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悪女物語  作者: ひめりんご
悪女物語
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恩人

「兄…が()()?」


その過去形の言い方にオリヴィアは疑問を覚えた。


「今は居ないの?」


死んでしまったのか。それが一番想像しやすかった。


「多分、今はもう兄妹じゃない。」


もう死んだことになっているマーガレットは居ないのだから。ジェームズの妹はベロニカではなくマーガレットなのだ。たとえ同一人物であっても妹ではない。マーガレット、マーガレット・トパーズを捨てたのなら妹という立場も一緒に捨てている。


「嫌われたから。」


そうなった以上もう兄は妹として認識しない。嫌いなものとして認識するのだ。


「嫌われたくらいで兄妹関係は終わるの?私もジョージと長い付き合いだし嫌いになることとかよくあるけど縁までは切らなかったよ。」


「オリヴィアさんほどじゃないけど私も中々特殊な事情があるから。」


軍部にいても貴族の情報は流れてくる。誰もが知っている公爵家ともなれば情報はよく耳にした。

トパーズ公爵家の嫡男が伯爵家から嫁を貰ったという情報も簡単に手に入った。わざわざ隠すようなことではないから当然だが。


「そうなの。」


それ以上は聞いてこなかった。特殊な事情があるもの同士、無理に聞き出そうとするとお互い不快になることはよく知っていた。


この後急速に二人は仲良くなり、しばらくして自他共に認める親友同士になったことはスピネル部隊やオリヴィアが所属する別部隊だけでなく軍の中でも有名な話となった。



******



親睦会の後からスピネル部隊の雰囲気は良いものに変わっていった。

急速に…ではなく緩やかな変化ではあったが隊長であるジョージと皆仲良くなりたいという意識が士気を上げることに繋がったのだろう。思えばベロニカが入隊してきた時から隊は少しずつ変わり始めたように思う。ジョージにもっとリアクションを求めた失礼とも言える変わり者ベロニカ。

しかし実力は本物で剣術学院首席というチヤホヤされた地位だったのにもかかわらず努力を惜しまない。それが急遽空いた副隊長という席にジョージがベロニカを推した最大の理由だ。本人どころか隊の誰にも伝えてはいないが。


そしてベロニカの剣技だ。あの剣技はスピネル家門の剣技だ。現在あの剣技を使っているのはジョージとオリヴィア…そしてベロニカしかいない。

あの剣技は見て覚えるなど決して出来ない。その剣技を知っているものから教えを受けるしか取得できる方法はない。


「少佐…。」


戸籍上は父親となっている恩人を呼んだ。


彼には生涯三人の弟子がいた。そのうち二人はまだ彼が若かりし頃に出会い、育てた。その中の一人は彼の息子となった。


彼が軍を退役し、しばらくして三人目の弟子が彼の前に現れた。スラムの入り口付近で倒れていたがスラムの住人にしては綺麗な身なりを疑問に思い助けたのが始まり。

彼は彼女に他の二人と同じようなものを感じた。そこで三人目の弟子とし、軍に入れる前に自身の剣術を指導した。彼女の学習能力は凄まじかった。他の二人と違い実戦経験が無い上に、指導できたのも軍に入る前提である剣術学院入学までの短期間しかなかった。付け焼き刃の様な感じにでもなれば上出来といった悪条件にもかかわらず、彼女は教えられた剣技を自分自身の物としていた。

最後の弟子である彼女の剣術学院入学を見届けると、彼は安心した様に永遠の眠りについた。彼の最初の二人の弟子は三人目の存在は知っていたが実際に会った事もなく、名前を聞く前に師である彼が眠りについたことから完全に知るすべがなくなってしまった。


名前を知ったのは彼の遺品整理をしている時だった。


「なんか…あっという間だったね。」


オリヴィアは少し埃が積もった机を撫でていた。オリヴィアもジョージと同じことを考えているのだろうか。初めて恩人に会った日を。

毎日前線に駆り出され人を殺し血を血で洗った日々を。その異常な世界こそが当たり前だと思っていた。世間からは恐れられ、軍からも恐れられたが人を殺すことこそ生きる術だった。


「懐かしいな。」


血塗られた思い出も今となっては美しい。恩人であるあの人と出会う前。所属していた少年兵達だけで構成される部隊。

たった一晩で敵の要塞を落とした事もある。爆弾でも弾でも何でもありで降ってくる。隣を走っていた奴が次の瞬間にはもういない。仲間のか敵のか判らない返り血を浴びながら前進した。

その要塞を落とすことに成功はしたが、生き残ったのはジョージとオリヴィアだけだった。部隊を指揮する大人の指揮官も殉職した。


オリヴィアは本棚の中から本を一冊取り出しパラパラとめくる。その本はたまたま選んだのだろう。


「あ。」


オリヴィアの声にジョージはその本を見る。オリヴィアの手には本とは別に小さな手帳が握られていた。


「ジョージ、本に挟まっていた!」


その手帳には恩人の名前、エドワード・スピネルとある。本に挟んであったことからこの手帳は隠してあったのだろう。


「日記かな?」


「どちらかといえば手記みたいなものだろ。」


手帳をめくりながら二人は手帳の内容を見る。手帳は最近のものではなさそうだがそんなに古そうでもなかった。


その手記の前半の内容はジョージ達も知らない、自分達と同じような境遇の三人目の弟子の情報が記されていた。


「ベロニカ…?」


その名前からして女だろう。


「女の子だ!どんな子かな?」


オリヴィアは自分と同じ女の子であることが嬉しそうだった。

しかしベロニカと自分達を繋ぐ恩師であるエドワード・スピネル少佐はこの世を去っている。自分達が会いに行くには情報が少なすぎる。少佐と言っているがそれはジョージ達が初めてエドワードに会った時のエドワードの階級であり、退役する前くらいは中々偉い役職にまで上り詰めていた。


「リヴィア…俺達は会いに行けないだろ。相手からしてみれば顔も名前も知らないんだから。」


剣術学院にいる…ということは平民だからほぼ間違いなく騎士団ではなく国軍に入ってくるだろう。そしたらもしかしたら会う機会があるかもしれない。


「ジョージ、見て。」


手記の後半の内容はジョージとオリヴィアの事だった。

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