を飲むわけではない。
(本当に今から殺されるとわかっている男の態度か?)
死という恐怖に晒されてもなおジェームズの態度は変わらなかった。




