パーフェクトレディ II
「もちろん、お父様は大賛成よ!私の意見を尊重するって。」
え………。言葉が出なかった。自分の娘が老人に嫁ぐのだよ?普通親として反対するべきでしょ。それともこれが普通なのか?もし、私のお父様なら絶対こんなことしない。政略結婚だったとしても私が幸せになれるようにしてくれるはずだ。トリフェーン男爵はデンドリティックアゲート子爵に恩を売りたいの?そのために娘を売るの?
いや、これはお嬢様の意思だ。私から見て不幸せだとしても、お嬢様にとっては幸せなのかもしれない。
「それならば、私からはもう何も言えません。」
「ありがとう、エルリカ。納得してくれたのね。」
「はい、お嬢様が幸せならば私も幸せです。」
これで良かったのかもしれない。新興貴族のトリフェーン男爵家は貴族として歴史が長いデンドリティックアゲート子爵家と繋がりが出来て良かったのだ。しかも、政略結婚ではなく恋愛結婚。これほどまで幸せなことがあるだろうか。
「じゃあ、エルリカは学園に行って頭のいいメイドになってデンドリティックアゲート子爵夫人になった私に仕えるのよ。」
「はい。畏まりました。」
主人の意思を尊重する。私は一介のメイド、元々この結婚を阻止できない。それでも…こんなに良くしてくれたお嬢様だから、私の言葉で思いとどまってくれないかと淡い期待を抱いてしまった。
******
「では行って参ります。」
お嬢様の結婚と私の学園行きが決定してすぐ、私は学園に向かわなくてはならなかった。
「お嬢様の結婚式に参列できないのは心苦しいです。」
「卒業したらずっと私と一緒よ。結婚以外にも人生の節目はたくさんあるわ。」
メイドの私が学園に行くのはそりゃあ沢山反対された。しかし、デンドリティックアゲート子爵夫人のメイドに教養があった方がいいとトリフェーン男爵が学費を出してくれた。その代わり卒業したらお嬢様の右腕として一生仕えることが条件だ。
「お嬢様に一生仕えられるなんて本望です。」
「エルリカ、元気でねー!」
お嬢様は門のところまで迎えに来て手を振りながら見送ってくれた。馬車に乗り込んでいた私も窓から顔を出して手を振る。
「お嬢様もお体にお気をつけてー!」
私は馬車に揺られながらこれから行く学園について考える。正式名称、フローライト学園。貴族の学園というイメージだが、平民が通える平民クラスというものがある。しかし貴族と同じ学費を払わなければならない為平民の中でも裕福な家庭の子供しか通えない。
私も平民クラスの筈だがトリフェーン男爵家が後見してくれているので貴族クラスに入ることになっている。
この学園はダイヤモンド公爵夫人のフローラ・ダイヤモンドが設立した。当初は他の貴族が通う学園より歴史が浅く、不人気だったが平民も通えるという事で多くの平民から支持されダイヤモンド公爵家の派閥の貴族達が次々と転入した事で人気校となり、今では貴族の学園といえばフローライト学園とまで有名になった。
その創設者、フローラ・ダイヤモンドは謎に包まれている。ダイヤモンド公爵家は皇室に次ぐ宰相家とトパーズ公爵家と同じくらい血筋が良かった。フローラはある時突然貴族社会に現れた。何処出身かも分からない彼女をダイヤモンド公爵は嫁に迎えると宣言した。ダイヤモンド公爵に好意を寄せていた女性達が発狂する大惨事となったそうだ。出身もわからない女を公爵家に入れればダイヤモンド公爵家の高貴な血筋が汚れてしまうと他の貴族達や皇室までもが反対した。その頃南部の戦争が激化し、ダイヤモンド公爵率いる第1騎士団が戦争に参加しなくてはならなくなった。フローラは騎士団と共に戦争に参加し兵士100人と同等の働きをしたという。救護にも従事し、死者が生き返ったとまで言われるほど。彼女が居た第1騎士団は死傷者が1人も出なかった。その多大な功績が認められ女性初の公爵位が授けられた。晴れて立派な血筋になったフローラはダイヤモンド公爵と結ばれたそう。聖女を生んだ聖母として狂信的な信者がいるらしい。
(聖女様…ね…。)
昔は皇太子の婚約者になれなくて婚約者であった聖女を目の敵にしていた時期もあったけど貴族で無くなり貴族社会から出て見ると貴族社会は小さな世界だ。小さな渦の中で自分が必死にもがいているザマは今となっては滑稽だ。それにしてもメイドになったのに学園に行く事になるとは夢にも思ってなかった。
馬車はトリフェーン男爵家の領地を抜け田舎道から整備された道になって馬車の揺れも小さくなってきていた。
(帝都なんて二年ぶりね。)
これから行く帝都はあまりいい思い出がない。公爵令嬢時代の黒歴史がそこら中にあるだろう。トパーズ公爵家がなくなってからまだ2年。帝都には私を知っている人はまだ大勢いるだろうし、学園にも私を知っている人はいるだろう。
(どうしよう、急に行きたくなくなってきた。)
貴族クラスに平民がいることがすごく目立つのに、元公爵令嬢が平民として貴族クラスに来たとなるとさらに目立つ。同情や憐れみの目が向けられるだけでなく虐めの対象になるかもしれない。
(かもしれない…じゃなくて確実に標的にされるでしょ。)
こんなことなら平民クラスの方が良かった。貴族とは身分が下の者を馬鹿にしたり虐めたりする事で優越感に浸りたいのだ。自分が貴族であると。昔の私が典型的なそれだ。平民がいるから貴族は貴族で居られるのに…。自分の領民達からの税で貴族は暮らしていけているというのに。民が危険に晒されたら真っ先に剣を抜き守らねばならない。それが貴族の役目、権力を持つ者の務め。
しかし、最近はサファイア帝国が世界の西側の国々を制圧しめっきり戦争が無くなった。小競り合いはサファイア帝国の属国を中心に各地で起こっているが軍隊が動くので、貴族達騎士団の活躍は滅多に見なくなってしまった。世界が平和に向かっているからこそ貴族達は優雅な暮らしができるようになり貴族本来の責務を忘れてしまっているのだ。
(帝国の貴族社会は腐敗してしまっているの?)
もちろん、全ての貴族が腐敗しているわけではないだろう。今はほんの一部だ。でも放っておいたら広がって貴族社会全体を蝕んでしまう。
貴様は帝国の敵!仮面の男がお父様に向かって吐いた言葉を思い出した。お父様は帝国の敵じゃない、帝国に1番の忠誠を誓い皇帝の忠臣だった。お父様が殺された理由がわからない。もし腐敗した貴族を炙り出そうとお父様は考えてそれをよく思わない何者かに殺されたのだとしたら…。
(お父様の無念、私が晴らさないでどうするの。)
そうは言っても貴族じゃない私は政治には一切関われない。平民達はいつも祈るばかりだ。自分達の国が今どうなっているかも知れない、だから神に祈る。平民達から搾取しまくっているというのに。腐敗した貴族を許してどうする。
(貴族との繋がりを作ろう…。)
今から行く学園のクラスはありがたいことに貴族クラスだ。貴族との繋がりを持てば貴族社会の現状を知れる。お父様の無念を晴らし、お父様を殺した仮面の男に私個人として復讐してやりたい。
(やってやろうじゃないの)
私は馬車の中で1人、公爵令嬢時代に封印していた悪役顔でニヤリと笑った。