皇妃の悩み事
「今日は異国の菓子を取り寄せたの。」
「はい。とても美味しいです。皇后陛下。」
もはや恒例になりつつある皇后陛下とのお茶。私が皇宮入りしてから1日も欠かさずやって来る。
お姉様、お姉様と私を慕う姿は可愛いのだが噂に聞いていた人物と似ても似つかないのだ。別人みたいに違う。
嫉妬深く自分の気に入らない者を虐めて快楽を得ていると聞いていたのに、今目の前にいるのは私の為にお菓子を取り寄せてくれる優しい女の子だ。
「じゃあ今日はこの辺りで失礼しますね。楽しかったですわお姉様!」
幼い子供の様に大きく手を振る皇后陛下を見送ると、ドッと疲れが出てきた。
噂は決して真実と同じではない。私は噂というフィルターを通してしか彼女を見ていない。だから今も何か裏があるんじゃないかと疑っている。
「ハア、全く嫌になるわ。」
私はさっきまで目の前で皇后陛下を見ていたじゃない。噂の様な人ではない事は私が1番知っている。
「ねぇ、皇后陛下のことどう思う?」
私は近くにいた侍女に話しかけた。彼女は侍女の中で1番優秀で食事から風呂まで身の回りの世話は彼女が取り仕切ってくれている。
「皇妃殿下に優しいお方だと思います。」
「そうよね。確かにそうだわ。」
私も社交界にデビューしてからすぐ皇宮入りしたが彼女だってそうだ。同じ年の女の子が居なくて寂しい思いをしているはずだ。私は彼女を何も知ろうとしていなかったのね、と反省する。素直に彼女の優しさを受け取ろう。
(まずは好きなお茶…を知ることから始めましょう。)
******
毎日三食の食事にも、彼女が口にする物全てに薬を混ぜ始めて二週間。今の彼女の状態は極度に妊娠しにくい体だろう。
この二週間、陛下が彼女の元を訪れた情報はないし私の所に訪れたこともない。あの女がいるだけで気が休まることがない。
(なんで私がこんな思いをしなくてはならないの。)
「あっ。そうだわ。お父様を呼んでちょうだい!」
「畏まりました。」
しばらくしてお父様がやってきた。
「どうされましたか。皇后陛下。」
「お父様、あの女を殺したいわ。妊娠出来ない様にする薬から毒に変えましょう。」
「側室とはいえ死んだら騒ぎになります。」
「即効性のある毒じゃなくて、徐々に弱って殺す毒にすればいいわ。」
「殺したら、疑われます。世継ぎを生まさなければいいのだから殺すのは…。」
「殺したいわ!お父様がなんと言おうと殺さないと安心できない!あの女が生きている限り陛下があの女の所に行かないか心配で気が気でないのよ!」
「殺したのがバレなくてもまた新しい側室が迎えられます。」
「時間が開くわ。その間に私が世継ぎを産めばいい。」
「時間は開きません。もう、いつでも新しい側室が迎えられるよう皇室は準備している。」
「どういうこと。私が…皇后がいるのに⁈」
これは仕組まれていた?私が陛下と結婚する前から?早いとは思ったんだ。いや、もしかしたら婚約した時から皇室は…。
「側室を迎えることを発案したのは陛下だ。」
「え…嘘。」
私を皇后にするだけして肝心な世継ぎは側室から。側室を迎える準備をしているのなら相手は私以外の誰でもいい。
「なら…」
「?」
「なら、全員殺せばいいわ。お父様、お父様にはそれが出来るでしょう。お願い、私からのお願いですわ。」
この時トパーズ公爵は我が娘ながらその考えに震えた。彼女の目には狂気一色。
(これも私の娘であるが故なのか?あなたの思い通りになりましたよ私もエルリカも。父上。)
「わかりました。毒を準備しましょう。」
バレたら即死刑台送りになる。それも覚悟の上なのだろう。娘に甘い父親はやはりこの時も娘に甘かったのだ。
******
日が沈み夜になる頃第二皇妃宮に来客があった。部屋の外が妙に騒がしく、この時間にいつも読書をしている身からすれば迷惑だ。物語に集中出来ず外で騒いでいる召使いたちに注意しに行こうとソファから腰をあげる。
いったいどうしたのだろう。だいたいこの第二皇妃宮に騒ぐようなものはないだろう。部屋のドアを開けようとする前にドアは開いた。
「へっ陛下。」
そこに立っていたのは長年お慕いし続けたお方の姿があった。その冷たい眼差しは遠くから眺めるだけでも私の鼓動は高鳴った。今目の前に立っている。信じられなかった。
「陛下…。」
それしか言葉が出なかった。長年言葉を交わしたいと願っていたのにいざ目の前にすると、語彙力は消失した。
とりあえず、ずっと立たせるわけにはいかない。ソファに座っていただいて、お茶を淹れないと…。
「どうぞ、お入り下さい。」
「突然訪ねてすまない。」
「いえ、とんでもございません。」
柔らかいその声が部屋中を包み込むかのようだった。ふと陛下の顔を見ると微かに微笑んでいた。
(あの陛下が微笑んでいらっしゃる。氷のように冷たいお方が…。)
それが作り笑顔だと見れば一瞬で分かっただろうに、この時の私は舞い上がりすぎてそのことに気づかなかった。陛下が私に微笑んでいるという事実が嬉しすぎて目が潤んでいた。
(陛下とご一緒する日が来るなんて…。ずっと夢に見ていた。まさか本当に来るなんて。)
愚かにも私は陛下に愛されていると勘違いしてしまった。陛下にとって私は皇家の血を繋ぐだけの道具で愛情などの感情は一切入っていないというのに。
彼は皇帝だ。
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「陛下が第二皇妃宮に訪れました。」
「やめて…。聞きたくない…。」
思わず耳を両手で塞いだ。あの女が陛下と…。気持ち悪い吐きそうだ。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
体の内側が熱くなる。胃の中の残留物が口にまで上ってきた。
「ゔっ…オェェ。」
その場で吐き出してしまった。
「皇后陛下、大丈夫ですか!!」
侍女達が駆け寄る。大丈夫じゃないに決まっているだろう。怒ったり叫んだりする気すら起こらない。
少し気が落ち着くと、侍女からの報告の続きを聞いた。
「皇妃殿下がご懐妊いたしました。」
この情報はリアルタイムじゃない。多少のタイムラグがある。皇室がこの情報を本気で隠したら私が知るのは皇妃が出産した時だろう。
「嘘よ…。」
そう自分に言い聞かせるしかなかった。薬は?量が足りなかったの?だって毎日薬の入った食事とお茶とお菓子を食べさせたのよ。妊娠しにくい体になったのにそんな簡単に妊娠する?
(極度に妊娠しにくい体になっただけで妊娠出来ない体になったわけじゃない。その僅かな確率で妊娠した…。)
殺しに行こう。あの憎き女を…。お父様が用意してくれた毒を菓子に混ぜた。
(懐妊の祝いだと言ってこの毒入り菓子を食わせよう。)




