尊い犠牲
「なっ!?」
その風貌からしてその者達が殺し屋であることはすぐにわかった。
急な本部への呼び出しでいつも持っているはずの剣を持っていなかった。それどころか武器になるようなものは一つも持っていない。完全な丸腰だ。
殺される…そう思った。いや、この状況で殺されないなど思わない方が難しい。
必死に命乞いをしても助からないだろう。しかし武器も何も無い状態で体術だけでこの大勢な人数を倒しきれない。なら、少しでも時間稼ぎをして他の人に気づいてもらえるようにする。
「私を殺すんでしょ!?」
錯乱しているように取り乱しながら殺し屋達に向かって叫んだ。この叫び声で誰か気づいてくれないか。
殺し屋はそうだ、と言わんばかりに剣を突きつける。
「どうせ死ぬならなんで殺すかくらい知っていてもいいわよね?」
答えてくれるかなんてわからなかった。一流の殺し屋ならそんなこと言わずにさっさと殺してしまう。周りの大勢の殺し屋達はジリジリとベロニカの方に詰め寄って来ていた。
この殺し屋の数。依頼者はどうしても殺したいらしい。ベロニカ自身人を殺しすぎて誰の恨みでこの殺し屋達が雇われているのかはわからなかった。それともここにいる殺し屋一人一人に依頼者がいるのだろうか。
「答えろよ!」
そう叫ぶと殺し屋達の中でもリーダー格のようなものが口を開いた。
「そんなに知りたいか。」
その低い声からして男だろう。それより話に乗ってくれた。これで出来るだけ会話を長引かせて時間を稼がないと。
「これから死にゆく憐れな小娘に何故自分が死ななきゃならないのか教えてくださいよ。」
余裕の表情を作ろうとしたが引きつっているし、強気な態度を取ろうとしたが虚勢を張っているだけだ。声も震えている。
「たしかにお前の生い立ちを聞けば誰もが憐れむだろう。マーガレット。」
その名で呼ばれた時どうしても全身を駆け巡る悪寒を止められなかった。
「マーガレット!?誰だ、それは。」
マーガレットと呼ばれた瞬間気づいた。この殺し屋はマーガレットを始末しに来たのだと。何処からかマーガレットがまだ生きていると言う情報が流れて来たのだ。なら、依頼人はただ一人アンドリュー・トパーズで間違いない。
もうマーガレットではない。ベロニカだから知らないふりをすれば殺されないで済むのでは?そんな考えが浮かんだ。
「名を偽り、過去を偽り、全てを偽ったとしてもマーガレットだという事実は消えない。」
言い終わった直後にベロニカの後ろにいた殺し屋が切りかかって来た。ベロニカは剣の最初の一撃を交わし懐に潜り込むとその殺し屋の顎を下から思いっきり殴った。その殺し屋から剣を奪うと他の殺し屋からの攻撃を弾いた。
「それ以上話す気は無いのか。なら、私もやすやすと死んでやる気はない。」
喋っている間も攻撃は止むことはなく器用に避けながらベロニカは喋っていた。何年軍にいたと思っている。何回戦争に参加したと思っている。何度人を殺したと思っている。
「殺されてたまるか。」
しかしこの人数を相手にするのは少々無理があったようだ。最後の最後にベロニカがこの世に放った一言は後悔だった。
「あーあ。」
薄れゆく意識の中でジョージの事だけが気がかりだった。死を直前にしてやっとジョージに対する愛情が揺るぎないものになった。ベロニカの残る後悔はそれを伝えられなかった事。
翌日、平凡な田舎町で見つかったのは非凡な女の無残に切り裂かれた亡骸だった。
******
ベロニカの遺体がかつての仲間である部隊の者が見ることを許されたのはその3日後の事だった。見るといっても布で覆われており顔は見れないようになっていた。憲兵は事件性はないとして捜査などは一切行われなかった。
「嘘だろ…ベロニカ。」
「だって…え?あれが最後?」
アルスやディーンをはじめ、部隊の皆が茫然としていた。その中にジョージだけはいなかった。
「隊長は?」
ある隊員がポツリと口に出した。
「まだ来てないだけだろ。」
いつまで経っても来ないジョージに段々と隊員達は不安の他に怒りもあった。
「来るわけないだろう!?あの人は騎士団に行くんだ。俺たちの事なんて気にかけねぇよ。」
「オイ、お前!何てこと言うんだ。」
ジョージに限って…。皆そう信じたかった。なら何故来ない?
「お前ら静かにしろ…。」
アルスが鎮めようとするが怒りは湧き上がるばかりで鎮まることなどなかった。
「ベロニカさんも可哀想に。最後の最後まで好きな人に会えないなんて。」
誰かがポツリとそうこぼした。
「えっ?今なんて。ベロニカさんが好きだっていったのか?隊長を?」
「なんだよ…俺はてっきり仲良いから二人は恋人同士なのかと。」
話の内容はジョージが来ないことから二人の恋人疑惑へと変わっていた。
「恋人にしろそうでないにしろあんなに仲が良かった隊長がなんで来ないんだよ。」
仲間が死ぬ事なんて当たり前だ。しかし慣れる事は多分永遠にないのだろう。
******
ジョージはベロニカの部屋にいた。机の上には送った手紙が置いてあった。封は開けられてはいない。つまり、見られてはいなかった。
ジョージはその手紙を自分自身で回収した。これで手紙を出した事実は消える…そう思いたい。読んでいなくてよかった…そうすれば自然と答えは出ている。もし読んでいたのだとすれば来ない返事を期待してしまう。
「ベロニカ、ありがとうな。」
そう呟くとジョージはベロニカに別れを告げた。ベロニカを忘れる事はできない。かといって綺麗な思い出として記憶の中に保管しておくこともできない。ジョージに出来ることは忘れる努力をするだけ。
努力しても忘れることはできないだろうが必死に抗って目を背けてしまいたい。その部分だけに目を当てないようにすればいい。そして現実を受け入れられる時が来たなら改めて目を向けられるように束の間の現実逃避を。
ジョージは部屋から出ると本部に向かった。呼び出しがかかっているのだ。多分騎士団に関する事だろう。騎士団に入る事は決定事項でもう覆る事はない。
本部に着くと重要な客の相手をする応接室へと通された。そこにはこれから入る騎士団の団長でもいるのかと思いきや、別の人物がいた。
「失礼します。」
待っていたのはレヴィ・エメラルド。この国の宰相だった。新聞などではよく見る顔だが実際に会うのは初めてだった。
「これはこれは宰相閣下。こんな所まで来るなんて。」
貴族は軍を嫌う、野蛮だといって。でもそれは軍が汚れ仕事を一手に引き受けているからだ。
「ジョージ・スピネルだね。スピネル家の養子の。」
「はい。あっていますが。」
宰相はわざわざジョージの出生を聞きに来たのか。養子だが爵位を継承させてくれると生前からエドワード少佐は仰っていた。まだ継承はしていないが。
「何かご用ですか。」
用もなく会いに来るわけないだろう。
「そうだね。早速本題だが。元君の部隊の副隊長が殺された事についてだ。」
「ベロニカの事ですか。」
レヴィはぐっと前のめりになって話し始めた。
「明らかに殺されて居るのに捜査のひとつも行われなかっただろう。それはある者が金にモノを言わせて憲兵を買収したんだ。その男の名はジェームズ・トパーズ、現トパーズ公爵だ。」
「なんでトパーズ公爵が軍人が殺害された事件をもみ消さなきゃならない。」
「まずその殺し屋の雇い主がジェームズなんだよ。いや…本当は前公爵アンドリューかと思ったんだが最近死亡していることがわかってね。」
そんな事はいい、何故ベロニカは殺されなきゃならなかったのか。ジョージはぐっと拳を握りしめた。
「トパーズ公爵家には二人の子供がいた。優秀な嫡男のジェームズと彼が10歳の時にできた年の離れた妹。その妹の方は数少ない使用人の他誰も見た事はない。もちろん、アンドリュー自身も。その年が離れた妹が10歳の時にトパーズ公爵領の風土病にかかり、死んだとされている。葬儀すら行わなかったらしい。」
その時、ジョージはハッとわかったような顔になった。
「まぁ、最後まで聞いてくれ。その妹、実は生きていたんだ。病気になんてなっておらず、暗殺者に殺されそうになったところを命からがら逃げ出したそうだ。名前を偽り軍人として生きていたらしい。その名前は……。」
「ベロニカ。」
ジョージはレヴィが言う前にその名前を口にしていた。
「どうしてそのような情報を宰相閣下がご存知なんですか。」
「宰相の情報網を駆使しているから当然だよ。」
どんな情報網だよ…と突っ込みたくなったジョージだがこれを我慢して次の質問をした。
「この話を私にしてなんのつもりで?」
「トパーズ一族が悪人一族やら狂人一族などと呼ばれている事は知っているだろう?その名の通り黒い噂が絶えなくてね…いや実際に噂通りのことをしているんだ。だからトパーズ公爵家には潰れてもらおうと思う。君に頼むのはただ一つ、ジェームズ・トパーズを殺してくれ。」
そう言ってレヴィは握手のために手を差し出した。
「君にも舞台に上がってもらわないと。悪役を討ち取る英雄になってくれ。」
「英雄になんて…興味はありません。ただ……仇を討ちたい。」
そう言ってジョージはレヴィの手を固く握った。
******
そして今、ジョージは仮面を着けて立っている。
「ジェームズ・トパーズ、貴様は帝国の敵!」
(帝国の敵とか…どうでもいい。ただお前はベロニカを殺した、俺の敵だ。)




