最強な二人
「あー…それは。」
自身の趣味思考…性癖のようなものがたっぷり詰め込まれ、しっかり記された小説を見てシャルロッテは固まった。
「ツリーアゲート男爵令嬢。この内容は一部の宗派にだけ認められている恋愛であり万人受けするものではない事はご存知ですよね。」
アリスの顔は穏やかではあったが口調から優しさは感じ取れなかった。怒鳴り散らすような汚い怒り方ではなく本当に綺麗な怒り方だった。
さすが聖女様といった感じだ。長年鍛え上げられてきた聖女の仮面は簡単に壊せるものではない。
「この内容のせいで様々な不利益を被っているのですが。」
エルリカは変な噂が飛び交ったぐらいでアリスのように外出禁止になったりはしなかった為実害はあまりなかったが、いく先々で噂について聞かれるので誤解を解くのが大変だった。
シャルロッテはぎゅっと拳を握った。指の隙間から手汗が流れてぬるぬるして気持ち悪い。しかしシャルロッテには手汗を気にする余裕などなかった。
目の前にいる二人にどう言ったらいいのか思考を巡らせていた。フィクションなのだから責められる筋合いはないとか言ってみたらこの二人は速攻で権力でモノを言わせるだろう。
そしたらこんなひ弱な男爵家は潰れる。小説を書けないどころの話じゃない。
「確かにお二人をモデルといたしました。しかし内容は事実に基づいたものではございません、完全なるフィクションです。私の方からもこれはフィクションであり実際にはお二人とは何も関係ないと発表いたします。」
そう言ってシャルロッテはローテーブルに頭をつけた。ゴンっと言う鈍い音がして額がジンジンと痛む。しかしこれで許してもらえるかは分からなかった。
『許さない、命をもってして償え!』
なんて言われればシャルロッテの人生は終了だった。どうかこれで許してほしい。それはただの願望だった。
思えばシャルロッテの書いた小説はこの二人を風刺するような内容もあった。許可なくそんな小説の登場人物のモデルにしたのだ、怒られるのは仕方がない。
「そうですね。明言してもらわないと困ります。あとその小説は販売を自粛してもらわないと。」
エルリカはその問題の小説をめくりながら言った。
シャルロッテ…いやゾーィの小説は一般には流通していない(というか主な販売方法が裏ルート)。入手困難なので希少価値が高い。それでもコアなファンは大金を叩いてもゾーィの小説を欲しがる為、かなりの収入に変えることができた。
しかしそれを自粛しなければならないといけなくなると収入が絶たれてしまう。
小説の収入でほとんどの生計を立てているツリーアゲート男爵家は今までの贅沢な暮らしから一転平均的な男爵家の生活になるだろう。
アリスやエルリカの目から見ても普通の男爵家より邸宅が豪華だと映ったのだ。
「それは…困……。」
困ります、シャルロッテの口からその言葉が出ようとした時、ウォッフォンッというエルリカの咳払いでシャルロッテは言い終わる寸前でその言葉を飲み込んだ。
シャルロッテの立場は加害者…謝罪をする側であり被害者の提案を断る事はできない。しかも被害者が自分より家格が上の者だから尚更だ。
もしシャルロッテが二人より家格が上でしかも絶大な権力を持っていたらこの事態をもみ消せただろう。いや、まずそんな家格で権力を持っている家庭に生まれていたのならこんな事態になると想定してこの事件すら起こさないように教育が受けれていただろう。
こればかりは可哀想としか言いようがない。男爵家の娘だったからこそ十分な教育が受けれなかったとすれば同情はするだろう。だが許す理由にはならない。
二人はシャルロッテに償いを求めているのだから。
「早く噂は沈静化したいし、早めに小説の内容は事実無根である事を発表してほしいわ。」
もう、シャルロッテの事情など聞き入れられない。小説の自粛で男爵家が潰れようとも二人には関係ない事だ。二人には少しでも早い噂の沈静化こそが最優先事項なのだから。
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「皇太子殿下、ルチル王国からの手紙です。我が王国の王女をぜひ殿下の妃に…という事だそうです。」
ルイスの側近エヴァンはルチル王国からの手紙を読み上げた。
「ここ最近そういった手紙が急激に増えたな。」
ルイスは机に向かいながら皇帝の仕事をこなしている。肩書き上まだ皇太子だが、実質はもう皇帝だ。以前から皇帝の仕事をしていた為皇帝が亡くなった後も大して国は混乱しなかった。
「きっとダイヤモンド公爵令嬢とスピネル侯爵令嬢の噂のせいでしょう。」
二人は恋人でアリスとエルリカは同性愛者だと言うことが噂になっている。そんなわけないだろう、二人の関係が良好になり始めたのはつい最近。しかし頻繁に会う訳ではなく偶然会ったら声をかける程度。普通の友人だと分かりきっている。
もし噂が真実なら今までアリスと過ごしてきた時間が全て嘘だったのではないか、と思えてしまい怖いのだ。
たとえアリスがルイスを必要としなくてもルイスはこの先永遠にアリスが必要だ。
アリスがいなければただの人間もどきに戻ってしまう。冷たい人形に…何も感じなくなってしまう。
ルイスの心という部分はアリスがいるから成り立っている。そのアリスを奪われるという事はルイスから心を奪い取るのと同義だった。
そんな事になったら強硬手段に出てしまうかもしれない。アリスが皇后の座に座れなくとも…妃の座にすら座れなくとも…何処にいようと探し出し自分のそばに置いておきたい。こんな事を考えてしまうあたり独占欲の塊だと思えてしまう。
「僕が父親のように何人も娶ると思っているのか。アリス以外に妻の座をやる気はない。」
「そうは言われましてもルチル王国はこれで七通目の手紙ですし諦めるおつもりはないように思えます。」
エヴァン含め周りの意見は形だけでも妃として迎えればこんな手紙は止むのだから承諾して仕舞えばいいというものだ。
『何も皇后の座を渡す訳ではないのだから。』
(そんな簡単な問題ではないのだ。)
皇妃として嫁げたのなら必ず皇后の座を狙うはず。狙わなくとも自分が世継ぎを生もうとするはず。形だけの妃で満足するような女はまず求婚してこない。
アリスが危険に晒される可能性が少しでもあるなら他の女を娶るつもりはない。
現に第三皇妃は皇后になりたいが為に自分より序列が高い皇后と第二皇妃を殺害したのだ。
アリスが母のように殺されたくはない。ああなって欲しくはないのだ。




