騎士様の魔女 I
フローラを嫁に迎える、そうリアムが公の場で宣言した。その間私はダイヤモンド公爵邸の客室にいた。
騎士様なのは知っていたけど公爵様(まだ嫡男)だなんて聞いてなかった。今身分不相応な場所にいる自覚はあった。
「うぅ…王女様みたいな暮らしだなぁ。」
ふわふわなスリッパに豪華なドレス。こんなものを身につけられる日が来るとは思ってもいなかった。
リアムが宣言したと言ってもまだ私は婚約者候補。貴族も皇族も私とリアムが結婚することに大反対しているそうだ。
反対するのもわかる。なんせ絶大な権力を持つ由緒正しい公爵家の嫁(候補)が何処の馬の骨かもわからない平民の田舎娘なのだから。
平民が貴族社会に結婚などして入ることは珍しいがない話ではないらしい。しかしそういう平民は身元がはっきりしているものだそうだ。
私の場合、母がいないので身元を証明する人物がいないし、魔女だから身元は明かしてしまったら殺される。
「どうしろって言うのよ、」
そう言いながら朝一番の紅茶を飲む。これもすごく高い紅茶なんだろうなぁ、水代わりに飲んじゃっていい代物じゃないことはわかる。
その時客室にノックが聞こえた。
「はい、どうぞ。」
「お義姉様、失礼します。」
入ってきたのはリアムの妹でダイヤモンド公爵令嬢のケイシアだった。公爵令嬢…もっとお高く纏っているのかと思いきやケイシアは友好的だった。
「ケイシアさん、私はまだ候補です。お義姉様と呼ばれるわけにはいきません。」
「兄が選んだ人ですので私は反対しません。反対する奴らは捻り潰してやりますよ。」
ケイシアは腕を捲ると自身の自慢の筋肉をパンパンと叩いてみせた。ゴツゴツしないように気をつけながらついた筋肉で女性らしい体のラインは残しながらも男性に負けないくらいの筋力がついている。
「反対する奴ら……って皇族の方も入ってるじゃないですか。」
ケイシアは皇帝の側室…第六皇妃として皇宮入りすることが決まっていた。冗談でも言ったらやばいのではないか。
「ダイヤモンド家は帝国を支える地盤の一部。それが無くなったら結構帝国は危ないんだよね。」
それだけの力をダイヤモンド公爵家は持っているのか。それにしても話のスケールが大きすぎてついて行けない。
「さぁ、今日も稽古を始めようか。」
「はい、よろしくお願いします。」
私はケイシアに淑女教育を受けている。婚約者候補の全員が貴族令嬢。その中で認められるには貴族の教養は叩き込んでおかなければならない。平民だからと言う言い訳はしてはいけない。
「今日はお茶の作法でも学びましょう。」
「お茶…ですか?」
お茶ってお貴族様は侍女とかが淹れるんじゃないの?
「貴族の嗜みの一つです。」
へー……知らなかったぁ。ケイシアから手本を見て真似をしながら高級紅茶を飲む。しかしポットから始まりカップやスプーンを持つと微かにカタカタと震えている。
「お義姉様緊張しなくてもいいんですよ。本番じゃないんですし。」
いや、まず本番とかあったの!?もしかしてこれからあるの?そう思うと震えが余計に大きくなった。ポタポタと紅茶が溢れる。
「あっ、お義姉様お茶が…。」
ケイシアがハンカチで拭こうとした時だった。
「私はリアム様の為だけに血が滲むような努力を重ねたのよ!許嫁を門前払いってどういうことよ!!」
女の叫び声が聞こえその内容のせいで紅茶を自分の顔にぶっかけてしまった。
「お義姉様、大丈夫ですか!?」
前髪から紅茶が滴っていたが今はそんな事どうでもいい。叫んでいた女の言葉の中に聞き捨てならない単語が聞こえたのだが。
「許嫁?」
自分でもわかるほど冷たい声が出ていた。
「あ…あの、お義姉様?」
「許嫁ェ?」
ピシピシと顔に血管が浮き出てきている気がする。許嫁なんて者が居ながら、リアムは私にプロポーズしたのか。パリンッと手に持っていたティーカップを力余って握りつぶしてしまう。
「お義姉様落ち着いて!自称婚約者が最近邸宅に押しかけているのよ。正式な者じゃないから!」
ケイシアが慌てて訂正する。
「そうなの?」
さっきまでの表情とは一変、嬉しさが隠しきれないにやけた表情になった。
「それにしても悪質ね。家に突撃してくるなんて。」
窓の外を見ながら呟く。
「本当ですよ、お義姉様が居るというのに。」
まだ外からギャーギャーと叫ぶ女の声が聞こえる。正直言って耳障りである。
「でも…私が相応しくないっていうのは正しいから。反対する人の気持ちもわかるの。」
そう言いながら私は割ったティーカップの破片を拾い集めるの
「私が嫁になるって事は由緒正しい公爵家の血筋を汚す事だからね。」
「お義姉様、そんなわけないでしょう!?」
ケイシアは否定してティーカップの破片を片付けるようにメイドを呼んだ。
「だから、正妻ではなく後妻…第二夫人になるという手もあるわ。その方が周りからの反発もないでしょう?」
破片を握っている手から血が滲んでいる。この言葉は本意ではない。生憎、他の誰かと旦那を共有できるほど器用ではない。しかしそれしか道がないのだというなら受け入れよう。きっと寵愛は向くと思うから。
ただ……魔女に愛想を尽かした時、人間が恋しくなった時私は捨てられるかもしれない。
怖い。リアムに捨てられるかも知れない。その心配はいつまでたっても拭えない。人間に婚約者(自称も含む)がいるなら尚更。
「そんな事、兄が許すはずありません!お義姉様は堂々と正妻の座に座ればいいんですよ。」
それに……とケイシアはフフフと笑った。




