聖女の仮面 I
「今更かもしれないけど、本当に話してくれるのね。」
私は信じられないという風に言う。だって実際アリスとなんでも話せるほど仲良くはないし、自分の秘密って打ち明けるにしても親しい人から順に打ち明けていくものではないか?
「だって、貴女が私の秘密をばら撒くとしても信用無いじゃない。」
そう言ってクスクスとアリスは笑った。私だってアリス以外の情報をばら撒くのだったらそれなりに信用されたかもしれない。しかし今から聞くのはアリスの秘密だ。昔の私はアリスに関して有る事無い事全部噂してアリスを貶めようとしたのだから私が話す内容のアリスに関する情報は一切意味を成さない。
もう信用はとっくに失っているし、別にアリスの秘密をばら撒く予定もない。私がアリスにこんな事を聞くのはアリスに似たようなものを感じたから。
「私が聖女を演じているなんて見破ったのはエルリカ、貴女だけよ。」
そう言ってパチパチとアリスは拍手を送る。
「ちょっと昔話をしましょうか。」
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神に愛され、皆に祝福されながら生まれた女の子をご存知かしら。アリス・ダイヤモンドそれが私の名前、神に選ばれた聖女の名前。
神は私に聖女という肩書き以外何も与えては下さらなかった。何か秀でた才能も何も。
物心ついた時からの皇后教育、求められるのは完璧だけ。1日のほとんどの時間を勉強に費やしている私に家族は冷たかった。私の唯一の救いは婚約者のルイスがよく二人だけの時間を取ってくれた事。その時間は勉強なんてしなくても良かった。ルイスの婚約者だったからこそ皇后教育も耐えられた。
周りの人も家族も私に聖女の理想を押し付けた。聖女は慈悲深く有るべきだ、聖女は心優しく有るべきだ、聖女は聡明で有るべきだ、聖女は美しく有るべきだ。そんな理想を押し付けられる毎日、いつしか私は本来の自分を殺し皆が理想とする聖女を演じ始めた。皆が私に聖女を求めたから。聖女として求められる言動をして聖女として人々が抱くイメージの好きでもない可愛らしい服を身に纏った。
聖女は清く、美しい。それは私も理想とする姿。だから私の本来の人格を表に出しにくくなった。本当の私は綺麗じゃない、優しくなんてない、醜いんだ。そこら辺の人と何も変わらない。
優しい聖女を演じ始めたら、家族や周りの人は優しくなった。皆から愛された。でもそれは聖女様が優しくされ愛されているだけで本当の私には優しくされないし愛されもしない。
それでもいいと思えた。私が聖女を演じ続ければ私に優しい世界は永遠に続く。
皇后教育の勉強だと言われ家族団欒に入れなかった私も歓迎されるようになった。両親からは末娘を兄や姉達からは末妹として可愛がられ何不自由なく過ごせた。蝶よ花よと育てられることに満足し、優越感すら覚えていた。
私は幸せだった。
その世界は或る日突然崩れ始めた。突然やって来た私より一つ下の女の子、ミーナ。お父様とお母様が属国の視察に行った時に出会った身寄りのない子。同情したお母様が養子にしたいと言い、お母様に甘いお父様が承諾してしまったのだ。
突然やって来た異物を兄達は受け入れる訳無かった。勿論私も受け入れがたい。末娘と末妹の座を一気に奪われたのだから。出来ることなら排除したかった。私がミーナに優しくしなければ姉達がミーナをイビリまくっていただろう。
聖女は優しくなくてはならない。聖女の仮面が悪いように作動した。ここで私が優しくしなければ築き上げた聖女という仮面が崩れてしまう。私はミーナに優しくしなくてはならなかった。
次第にミーナは家族に馴染んでいき、末娘と末妹の座は完全にミーナの物になった。
家族は突然公爵令嬢になったミーナばかりを気にかけ両親はミーナの為に自ら教鞭を振るった。私の時は金に任せて家庭教師を雇うだけだった。
家族全員がミーナを気にかけるようになったので私がいくら聖女を演じてももう誰も見向きもしなかった。皆が聖女を求めるから私は必死に愛想を振りまいて聖女を演じたのに。ミーナに家族全員からの愛を毟り取られた。
ミーナの為に愛を、金を、全てを使ってミーナに与えた。私には与えられなかったのに。
私には姉だから我慢しなさいと言われるようになった。他の姉達が妹のために我慢しているそぶりなど見たこともなかった。それは姉達は年が離れているが私とミーナの年が近いから何かとミーナに譲らなくてはならないという事だった。
家族からの愛や私の場所を奪っておきながらドレスやアクセサリーなんて当たり前、仲良くさせていただいていた友人のご令嬢達も全てミーナに奪われた。そのくせしてお姉様!お姉様!と私を慕う姿に殺意を覚える他なかった。私から奪っておきながらそれに気づいてもいない。
ミーナが奪うのは友人だけに留まらなかった。従兄のケイジ、幼馴染のアレン、婚約者のルイス、全員ミーナに紹介しなくてはならなかった。全員ミーナに取られる気がしてならなかった。そしてミーナは禁断の言葉を口にした。
『お姉様だけ皇室に嫁ぐなんて羨ましい。』
『いいなぁ、お后様って綺麗だよね!』
『お姉様だけずるいなぁ。』
ミーナに悪気はなかったのかもしれない。でもその方がよっぽどタチが悪い。
両親は私一人皇室に嫁ぐなんて寂しいだろうという建前の元ミーナをケイジの婚約者候補の一人にすることに成功した。どうしてあんなに必死になったのだろう。血の繋がった娘より血の繋がらない娘の方が大事なのか。 そして最近ミーナは正式にケイジの婚約者になった。
その時も私は聖女の仮面を崩さないように二人の間をとり持たなくてはいけなかった。
家族に愛されなくても私は家族を愛していた。家族になったミーナも愛そうと努力した。
あの事故さえなければ私はミーナを愛せていたのかもしれない。




