魔女の娘 Ⅴ
「え?」
不穏な音が響く。この音は何!?得体の知れない何かがこの森にいる。もしかしてこの音は私に迫っているのではないか。
早く、家に帰りたい。お母さん!!
その時また不穏な音が響いた。
「フローラさん!」
その音と共に名前を呼ばれ振り返る。なんでここは森よ。しかもかなり奥の方の。
「な…んで。」
貴方がここにいるの。そこには馬にまたがったリアムがいた。馬もプルルルルと鼻を鳴らしている。
「乗って。早く逃げるよ。」
そう言ってリアムは手を差し出した。怖い…人間の手を取るのが恐ろしかった。しかしなんで逃げなくてはならない?不穏な音と関係しているのだろうか。
たとえ関係していたとしても今逃げるわけにはいかない。家で母が待ってる。
「銃声が聞こえただろ、殺されるぞ!」
リアムは焦っているようにも怒っているようにも見える。否、両方か。
「状況がわからない、なんで!?」
私だけ何も知らない。置いてけぼりにされてないか。
「魔女狩りだ。」
******
帝都への中間地点に位置する町、この町には警備目的で傭兵が雇われている。滅多に活躍することはないが実力は確かだ。
町長に緊急で呼び出され、魔女容疑がかかっている女の家宅捜査の護衛を依頼された。
「ここが魔女の家かねぇ。」
随分と森の奥にある廃屋、人が住めるような環境なのだろうか。まぁ、怪しくはある。
傭兵団の団長ローガンはそう呟いた。他の団員も同じことを思っていたらしく普段は意地でも団長に従わない団員達がうんうんと頷いていた。
「すいませーん。」
町長の部下が廃屋の扉を叩く。もし本物の魔女だった時の為に傭兵達は武器を構えた。団長のローガンは銃を構えいつでも撃てるように引き金に指を当てる。
ギギギギと音を立てながら扉が開き、一人の女が出てきた。ここに本当に人が住んでいたことも驚きだが、
(なかなかいい女じゃなねぇか。)
ローガンはイヴを見ながらそう思った。傭兵は女に飢えている。かといって誰でもいいわけではない。
「貴女に魔女容疑がかかっています。家宅捜査と役所までご同行頂きたい。」
イヴは仕方ない…といった感じに肩を落とした。どうやら手荒な真似をしなくて済むらしい。傭兵達は構えた武器を下ろす。
「先に私達の安寧を壊したのは貴方方だということを努努お忘れ無く。」
てっきり同意してくれると安堵していた町長は不意を突かれた。
「な…何を。」
イヴの手から発光した丸い玉のようなものがスッと町長の胸に入ったかと思うとそこからどんどん腐っていったのだ。
「やっぱり、魔女だったのか!!」
ローガンは銃を素早く構え直すと発砲した。
******
用意してもらった宿の部屋は一番いい部屋だった。しかしこう思うのは失礼なのかも知れないが実家の方が広いというか…豪華というか…落ち着くというか。
かといってこんな部屋で満足するわけないだろう!と怒鳴りに行くわけでもない。やっぱり慣れた部屋の方がいいよね。という結論にたどり着くだけだった。
『なんで、来たんですか。』
フローラから発せられた冷たい言葉。確かに余計なお世話だったかも知れない。しかし急に帰ると言われては心配してしまうだろう。
いや、違うな。彼女に帰って欲しくなくてあんな事をした。一目惚れに近かったのだろう。
僕の知っている『女性』というのは必死にアピールして妻になろうとする者と興味なさそうにして他の女と差別化を図ってアピールする者だった。
結婚結婚結婚結婚結婚結婚……もううんざりだ。貴族…ましてや名家の公爵家の嫡男なのだから一族をここで絶やしてはいけないことは分かっている。
それでも時々貴族をやめたくなる。なんの責任も持たない平民に。何処かで本当に愛する人と静かに暮らしたりしてみたい。
それが叶わないと知っているので戦場で死んでもいいんじゃないかと手を緩めることがある。しかし手を緩めたとしても誰一人としていて自分の首を切れたものはいなかった。
だからこの辺りの住人であろうフローラが羨ましかった。森の奥に住んでいるとあれば尚更羨ましかった。だから、わざわざ分かっているはずの宿の場所を聞いた。
最初はただ羨ましかったに過ぎない。しかし町娘と会ったことによりフローラが異質であることに気づいた。この子はただの森に住んでいる娘ではないと。
他のものより遥かに美しい容姿を本人は自覚していなかった。
自分の容姿を自覚した上で自覚していないふりをする者には会ったことがあったが本当に自覚していない者は初めてだ。今まで人に会ったことがないのだろうか、森から出るのも初めてだと言うし。
そこで妙だと思ったのだ。そして彼女が言われた侮辱でその妙なものの答えを見つけれた気がした。
『魔女』
「フローラさん、大丈夫?魔女なんて気にする必要ないよ。」
魔女だからといって気にする必要はない。僕だって魔女なんて気にしないから大丈夫だよ。
それはもしかしたら魔女かも知れないフローラに安心を与え、人間なら慰めを与えたつもりだった。
正直人間だろうが魔女だろうが根本的な部分は同じだと思っていた。教科書には人間以外を絶対悪として書かれてはいるが、魔物が人を殺すこともあれば人が魔物を殺すこともあったのだろう。正当な防衛とは言い難い争いが遥か昔に起こっていた。
彼女に拒絶されたことが信じられなかった。あの後ろ姿は完全に逃げていた。自分が恐怖の対象になっている事を信じたくなかった。
思えば何を根拠にあんなに自信満々だったのか。自分を守る身分か、騎士という肩書きか。今まで様々な女性に言い寄られた容姿か。
どれを取ってもフローラからしたらどうでもいいことばかりだ。勝手に勘違いをした愚かな男をどうか鼻で笑ってほしい。
その時外が騒がしいことに気がついた。一階の宿の食堂に降りるとその騒がしさはより一層騒がしく聞こえた。
「何か祭りでもあるのか?」
町娘…ベネティアに聞いてみるとやはり甘い作り声で答えた。
「えーっと、魔女狩りがあるそうです。」
「怖いなぁ、魔女なんて。でも昔から森に魔女が住んでいるとは聞くからねぇ。」
宿の主人のエリックがそう言いながらコーヒーを飲んだ。
(魔女狩り……。)
なんでまた急に。しかし嫌な胸騒ぎがした。
(フローラ…。)
魔女だと断定はしないが容疑者として上がるなら彼女だ。魔女狩りは魔女容疑者を連行し、魔女裁判を行うのが普通だが長年魔女狩りなんて行われなかったし、近年になるにつれて裁判なども行われず容疑者は即処刑されてしまうと耳にした。
宿から飛び出すと馬小屋にいる愛馬の名前を呼んだ。
「エイドリアン!」
プルルルルと鼻を鳴らして愛馬は返事をしてくれる。飛び乗るようにしてまたがり、すぐに駆け出した。
「森へ。」
馬の全速力で走るのだから徒歩の傭兵団より早く着くはず。町から一番近い森の入り口からではなく、フローラと出会った場所から森へと入った。足跡がまだ新しい。それを頼りに馬を走らせた。




