皇室事情 II
「それは本当ですか。」
「そうだ。お前の嫁ぎ先が決まった。」
母は興味なさそうにそう告げた。いつだって私は母の眼中には無い。母の眼中にあるのは皇帝である父だけ。
サファイア帝国第一皇女として生を受けた私、ミリスは今、嫁ぎ先が決まったと告げられた。現在17歳、皇女が行き遅れなど許されることでは無いからそろそろ嫁ぎ先が決まる頃だと覚悟はしていたがいざ決まったとなると目の前には絶望の二文字しかなかった。
家の権力でやや強引に第三皇妃の座に収まった母は父から一度たりとも寵愛を受けたことがなかった。母にとっては望んだ結婚だったが父にとっては典型的な政略結婚だったのだろう。そんな中で私が生まれたのは父の義務感の賜物だと言える。
妃達の中で一番に妊娠した母は周囲の期待以上に自分も男の子を生む事を期待していた。皇太子を産めば、陛下から寵愛が受けれると期待に胸を膨らませながら。しかし母の期待を裏切るように生まれたのはこの私、女の子だった。母に生まれた子が女の子だと告げた産婆に母は殴りかかった。そしてその後気絶した。
その後皇后も出産したが、生まれたのが女の子だったので母まだ可能性があると信じ今度は強引に事に運び、そしてまた妊娠した。父は母への興味は完全に無くし、たとえ男の子だったとしても皇太子にはしないとまで言っていたそうだ。
母の期待を裏切り、生まれたのはまたもや女の子。それが私の妹で第三皇女のポーラだ。
母は男の子を生むどころかこれ以上子供を産むのは無理だと諦め、私に男の子を強要した。髪が伸びて来たら切り、男の子の服を着せられ、皇子と同じ教育を受けさせられる。最初は召使い達も止めていたが、相手が皇妃とあって誰も強く言えず、結局私は4歳まで男の子として育てられた。
私が4歳の時、第二皇妃が出産。弟が出来てから母はもう本当に無理だと悟ったようだ。ほんの少しの間だったが物心つく頃の多感な時期を男の子として育てられた弊害からか、私には女の子らしさというものが著しく欠落していた。
お人形遊びより木登り、淑女教育より剣術という男らしい女の子になっていた。男らしい女の子なんて探せばいくらでもいる。しかし私の男らしさが母にとっては男の子を産めなかったに繋がるらしく私が男の子らしい発言や行動をすれば暴力を振るった。
長年の努力により女の子に溶け込めた私に母が暴力を振るうことは少なくなったが、それでも時々言葉使いだったり仕草だったりが男らしかったりする。
そんな時母は容赦なく暴力を振るう。もう暴力くらいで動じる私では無いがいくら慣れた所で私の痛覚は正常だ。痛いものは痛い。
私の嫁ぎ先が決まった事を伝え終わると母は部屋を出て行った。
「は……はは…。」
渇いた笑いが口からこぼれた。部屋の隅で存在感を消していたポーラが側に寄って来た。
「お姉様…。」
ポーラの目には涙が浮かんでいる。私が嫁ぐとポーラは1人になってしまう。それに私の嫁ぎ先が決まったとなれば次に嫁に出されるのはポーラだ。年齢順に行けば私の次は第二皇女なのだが…。第二皇女は例外だ。
第二皇女は父から寵愛を受けている。私からしてみれば羨ましい限りだ。母から愛情を受けれない以上、残る愛情を受ける先は父だ。皇帝である父に愛されるというのはどんな感じだろうか。愛情すら受けたことの無い私にとっては愛情そのものがわからないので想像の仕様がない。
大事に大事に蝶よ花よと育てられ、守られたその場所。同じ皇女だとしても雲泥の差。愛されるってどういう事だろう、愛するってどういう事だろう。
私は愛を知らない。だから愛を欲する事自体がなかった。けれど今、急に愛されている第二皇女が羨ましくなった。愛されているのだから嫁に行かなくてもいいのだから。
「ポーラ…。」
「はい、お姉様。」
ポーラはぎゅっと私を抱きしめた。きっとこれからのことがわかっているからだろう。私の嫁ぎ先は属国、多分ポーラの嫁ぎ先も属国、もう二度と会うことは出来ないだろう。
その時部屋のドアがノックされた。私達2人は母が戻って来たのかと身構える。しかし母の場合ノックなどしないと思い、肩の力を抜いた。
「どうぞ。」
「失礼いたします。」
入ってきた召使いであろう若い男に私もポーラも見覚えがなかった。
濃いめの灰色の髪と同じ色をした瞳、顔もそれなりに整っている。しかし皇宮内で生活していて一度も出会わなかった。
「誰?」
「第二皇女殿下の側仕え兼教育係のエイデンと申します。」
「第二皇女の側仕えが何の用かしら。」
「第二皇女殿下がお呼びでございます。」
「第三皇女のポーラはともかく、第一皇女である私を呼び出すなど…お前の主人は立場をわかっているのか。」
エイデンは軽く頭を下げた。
「私の主人は立場をわかっております。殿下は宮から出てないのです。仕方なく第一皇女殿下に来ていただくしかないのです。」
噂は聞いている。皇帝の命令で宮からの外出が出来ないのだと。ただそれも愛故だと思っていた。
「お姉様…行ってみましょう?」
ポーラが服の裾を掴む。
「まぁ…話を聞くくらいなら。」
「そうですか。ありがとうございます。」
エイデンは深く頭を下げた。
「ご案内いたします。」
エイデンに続いて部屋を出ると部屋の外にいた侍女と護衛が後ろからついて来た。ポーラは私の腕を掴んだままぴったりと隣にくっついた。
宮の外に出ると以外と他の宮が見える。皇家の子供は10歳くらいになると宮をもらえる。それまでは母親の宮で暮らすのだ。皇女宮の他に皇子宮もあるのだが、皇太子宮は他の宮とは比べ物にならないくらいに大きく豪華だ。母は他の宮に近づく事を禁止したから私もポーラもこんなにゆっくり見るのは初めてだ。学園に通っていた頃は休みも寮で過ごし皇宮に帰ることなんて行事の時以外無かった。
改めて自分達がどんな所に住んでいるのか思い知らされる。
「すみません、もう少しお急ぎいただけないでしょうか。」
立ち止まって宮を眺めていた私とポーラにエイデンが話しかける。そういえば第二皇女宮に行く途中だった。
「今行く。」
そう言って私とポーラは歩き出した。
第二皇女宮は他の宮がら少し離れた所に位置していた。中に入ると花の香りが鼻腔をくすぐり、そこら中に花が飾ってある事に気づく。
(花が好きなのか?)
何となくおっとりとしたふわふわした感じの人物像が浮かび上がる。
エイデンはある部屋の前で立ち止まった。そしてドアをノックしてこう言った。
「ラヴァリア様。第一皇女様と第三皇女様をお連れしました。」
あー、確か第ニ皇女の名前はラヴァリアだった気がする。ドアが開いて、私とポーラは覗き込むように部屋を見渡す。部屋の中心に置いてあるソファの上に鎮座していたのは鳶色の髪と菫色の少女。異母姉妹だが少しは似ているのかと思っていたがまぁ、似てなかった。私とポーラのあの憎い母親譲りのストロベリーブロンドの髪と深紅の瞳とは大違いだ。出来る事なら取り替えて欲しいくらい。
ラヴァリアは私達が入ってくるとソファから立ち上がってお辞儀をした。
「本来ならば私から向かわねばならない所をお越し頂きありがとうございます。ラヴァリア・サファイアと申します。はじめまして、ミリス様、ポーラ様。」
「ミリス・サファイアですわ。」
「ポーラ・サファイアです。」
私達もお辞儀する。
「今日呼んだのはお話があるからなのです。」
ラヴァリアは笑顔でそう言った。
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「最後にひとつ聞きたいことがあるのだけれど。」
私はラヴァリアに尋ねる。きっとラヴァリアが一番知っている。
「愛されるというのはどんな感じ?」
私はラヴァリアが羨ましい。
「あまり愛されすぎるというのもよくないですわ。」
ラヴァリアもまた、私達が羨ましかった。




