魔女は聖女になりたい I
その時、意識の糸はぷつんと切れた。極度の安心からだろうか……それとも積もりに積もった疲労だろうか。疲労の線は薄い、治癒魔法で回復をしていたから。なら何だ?意識をなくすほどの何か。
あぁ……魔力切れか。
魔力は無限にあるものじゃない。上限が決められている。今までその限界まで使ったことなんてなかったからわからなかった。
魔力は生命力に直結しているとかなんとかって母が言っていた気がする。要約すると魔法使いすぎたら死ぬから気をつけろということだ。
……って事は私今から死ぬの?
ごめんなさい、ごめんなさい。魔力を使いすぎたことは謝るから。私はいったい誰に謝っているのだろうか。でも人助けして死ねるなんてカッコいい最後だよね。
そんなわけないだろう、私リアムを残して死んじゃうの?そんなんだったら人助けなんてしなくてよかったのに。死の間際で私は自己中だ。
「フローラ、フローラ!」
遠くで誰かが私を呼んでいる声が聞こえた。もう死んでるならその誰かはお母さんがいいな。
「フローラ!!」
呼ばれて重たい瞼を開ける。なんども呼ばれているのに起きないのは失礼かな…と少しの罪悪感で目を覚ました。
「あれ?ジャンヌさん。」
私を呼んでいたのはジャンヌだった。
「よかった。過労で倒れられるとこっちが困るからね。」
「すいません。」
言っている言葉は倒れた病人にかける言葉ではなかったが表情と声色がジャンヌがどれだけ心配してくれていたかがわかる。
「薬のおかげであの部屋にいた患者達は回復に向かっている。ありがとう。」
「よかったです。」
そう言うと私はベッドから立ち上がった。
「もう起きて大丈夫?」
「はい、大丈夫です。」
起きた私は私が寝ていた部屋を出て、隔離されていた部屋を見に行った。その部屋はもう隔離なんてされておらず、窓や扉も空いていて誰でも出入りできた。
「あっ、聖女様!」
寝たきりだったのが起き上がるくらいにまで回復した軍人がそう叫んだ。すると次々と聖女様、聖女様、と呼ばれるようになってしまった。
「そんな…聖女だなんて。」
聖女ではない、私は魔女だ。聖女とは似ても似つかない、対極に位置する存在。
「謙遜するな!俺たちを手当してくれたじゃねぇか。」
「聖女を通り越して天使様だよ。」
「いやいや、女神様だろ?」
私の扱いがどんどんレベルアップしていく。とうとう神様にまでなってしまった。
「皆さん、大袈裟すぎますよ!私は聖女でも天使でも女神でもありませんから!」
これが噂にでもなったら恥ずかしくてたまらない。ので全員が揃っているのを確認すると聖女などと言うあだ名を否定しておいた。
「謙虚だなぁ。」
「流石、女神様だ。」
結局、噂は鎮火しなかった。それどころか余計広まった。
******
私がズウェラ薬を作ってから数週間後。
「怪我人が大勢、こちらに向かってるって。」
ジャンヌが衛生兵の皆に向かって叫んだ。ジャンヌの腕には伝書鳩が止まっている。
「大勢!?どのくらいだ?」
衛生兵達は不安そうにジャンヌに尋ねる。人数によってどれだけベッドを用意しなければいけないのかが変わるからだ。
「詳しくは…わからない。」
伝書鳩が持ってきた殴り書きのような手紙は簡潔に書かれていたが人数が大勢という曖昧な表現でしか書かれていなかった。
「とりあえず、百人来てもいいようには準備するぞ!」
衛生兵をまとめる衛生兵長の掛け声で皆動き出した。倉庫からベッドを出して受け入れができるように体制を整え始めた。
しばらくして、怪我人を乗せた馬車が行列になってやって来た。
殆どが軍に所属する兵士だったが数人は見覚えのあるものがいた。騎士団の者たちだった。
(騎士!?騎士団も被害を受けているの?)
リアムは…大丈夫だろうか。私は怪我をしている女性騎士の元に駆け寄る。
「スカーレットさん!」
腹を切られているスカーレットには応急処置が施されているだけだった。
「あ……なんだフローラさんか。」
忌々しいように私の名前をスカーレットは口から吐き出した。
「今、治療を…。」
そう言ってまずは応急処置を本格的な処置に変えようとした時パチンッと手を弾かれた。
「触るなっ。」
「でも傷が。」
傷口を覆っている包帯は血が滲んでいる。早く包帯を変えたほうがいいのだが。
「私ではなく他の人を治療しろ。」
「他の人達は衛生兵の皆さんが手当てをしています。」
話している間も包帯の血の滲みはどんどん大きくなっている。
「何故私の手当をしようとした。あれだけ貴女に酷いことを言ったのに私が怪我をしたのが滑稽で笑いに来たのだろう。」
スカーレットは顔色の悪い顔で必死に私を睨みつけている。
「スカーレットさんは被害妄想が凄いですね。」
私は振り払らう手を逆に押さえつけて本人の意思とは反対に手当を始める。やめろ、やめろとスカーレットは騒いでいるがそれも御構い無しに続ける。
「私スカーレットさんを笑いに来た訳ではないです。」
スカーレットは必死に抵抗しようとするが怪我をしていることもあって普段の力を出せていない。私も私で魔法で自分の筋力を底上げしているので本来なら勝てるはずないスカーレットさんとの力勝負を私の圧勝で収めている。
「私は第一騎士団の救護要員としてきましたから。」
話している間に治療は終わる。スカーレットは唖然としていた。自分がいつの間にか抵抗をやめていたことに。そして自分の力が私より下回っていることに。
それは突然やってきた身の程知らずの団長の恋人にスカーレットが今まで積み上げてきたものを蹴り崩されているかのようだった。
「貴女の実力を見誤っていたようだ。」
スカーレットは私をただの小娘として見ていたことを恥ずかしく思っているようだった。
たしかに私はただの小娘ではない。傭兵を殺した魔女はいくら善行を積んで聖女だと崇められても魔女であることは変わりない。
私は治療が終わったスカーレットに第一騎士団について尋ねた。
「スカーレットさんまで怪我するということは、第一騎士団の被害はどのくらいですか。」




