冬休みの訃報
雪が降り積もっている庭を眺めながらエルリカは本を読んでいた。
「窓際ですと、寒いですよ。」
そう言ってマリエットはブランケットを持ってきた。今、国全体で悲しみに包まれていた。皇帝陛下崩御。皇太子が学園を卒業するまでは皇位はお預けする事になった。ニ年ほど前から一切表舞台に出なくなった皇帝、その死因は一部の貴族にしか明かされていない。
スピネル侯爵も知っているはずなのに、私なんかには情報はこぼれてこなかった。まぁ、監視対象に教えないだろうとは思っていたけれど。
問題なのはガブリエルもその情報を知らないという事だ。てっきりガブリエルは中立派だし、侯爵という高い爵位の貴族だから知っていると思ったのだけど。
(どういう基準で真相を知っている一部の貴族を選んでいるのかしら。)
顎に手を当て考え込むが、マリエットから見れば本の内容を考え込んでいるように見えるだろう。
本で隠すようにして読んでいるガブリエルからの手紙を何度も眺めていた。封筒だけ見れば急に侯爵令嬢になった私をお茶会やパーティーに誘うための招待状だし、中身も日時や場所が記してあるがそんなものはフェイク。便箋も袋状になっており便箋の中に本当に伝えたい内容を記した紙が入っている。紙が二枚重なった所で一枚か二枚かなんてよく触らなければ分からない。
その小さな紙には帝国と対立するため秘密裏に組織された貴族派に所属する貴族の名前だった。
(男爵、男爵、子爵、男爵、男爵、伯爵、子爵、男爵…………。)
やはり上級貴族はガードが固いのか、並んでいる名前は下級貴族のものばかりだった。しかし、それなりに巨大な組織に成長しているであろう貴族派のトップが下級貴族なわけない。絶対に上級貴族に紛れ込んでいる。そのリストを記憶するとマリエットにバレないように暖炉の中に放り込んだ。
「エルリカ様、お茶の時間です。」
「あっ、はい!」
もう少しマリエットが部屋に入ってくるのが早かったら何か燃やしているのを見られる所だった。
「部屋に用意してもらってもいいですか?」
「分かりました。」
マリエットはそう言って部屋を出た後すぐにワゴンにお茶とお菓子を乗せてやって来た。
「ねぇ、マリエットさん。」
「はい、なんでしょう?」
マリエットはポットから紅茶を注ぐ。
「貴族の令嬢ってお茶会とかパーティーを開く時期じゃない?」
「はい。学園がお休みですものね。」
私は紅茶を一口飲みながら言った。
「しかし旦那様は…。」
マリエットがそう言いかけたが私の声が遮った。
「『華美な暮らし』を嫌っている、でしょ。勿論私は開かないわ。でも招待状は届いているし行かなきゃいけないのかしら。」
ガブリエルからのフェイクもあるけれど、本当の招待状もあるのだ。
「エルリカ様がお決めになればよろしいかと。」
使用人の分際で行く行かないを決められないのはわかっている。そういう意味ではマリエットは自分の立場をわきまえているがエルリカはただ個人的に意見を求めただけなのだ。
「そ…そうよね。」
そう言ってエルリカは紅茶を飲み干す。
「ただ……家格が上の令嬢からの招待ですと無下にはできません。」
マリエットは微笑んでいたがその言葉だけは妙に重みがあった。
「そうよねー。」
エルリカは手元に目線を移す。そこには数々の招待状が握られていた。その中でも一際目立つ招待状がある。紙の質から違うのではないかと思うくらいに。派手ではないがよく目立つ上品なデザインの招待状。
その差出人はアリス・ダイヤモンドとなっていた。
(なんで!?なんでアリスが!?)
わざわざ私を招待する必要はないだろうに。それほどに招待客に困っているのだろうか。
(公爵家の人脈があるじゃない。)
多分それはない。なら、私を晒し者にするのか。実際他のところから来ている招待も、私を嘲笑うためだろう。何せ私の過去は特殊なので。
しかしマリエットの言った通りダイヤモンド公爵家からの誘いを無下にはできない。公爵令嬢時代は派閥が違ったのでお茶会に呼び合う仲ではなかった。公爵家が開くお茶会は自分の派閥の貴族との親睦を深めたり中立派の貴族を自分の派閥に取り込むために行ったりもする。
昔の私なら派閥同士が友好的ではなく、敵対していたからお茶会に呼ばれるなんて事はなかったけど今は中立派のスピネル侯爵令嬢なのだから誘われてもおかしくないか。
(多分アリスも断れないとわかって招待状を出したのでしょうね。)
アリスは…何というか、不思議な人だ。矛盾している人と言えばいいのだろうか。人前では聖女様を演じ、もはや取り繕わなくてもよくなった私に対しては態度が適当だ。彼女の周りには多くの人がいるのに孤独だ。あ、あと壊滅的にファッションセンスがダサい。
「マリエットさん、私ダイヤモンド公爵家のお茶会に行く事にします。」
「そうですか!なら、ドレスやアクセサリーなどお茶会にきていくものを買わなければですね。」
「あんまり派手じゃないのを…ね。」
『陛下に振り向いてもらおうと自分を飾り立てることの何が悪いのかしら?』『パンが無ければお菓子を食べればいいじゃない。』
夢の中の私が言っているのはわかっている。現実の私とは全然違う。あの夢は私が皇后になりたいという願望が見せたものだろうか。
夢の中の私は見てられなかった。愚かでもあるが憐れでもある。振り向いてくれない陛下に恋い焦がれた反面、民を顧みず贅沢のせいで国の財産を浪費した。陛下に恋い焦がれただけなら皇帝に振り向いてもらえなかった憐れな悲恋の皇后として美しく収まったのに、財産を浪費し、民を顧みなかったのは救いようがない。どうしてこのような夢を見るのか、私は自己肯定感が低いのだろうか。
(夢よ、あれは夢。)
夢は夢、現実は現実。私が皇后になることなんてない。あの夢は私の妄想の範疇を出ないのだ。




