魔女の娘 Ⅵ
「お母さんがまだ家に居るの!!」
「家はどっちだ!?」
フローラは銃声が聞こえた方角を指す。もしかしたら間に合わないかも知れない、そんなことが頭をよぎった。いや…大丈夫、大丈夫。母は魔法が使えるから。
そうしている間にも銃声が聞こえてくる。
「早く、乗って。向かうぞ!」
リアムは馬から降りるとフローラを抱え馬に乗せ自分も素早く飛び乗った。リアムは焦りからか、言葉遣いが少々荒くなっていた。
「掴まってろよ。」
そう言い終わらないうちに森を全速力で走っていた。乗馬初心者のフローラにとってはきついスピードだったが振り落とされないようにリアムしがみついた。
「どうして…こんな事してくれるんですか。」
リアムには聞こえただろうか。
「口閉じろ、舌噛むぞ。」
聞こえていたようだが帰ってきたのは返事ではなく注意だった。フローラが口を閉じると馬はさらにスピードを上げた。
家の近くまで来るとリアムは馬を止め、飛び降りた。フローラを馬から降ろすとフローラは一目散に家の方へと走った。
「おかあっっぐっ…。」
すぐに母の安否を確認しようと叫んだが途中でリアムに口を押さえられた。
「静かに。傭兵がまだ居る。」
耳をすますと声が聞こえてきた。
「ハッ…魔女も大した事ないな。」
「オイ、もう一発くらい風穴を開けとくか?」
その直後銃声が響き渡る。言葉通り念のためもう一発撃ったのだろう。その事実は母がもう死んでいる事を意味していた。
私のせいだ。私が森の外に出なければこんなことにはならなかった。私のせいで今日を母の命日に決めてしまったのだ。
母が死んだ。唯一の肉親が死んだというのに涙が湧き上がってこない。悲しみの代わりに湧き上がってきたものは憎しみだった。
「ううう…。」
リアムがいることも忘れてこう呟いてしまう。
「殺してやる。」
握りしめた拳から熱いものを感じる。体温だろうと目を向けると指の隙間から赤い光が漏れ出していた。
「な…何?」
手を開くとそこには手のひらサイズの火の玉が浮かんでいた。これ、私が出しているのだろうか。魔法はいつも母任せで生活に必要な魔法すら使ったことはなかった。
それにしても魔法を使うもの自身はほのかに温かいくらいで火傷など一切追っている様子はなかった。
(これで…殺せる。)
確信すると火は大きくなった。
「魔女は蘇らないように燃やしちまえ。」
傭兵の一人がそう言って母を燃やそうとする。
(燃えるのはお前だ!)
手の平に乗せられた火の玉をボールのように傭兵の一人の顔面にめがけて投げる。
「魔女じゃなければなぁ……ってうわあああああああ!」
「ギャァァァァァァァァ!!」
醜い悲鳴をあげて燃える顔を抑える男と目の前にいる仲間が燃やされて叫び出す男と茫然とする男。
燃えている男は地面をのたうち回っているが火は消えるどころか強くなり全身を燃やしていた。そりゃあ魔法でできた火なのだ。簡単には消えない。
「全員、消し炭にしてやる。」
果てしない怒りを炎に乗せて。そうする事で火は温度を上げ大きくなった。
自身から負の感情が溢れ出ている。憎悪、憤怒…他にも色々あるだろう。感情に身を任せてはいけない、魔力に飲まれてはならない。魔力に飲まれた愚かな魔女たちが幾人も自身の魔法で身を滅ぼした。
火の玉を残った傭兵達にめがけて投げようとした時、フローラの手を包み込む魔法の火以外の暖かさを感じた。フローラの手を包んだのはリアムで包まれたことにより魔法の火は静かに鎮火した。
「熱くないないの?」
そう聞くとリアムはパッと手を離す。手の平にはしっかり火傷跡があった。熱くないわけなかったのだ。大の男でも悲鳴をあげる程の熱さだったのに、リアムは悲鳴一つあげなかった。
「大丈夫。」
それはリアムが火傷をして大丈夫だったのかもしかしたら母を亡くした私に向けての大丈夫だったのか。はたまた……。
傭兵はリアムが倒すから私は手を下さなくても大丈夫だという大丈夫だったのか。
リアムは腰に下げている剣を抜くと傭兵達に近づいていった。
「お前っ、騎士様じゃねぇか。お前がやったのか!?」
傭兵は地面に転がっている焼死体を見ながら言う。構えている銃口が微かに震えていた。
「ヘッ。騎士の誇りがあってくれて助かったぜ。正面からやってきてくれたからなぁ!!」
バンッと音がして発砲されていたことに気づく。しかし弾がリアムのいたところに届いた頃にはそこにリアムは居なかった。銃は一発弾を撃つと次の装填まで時間がかかる。その間に相手の懐に潜り込むのはリアムにとって容易だった。つまり、一発目さえ躱して仕舞えばもう間合いに入っている。
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傭兵の死体は文字通りフローラの魔法で消し炭にした。と言っても生きたまま焼いたのは一人だけで残りの傭兵はリアム一人で片付けてしまったため死体の処理のようなものだ。
この町が平和で傭兵もそれほどの実力がなくて助かったとリアムは言う。現場で鍛え上げられている傭兵だったら騎士一人では勝てなかったそうだ。
母の死体を家の隣に埋めるのをリアムは手伝ってくれた。
「これからどうしたらいいの。」
母が死んで傭兵と町長も死んだのでこの場所にこれから住み続けるのは不可能だ。かと言って他に行くあてもない。
「フローラ…さん。僕と一緒に帝都に行かないか?もちろん魔女ということは隠して。」
これは救いの手か?それとも何か裏があるのか。魔法を使って商売でもさせる気なのだろうか。しかしそんな感情は読み取れない。
「疑問なんですけど、どうしてそこまでしてくれるんですか。」
魔女である私に…ここまで。
「それは…す……このまま見捨てることは出来ないからだよ。」
ちょっとリアムは赤面した。
「魔女なのに?」
「別に気にしない。魔女でも大丈夫だ。」
その言葉を聞いてやっとリアムを誤解していたことに気づけた。魔女なんて気にしないのだ、この人は。
「本…当……?」
ここで初めて涙がでた。魔女を受け入れてくれる父のような人間はいたのだ。
「行こうか、帝都へ。」
リアムが手を差し出してくれている。私はその手を取った。魔女を受け入れてくれる彼の手を。
帝都へ向かう道中、恋仲に発展したのは自然な流れであった。
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神力…それは神の力。人間に宿る際は神と繋がる力のこと。神と繋がる力がある者は神の声を聞け神託を聞くことができる。神力に恵まれた子の殆どは神殿に行き、神官として生きている。
その中でも他と比べ物にならないほど神力に恵まれた者がいる。
聖女だ。聖女は神のみが決めることができる。
神力は他の力と混同する事はない。しかし、聖女が魔女から生まれて仕舞えば神力は魔力と混同しなければならないことを余儀なくされる。
果たして混同した力はどうなるのか。




