パーフェクトレディ I
とある男爵家のご令嬢に仕えるメイド、エルリカ・トパーズ12歳。
「ねぇ、エルリカ。このネックレスをつけて行こうと思うのだけれど、どうかしら?」
この家のご令嬢で私が仕える主人ヒルデガルト・トリフェーン様の今夜のパーティーの身支度を手伝っているところだった。
「はい。とてもお似合いです、お嬢様。」
(私も貴族だったらパーティーに行けたのかな?)
私が貴族だったのは昔のことだ。トパーズ公爵家の一人娘として何不自由なく暮らしていた。だが、その生活も2年前私が10歳の時に突然終わりを告げる。
******
「ジェームズ・トパーズ、貴様は帝国の敵!」
仮面をつけた男がお父様に剣を向ける。屋敷は燃えていて大勢の兵士が屋敷を取り囲んでいる。
「貴方は何者?お父様は帝国の敵じゃないわ!」
「黙れ娘!!」
「きゃっ。」
仮面をつけた男の仲間の兵士が私を取り押さえて外に連れ出そうとする。
「お父様、助けて!」
お父様は仮面の男に向かって何も抵抗しなかった。大人しく首を差し出して最後にこう言った。
「娘だけは助けてくれるんだろうな。」
仮面の男は頷いた。お父様も安心したように目を閉じる。
仮面の男は剣を振り上げた。
「お父様、ダメ!!」
手を伸ばしたがお父様に届くはずもなく、私は兵士に部屋の外へ連れ出されてしまった。
屋敷の外に出ると使用人達全員が無事に生きていた。
「どうして、誰もお父様を助けなかったの?」
全員黙り込みこちらを見ようともしない。
「聞いているの!主人を守るのが使用人でしょう。」
すると、マーシャが口を開いた。
「貴女は我々使用人を専属の護衛騎士とでも勘違いされているのでしょうか。」
いつものマーシャからは考えられないような冷たい言葉。何よ、昨日まで私の言うことなんでもはいはい聞いていたのに…。
「それでも、使用人が主人を置いて先に逃げるなんてあってはならないわ!」
「貴女も貴女のお父様も、もう我々の主人ではありません。」
「なんてこと言うの!今まで雇ってきてやった恩を忘れたの?口の利き方にきおつけなさい、この無礼者!」
「貴女はもう公爵令嬢でも何でもないんですよ。トパーズ公爵家は帝国の敵として今日、終わったんです。」
「終わってないわ!お父様は帝国の敵じゃないもの!」
暴れる私を兵士達が奴隷商人の馬車に詰め込んだ。
「やめなさい!何処に連れて行くの。」
鉄格子の付いた小さな窓から外にいる兵士に叫ぶ。すると外にいたマーシャが淡々と告げた。
「もう貴族じゃないんですよ。貴女は下女として売られるんです。」
「嘘、嫌よ!いやあああああああああああああ!」
馬車はゆっくりと動き出し、トパーズ元公爵邸の敷地を抜けた。
******
こうやってメイドとして貴族に仕えていると貴族の生活を目の当たりにして貴族だった頃の生活が恋しくなるし、もし貴族だったらどうなっていただろうと想像することもある。最初の頃は貴族の感覚が抜けなくてメイドの仕事なんてひとつもできなかったし、なんで私がこんなことをしなくてはならないのと嘆いた。
しかしトリフェーン男爵家の主人とお嬢様は心優しく、元貴族の私にも丁寧にメイドの仕事を教えてくれて2年たった今ではメイドの中でもメイド頭に匹敵する実力がついた。元々成り上がりの男爵家だったので使用人への理解があり私が貴族だった頃と大違いだ。おかげで私の我儘は矯正され貴族だった頃には持てなかった思いやりという感情が持てるようになった。
(お父様の死が謎のままだけど、私の性格はだいぶ矯正されたわ。これで良かったのかしら。)
ズキズキと頭が痛む。今日は夢見が悪く眠れなかったのだ。早めに仕事を上がらせてもらおう。
私は幼い頃から変な夢をよく見た。太った女の子がただひたすら怯えている夢とか美しい男の子を眺めているだけの夢とか貴族の様な女の人を私が殺して燃やされてしまう夢を見る。今日は燃やされてしまう夢を見て気分が良くなかった。他人を殺してしまう光景が具体的に浮かび上がる。
(私…人を殺した事なんてないのに…。)
この夢を初めて見た時は何も喉を通らなかったのに今では気分が悪くなるだけだ。慣れとは恐ろしい。
この奇妙な夢の中にも好きな夢はある。美しい男の子を眺める夢だ。花が咲き乱れる中その男の子は立っていて私はそれを眺めている。時折、風が吹いてその子の前髪を搔き上げる。瞬きから息遣いまで全てが現実の様な夢。私は眺めているだけなのに心臓の鼓動が早く大きくなり過呼吸にでもなりそうになった時いつも目が覚める。
皇宮で皇太子殿下を一目見た時運命を感じた。夢の中の男の子と瓜二つ…というか本人だった。その時の私は馬鹿で、私達は運命の赤い糸で結ばれているのよ!などと妄想し婚約者になりたいとお父様にお願いしまくったのだ。しかし、もう婚約者は決まっているので私が婚約者になれるはずがなかった。それもそのはず。
私が生まれて1年が経った頃、神殿に神託が降りた。神の印を持つ聖女が生まれる、と。神託が降りた直後にダイヤモンド公爵家に神の印を持った女児が誕生した。聖女を皇后にしたらこの国は安泰だと、それまで難航していた皇太子の婚約者探しは聖女を婚約者にする事に決定した。婚約者候補の有力候補だったトパーズ公爵家の一人娘は敢え無く聖女に敗退した。
当時はまだ赤ん坊の時から勝敗が決まってることが悔しくて召使いに当たり散らしていた。今考えればとんでもなく幼稚だった。でも皇太子殿下をお慕いしていた気持ちは、本物で今でも変わらない。
(まぁ、もう貴族じゃないし婚約者も決まってるから私が結ばれるなんてあるわけないけど。)
「…リカ、エルリカ!」
「はっはい、なんでしょう?」
ヒルデガルトお嬢様に肩を揺さぶられ、お嬢様の身支度を手伝っていたことを思い出す。
「もう、エルリカったら…。パーティーに履いて行く靴、どれがいいかしら?」
「これなんてどうでしょう?」
「いいわね。これにするわ!エルリカ、センスがあるわね。」
元はといえ公爵令嬢だったのだ。身に付けるもののセンスは一応あるつもりだ。なんでもメイドに任せっきりだと貴族令嬢達のファッショントークについていけない。公爵令嬢が話についていけないとなると家の恥になってしまう。お父様に嫌われないために私は流行などには敏感になった。ヒルデガルトお嬢様の様に男爵家などの下級貴族は多少地味…というか落ち着いたラフな服を着てもそんなに可笑しな目で見られない。しかし公爵家などの上級貴族はそんなことは許されない。身に付けるものはその家の権力や財力をアピールしている。少しでも他の令嬢より地味な格好になってしまうとみすぼらしいと捉えられてしまい、経済環境が悪いのかと噂が立ってしまう。だからいつも人前に出る時は重い宝石をジャラジャラと着け何枚もレースが重ねられフリルやリボンが大量についたドレスを着て、ゴテゴテに飾り立てられる。私が派手なものが好きという事もあったがそのお陰でいつも流行の最先端を行くことができた。
もう、自分は着飾ることはないが優しくしてもらったお嬢様には上級貴族顔負けなくらいに輝いてほしい。昔の私なら誰かの為に…なんて考えられなかった。
(私が貴族だった頃の使用人達には申し訳ないことをしたわね…。)
******
「ねぇ、エルリカ。私の代わりに学園へ行ってくれない?」
「え?」
お嬢様がそう言ったのはお嬢様の12歳の誕生日の前日だった。12歳になったら学園に通う予定らしい。
「何を言っているのですかお嬢様。」
「そのままの意味よ!私の代わりに学園へ行って。」
「何故ですか?」
お嬢様は少し顔を赤らめながら話し始めた。
「私、好きな人がいるのよ。もう結婚の約束もしたわ。私が12歳になったら結婚してくれるの。だから学園には行けないし、行かないわ。でもせっかくだから貴女に行ってもらいたくて。」
え?え?どういうこと?頭が追いつかない。結婚?お嬢様が?色々言いたいことはあったがまずはこれを聞いた。
「どなたと結婚されるのですか。」
「デンドリティックアゲート子爵とよ!」
デンドリティックアゲート子爵…って…。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ⁈」
妻が2人いて、孫もいるご高齢の方ではないか。ダメだ、お嬢様は騙されているんだ!
「ダメです!そんな方にお嬢様をあげられません!」
私は涙目になって説得したが効果なし。
「大丈夫よ、エルリカ。私達は愛し合っている。」
恋は盲目というが、ご高齢の方にぞっこんなんて…。政略結婚が当たり前の貴族社会で恋愛結婚は素晴らしいだろうけど、年が年だろ!親子以上年が離れているじゃないか!孫でもおかしくないよ。
「ダメです!絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対ダメです!」
「エルリカは応援してくれないの?」
「できません!もっと他にいい方がいらっしゃいます。いっときの気の迷いで簡単に結婚を決めないでください!」
「あら、私達の愛は永遠よ。いっときの気の迷いなんかじゃないわ。」
お嬢様はキラキラした目でデンドリティックアゲート子爵との愛を語り始めた。初めて出会ったのは何処で〜、プロポーズされた場所は何処で〜、など。
とにかく、お嬢様とデンドリティックアゲート子爵の結婚は祝福できない。
「旦那様はお嬢様の結婚をどう思われているのですか。」
「え?お父様が?それは…。」