皇室事情 Ⅲ
ルイスが7歳のその日は姉であるラヴァリア主催のお茶会だった。国中の令嬢が集められる盛大なものだったが主催本人は熱で倒れ、主催者不在でお茶会は予定通り行われた。
そんなお茶会に参加せず、ルイスと待ち合わせをしている令嬢が1人。アリス・ダイヤモンド5歳。
ルイスの婚約者である。今日も彼女は屈託の無い笑顔でルイスのことを待っていた。
「ルイス!アリスと遊ぼ!」
木の幹に寄りかかりアリスは手足をバタバタさせている。その木に寄りかかれるなんてアリスくらいなものだ。だってそれは皇太子の木といってルイスと誕生を祝い植えられたものだ。そんな木に寄りかかろうなんて普通は思わない。アリスはいつも考えつかないような事を考える。
アリスは退屈で色の無かったルイスの世界に現れた唯一色のある存在なのだ。退屈な世界もアリスと一緒なら楽しくなる。彼女のおかげかは知らないが最近表情のレパートリーが増えた。今まで散々人形皇太子だの、冷徹少年だと言われ続けたルイスにとってそれは嬉しい変化だった。
多分アリスと出会わなければルイスは退屈すぎる世界に飽きて死んでいただろう。何事も完璧にこなしてしまうルイスは全ての物事に対して退屈だった。何か一生懸命に努力して成し遂げる達成感や充実感、喜び、何に対しても興味がないから悲しさなどの人間としての感情の殆どが欠如していた。
そんな何に対してもつまらないような奴が面白い訳もなく、段々と人は離れて行った。普通ならこの時の感情は孤独なのだろうか、ルイスには分からなかった。だって別にいても居なくてもいいのだから。しかしアリスに出会ってからは彼女無しでは考えられなくなり、アリスに出会う前の自分が孤独だったのだと知った。
アリスはルイスの孤独な器を満たしてくれる水の様な存在、これが一番近い表現だろう。
「何して遊ぶ?アリス。」
ルイスもアリスの隣に腰掛ける。そして木の幹に体を預けた。
「ん〜…日向ぼっこ!」
「日向ぼっこでいいの?」
クスッと笑うとアリスはまじまじとルイスの顔を見た。
「何?」
ルイスがそう尋ねたが言葉よりも先に行動が返ってきた。アリスは両手の人差し指でルイスのほおを持ち上げ笑っている顔を作り上げた。
「わらったー!」
アリスが笑い、ルイスもつられて笑う。そういえば笑うのもアリスと出会ってからだ。
「アリス、勉強は順調?」
アリスの腕を下ろしながらそう尋ねる。アリスはニコッと笑った。
「順調!」
彼女は物事ついた時から皇后教育を受けている。ルイスも皇太子教育を受けているが苦労したことがない。だからその教育がどれ程辛いものなのかはわからない。こう言っては悪いがアリスは天才ではない、努力家なのだ。ルイスが才能だけでこなしたものをアリスは努力で補わなくてはならない。皇后教育はルイスが受けた教育とは多少違うだろうが国を治める者として大体の大筋は同じだろう。
きっとそれは血反吐を吐くような努力だ。こんな勉強の休憩時間とも言える時間に勉強の質問をするとは愚問だった。せめてこの時間だけは勉強の事は忘れさせてあげたい。
「アリスは何か欲しいものある?準備するよ。」
ルイス自分は欲しいものなど出来たことがない、ならアリスの欲しいものをプレゼントしたい。こういうのはサプライズの方がいいのかもしれないがアリスが欲しがるのは結構特殊な物が多い。それはルイスも他の誰も思いつかないものを。だから確実にアリスが欲しいものを用意したい。
「えっとね……あ…ガッ…。」
そこでアリスは言葉に詰まった。そして耳まで真っ赤にしてフイッと視線を逸らした。
「そんなに言いにくいものなのか?」
アリスは黙ったままコクコクと頷く。
「別に笑ったりしない。言って?」
「ルイス……。」
自分の名前を呼ばれルイスは ん?となった。アリスは顔を真っ赤にしてもう一度言う。
「ルイスが欲しい。」
アリスはそれだけ言うと俯いた。ルイスもあげられることならあげたいが、2人が結婚するのは何年も先の話だ。待っていれば必ず手に入るプレゼントなのに何故アリスは今欲しいのだろうか?
「あと何年かすれば貰えるよ?」
そう言うがアリスは首を振った。
「いつか素敵なご令嬢がルイスの前に現れてアリスから奪って行っちゃうかもしれないの。」
ルイスにとって素敵なご令嬢はもう目の前にいるから他の令嬢に奪られる事はないと思うのだが。
「わかった、次会う時までには用意しておく。」
そう言ってアリスの頭を撫でた。アリスはまだ心配そうだった。
アリスと別れて、自分の宮に帰りながらルイスはどう準備しようか考えていた。すると皇太子の庭に誰かいることに気づいた。自分の庭に許可なく入られるのはあまり気分が良くなくいつもなら注意していただろうが今日はアリスと会って気分が良かった。
ルイスはドレスがボロボロになっている令嬢に話しかける。
「どうした。」
******
次にアリスと会ったのは2日後だった。
「アリス、今日は出かけよう?」
「え?何処に?」
アリスは戸惑ったがルイスは御構い無しにアリスの手を引いた。
皇太子の庭の隅にある蔦に覆われた大人がかがんで入れるくらいの木の扉があった。
「こんな所あるの?知らなかった!」
「この扉から皇宮の外に繋がってる。多分昔の脱出経路がそのまま忘れ去られたんだろうね。」
ギギギギと嫌な音を立てながら扉は開いた。扉の外は木のトンネルのようになっていた。多分皇宮の裏側に位置する森に続いているのだろう。
「ルイス、勝手に出てもいいの?」
「大丈夫。」
皇族の外出には許可が必要だ。そして大勢の護衛をつけなくてはならない。そんなものいちいち許可を取っていたら時間がかかり過ぎる。
木のトンネルを進むと開けた所に出た。そこは大きな湖でボートが準備されていた。
ルイスが先に乗り込み陸にいるアリスに手を差し出す。
「アリス、乗って。」
「うん。」
アリスはルイスの手を取りボートに乗り込んだ。2人とも乗り込むとルイスがボートを漕ぎだす。
向こう岸まで着くと2人はボートから降りた。其処には蔦に覆われた小さな教会があった。こんな森の中に何故教会を建てたのかは分からないがルイスはこの教会を利用されて貰うことにした。
ルイスが初めて見つけた時から扉には鍵はかかっていなかった。随分と使われなくなっている筈なのに埃っぽくはなかったが人が来ている様子もなかった。
「すごい。」
アリスはそう零す。大きなステンドグラスからの様々な光がアリスの髪を照らした。何故かステンドグラスの所にだけ蔦は覆われていなかった。
ルイスはこの教会の隅に用意していたベールを持ってきてアリスに被せた。そして膝をつき、アリスの手を取った。
「ルイス・サファイアは健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、アリスを愛し、敬い、慰め、助け、死が2人を分かつても愛することを誓います。」
アリスの顔がボォっと赤くなった。
「誓う!誓う!アリスも誓う!」
本来ならばアリスもルイスと似たような誓いを立てなくてはいけないが、それを全部省いて誓う所だけ誓った。
「アリス、これで僕はアリスのものだ。だから誰かに取られるなんて事はないよ。」
「アリスもルイスのものだね。」
アリスは笑った。もうアリスは心配そうではなかった。




