聖女のように
生まれや育ちは関係ない。
たとえ魔女でも心だけは聖女のように……。
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「あのっ…ジャンヌさん。」
より一層目の下のクマが濃くなっているジャンヌに声をかける。
「何?アンタ今までどこでサボってたのよ!?どこにそんなサボりスポットがあるの、教えなさいよ!」
肩を掴んで前後にガクガク揺らしてくるジャンヌはもう正気ではなさそうなことが伺えた。
「あっ……あのぉ…ジャンヌさん、疫病に効く薬ってどこにあるんですか?」
ジャンヌに肩を揺すられ舌を噛みそうになりながらも薬について聞くことができた。これ以上はとてもじゃないが舌を噛みそうで言えない。
「疫病…?まずどんな疫病なのよ。」
そこでジャンヌはやっと肩を揺らすのをやめた。
「あの隔離された人達がかかっている疫病です。」
「は!?あそこにいる奴らはもう助からないよ。」
治療したって無駄だと言うようにジャンヌは手をひらひらさせた。
「教えてください!」
見捨てるのは簡単、救うことは難しい。私は思わず声を荒げていた。その声に少し怯えたのかジャンヌは蔓延した疫病について話してくれた。
ジャンヌの話ではあの部屋に隔離されているものがかかっている疫病はズウェラと呼ばれるものでここ南部で最近流行りだした。
最初は味覚に支障をきたしその次に嗅覚、触覚、聴覚、視覚……と徐々に身体機能を奪っていく 。最初ここにも抗ズウェラ薬があったのだが原材料が貴重で元々少量しかなかったことからすぐ使い切ってしまい支援物資の中に抗ズウェラ薬を頼んでいるが届いたことはない。国の上層部が首を縦に振らないのが原因だろうという事だった。
ジャンヌの話し通り、薬品室には空になった抗ズウェラ薬の瓶があった。
「もう、ここには薬はないんだ。」
ジャンヌは空の瓶を目の前に突き出すと諦めろと言うようにその瓶を机の上に置いて薬品室を出て行った。
「もしかしてこれは。」
私は瓶を手に取り底を覗き込む。瓶の底にはほんの一滴の薬が溜まっていた。薬を一滴も残さずに綺麗に使い切られてはいなかった。
一滴残っているのを知っていたとしても一滴では救えないのが分かっているからだろう。
でも一滴も残っているなら何とかなる。これを魔法で複製すればいい。
私は手に持っている瓶の中身を複製することをイメージした。この瓶の中にたった一滴だった薬がなみなみと入っている様子を。
これは少しでもイメージするものが違うと別の物になってしまう。瓶に残った薬の匂いだけを頼りに薬が大量にある様子を思い浮かべる。
複製…高難易度の高位魔術。実は私はこの魔法を成功させたことがない。
森の中に住んで、本当なら一生森から出ないはずなのに母は持っている魔法全てを私に教えてくれた。中には平凡な人生では使うことはないだろう攻撃的な魔法まであった。
ほとんどの魔法は日常的に使い道があり、私も使えるようになっていたが複製…この魔法だけが私は成功できなかった。
複製の魔法を取得するにあたって最初は馴染みのあるものから複製するといいと母は言った。
「フローラ、まずこの林檎を複製してみなさい。」
「わかった。」
目の前にある林檎がもし手の中にあったら…目を閉じて深くイメージする。手に魔力が集まっている感じはいつも慣れない。身体中から血が一箇所に集まってくるような感じだ。
だんだん手に重みがかかり、手には何か持っている状態になる。目を開けると手には林檎があった。
「出来た!お母さん、出来たよ!」
初めての一発成功、嬉しくてすぐに母に報告しようと顔を上げた。母は私の手から林檎を取るとぐしゃりと林檎を握りつぶした。
「え?」
だって…それ林檎だよ?林檎は簡単に握りつぶせるものだっただろうか。当時はそんなことを思っていた。娘の魔法の結晶をそんな風に潰すとは何事だ!とも思っていた。
「フローラ…。」
母は握りつぶした林檎だったものを私に見せた。潰れた林檎はもはや林檎ではなかった。
「これは林檎じゃないよ。」
母は林檎のひとかけらをつまむ。普通の林檎ならそれは林檎の果肉の部分だが母が手にしたものは蝋で作ったような偽物の林檎だった。
「中までしっかり林檎をイメージしないと食べれる林檎は作れないよ。」
私が作ったのは林檎の見た目をしている林檎ではない何かだったのだ。
その後何回も練習し、イメージした物に準ずるものは作れるようになったが完璧なその物自体は作れるようにはならなかった。
だから今、薬そのものを作れるのか。それに準ずるものはもはや薬ではないだろう。そうしたらあの部屋にいる大勢の人は救えない。
(不安になるな、不安だとますます失敗するでしょ。)
今は失敗も成功も何も考えないことにした。目の前にある薬の一滴から薬を複製する。ただそれだけを考えた。
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「ちょっと、それどうしたの!?」
ジャンヌが悲鳴のような声をあげ、その場にいた衛生兵達は皆ジャンヌに注目した。しかしその視線はすぐにジャンヌから外れることとなる。
「な…何って抗ズウェラ薬です。」
フローラの持っている箱の中には抗ズウェラ薬が大量に入っていた。もちろん、さっき魔法で作ったものだ。
「だから、何でそんなものがここにあるんだよ!」
ジャンヌや他の衛生兵は嬉しい反面、どうしてそんなものがここに?という不安が入り混じった表情になった。
「第一騎士団が一緒に持ってきたんです。」
嘘だ。第一騎士団が持ってきた物資の中にも抗ズウェラ薬は無かった。しかし何故ここにあるのかと言う疑問を一番自然な形で説明するにはこれで良かったのだろう。
「これで全員、助かります。」
その場がシンっとなった。何かおかしかっただろうか。
「やったぁぁぁぁあ!!」
一人の衛生兵が泣きながら飛び跳ねた。それに続くように他の人も泣いて喜び始めた。何も衛生兵達は好きであの部屋の患者を見殺しにしようとはしていなかったのだ。
「ありがとう…ありがとうフローラ。」
衛生兵達は薬を受け取ると閉めていた近寄ることすら嫌っていた部屋の扉を開けた。
「みんな、助かるぞ。」
その部屋に入った衛生兵は酷い状態になっていると覚悟していたのに思いのほか部屋が綺麗だったことを少し驚いた。




