聖女の仮面 II
「私の国…どうなっちゃったんだろう。」
ミーナは大粒の涙を流しながら両親に泣きついた。それを私はドアの隙間から見ていた。ミーナの国は戦争で負け、隣国に吸収されたそうだ。
「ミーナ…。」
両親も下手にきっと大丈夫よ!なんて言えずに困っている。きっとミーナの家族や仲間はもういない。それをミーナはわかっているはずだが国があった場所が気になるのだろう。
両親は辛いことを思い出させたくないと今までその話題に触れてこなかった。両親は顔を見合わせた。
「ミーナ、今度の休みに国があった場所を見にいきましょう。」
「それでミーナもけじめがつくだろう。」
ミーナは涙を拭くと母に抱きついた。
「お父様、お母様、ありがとう!」
両親は嬉しそうにミーナの頭を撫でる。私にはそんなことされたこともなかった。それでも…私は家族が大好きです。だって心優しい聖女様だから。
当日、私は両親とミーナと一緒に馬車に揺られていた。他の兄弟達は家で留守番だ。
ミーナは笑顔で自分の国について話している。それを両親は笑顔で聞いていた。勿論私も笑顔を貼り付けて聞いている。窓の外は物凄い雨で綺麗な景色が見れずミーナの話に耳を傾けるしかなかった。
「ミーナ…ごめんなさい。私姉なのにあなたのこと何も知らなかった。」
私はミーナに同情するように声をかける。本当は義理の妹に家族の愛などいろいろなものを奪われた私に同情してほしいものだ。しかし聖女は同情する立場であって同情される立場ではない。
「いいのお姉様。私もこんなこと話したら嫌われてしまうと思って話せなかったの。」
「そんなことで嫌いになるはずないじゃない!」
そう、もうとっくにミーナのこと大嫌いなんだから今更嫌いになるわけないでしょ。両親には立派な姉妹愛に見えているのだろうか。
雨が強くなってきた。大雨、という感じではない。豪雨だ。
「この山を越えたら今日はもう進めそうになさそうだね。」
父が御者と話しながらそう決めた。
「それ以上進むのは危ないしね。」
と母もこの山を越えたら宿で休むことに賛成しているようだった。
その時、ドドドドと遠くから聞こえてくる音があった。その音は物凄い速さで近づいて来て直ぐそこまで来たと思った時には馬車が横転していた。
(え!?何!?)
訳の分からないまま気づいたら私は馬車の外にいた。馬車はどこにもなかった。いや…あるとすれば土の下だ。ザアアアと雨が私を打ち付けた。どうやら馬車は土砂崩れに巻き込まれたらしい。奇跡的に私は生きている。
馬車が埋まっているであろう土からは変な方向に曲がった腕が二本飛び出ていた。その薬指には指輪がはめられおり、容易にそれが両親の腕だということがわかる。
今……絶望していると言うのだろうか。頭の中が何も考えられない。
「お姉様!」
聞きたくもないほど嫌った聞きなれた声で私は振り返った。そこには私と同じように泥だらけのボロボロの姿で立っているミーナがいた。
普通なら自分以外にも生存者がいたことを喜ぶ場面だろう。しかも自分の妹なら尚更。
しかし私はミーナが生きていることを喜べなかった。なんで今も生き永らえている?どうして死ななかった。お父様とお母様は死んでいると言うのに。なんでミーナは生きているんだ。代わりに……二人の代わりにミーナが死ねばよかったのに。全部…ミーナのせいだ。ミーナが祖国に行きたいなど言い出さなければ、ミーナがうちに来なければ、ミーナが生きてさえいれば、こんなことにはならなかった。全部、全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部ミーナのせいだ。
その時は聖女の仮面が外れた。本当の自分が久し振りに日の目を見た。
「みんな下敷きになっちゃって…それで私…どうしようって思って……ねぇ、お姉様…私…どうしたら…。」
そう言ってミーナは俯いていた顔を上げた。
「五月蝿い、黙れ。」
聞いたこともない私の低い声にミーナはビクッと体を震わせた。
「お姉様…?」
心配そうにミーナが私の手を掴もうと手を伸ばす。パシンッとその手を振り払った。ミーナは振り払われて茫然としている。振り払われるなんて思ってもいなかったのだろう。だってミーナが知っているのはいつもの優しいお姉様なのだから。
「お前さえ…。」
そう、ミーナさえ。
「お前さえ居なければ!!」
こんなことにはならなかった。
私は怒りに震えていた。怒りと同時に泣いていた。顔は怒っているのに目からは涙が溢れる。私は片手で目を押さえた。それでも指の隙間から涙が溢れる。
「ご…ごめんなさい。」
ミーナはその場に崩れ落ちた。ミーナが崩れ落ちたことによりミーナの足場近くにあった水黙りがバシャッと跳ねる。
「ごめんなさい、ごめんなさい。」
ミーナも泣いていた。ミーナは地に頭を擦り付け、ごめんなさいと繰り返した。
******
葬式を知らせる鐘の音がなる。それは重苦しく、悲しい。周りからは嗚咽が聞こえてくる。私の前には二つの棺、その中に眠る人はもう二度と目覚めない。
むせかえるような白百合の匂いだけが漂っていた。遺体は損傷が激しく、白い布で覆われていた。最後は顔を見ることすら叶わなかった。
「まだ若いのにねぇ、可哀想に。」
「それにしてもあんな豪雨の中、山道に何の用があったのかしら。」
参列者の中からそんな声が聞こえてくる。
それにしても…疲れた。立っていることすら辛い。体の重心が後ろに逸れかけた時後ろから支えられ、振り返る。そこにはルイスがいた。
ルイスを見た安心感からか目尻が熱くなるのを感じた。
「ルイス…。」
「アリス…泣いていいよ。」
ルイスはそれだけ言うと肩を貸してくれた。私は咽び泣いた。その時遺族側の方向から怒号が聞こえそちらの方を見る。
「ふざけないで!あなたのせいで…。」
怒鳴っていたのはは3番目の姉だった。そして肝心の相手はミーナだった。ミーナのせいだと思っているのは私だけではないようだった。
「お母様達にお別れを…。」
そう言うミーナの手には白百合が握られている。
「あの日お父様は豪雨だから延期しようとしたのに、貴女が早く行きたいなんていう我儘のせいで!……せいで…。」
途中から泣き崩れてしまった姉を兄達が立ち上がらせた。
「ごめんなさい…ごめん…なさい。」
そこでもミーナは謝っていた。皆ミーナのせいだと思っているのだろうか、家族の誰もミーナを擁護はしなかった。
ああ……聖女の仮面は邪魔だ。ここで私がミーナを守らなければ私が聖女としてふさわしいのか疑いの目が向けられてしまう。私はミーナの側に歩み寄る。そうして私は静かに告げた。
「あれは、不運な事故です。誰のせいでもないです。それでも、誰かのせいにしたくなります。」
私は泣いていた。自分で言って納得しようとしているがこのままミーナのせいにした方がどれだけいいか。恨む対象があってこの怒りの矛先を実在するものに向けられたらどれだけ楽だろうか。
******
アリスは話し終えると静かにソファから立った。
「これで満足かしら。」
「ありがとう、よくわかったわ。」
私もソファから立つとアリスに手を差し出した。
「和解の握手とでもいきましょう。それとも、まだ私を許せない?」
舞台裏で聞いた謝罪の返事、許す気はない。でも許す気もない相手にこんな話をするだろうか。
「和解…しましょうか。貴女と争っても利益は無いし。」
そう言ってアリスは私と握手を交わす。
「でも友達になったわけじゃ無いから助けたりはしないわよ。」
「そうね、まだ友達になれるほど段階は踏んで無いわ。来世くらいにはなれるかしら、友達。」
「来世くらいなら……考えなくも無いわ。」
そう言って手をひらひらと振るとアリスは休憩室から出て行った。




