確執
「それを…どこで?」
やっと反応したのが嬉しかったのかエティエンヌはニンマリと笑う。その気味が悪い笑顔を両親に見せてやりたい。きっと両親が知っているエティエンヌとはかけ離れているだろうから失望してくれたらいいな…なんて。
「いや〜、意外と知っているもんだよ?」
そう言ってエティエンヌはいたずらを仕掛けた子供のようにケタケタと笑った。その笑い方が不快なので早くやめるように答えてやることにした。
「せっかくの婚約者同士の空間なんだ、わざわざ邪魔する気は無い。」
それだけ言うと本に視線を落とした。それで終わってくれたら良かったが、そんなことで引き下がる弟じゃ無いことはよく知っている。狡い奴なのだエティエンヌは。
「嘘つき、知ってるよ兄さん。僕は話したことないけど見たことくらいはあるんだ。」
それが誰だかすぐにわかった。
「ダイヤモンド愛嬢のことを兄さんが特別視してるのくらい周知の事実だよ。」
アリスは幼馴染だ、よく家を行き来していたからエティエンヌが知っていてもおかしくない。というか皇太子の婚約者として、ダイヤモンド公爵家の令嬢として、聖女として、彼女を知らない人を見つける方が大変だ。
「ただの幼馴染だよ。」
「幼馴染に向ける感情にしては親密過ぎない?」
エティエンヌはわかっていながらわざと遠回しな言い方をする。
「うるさいなぁ黙ってろ。」
珍しくアレンが声を荒げたので慣れない状況にエティエンヌは少々震えたが自身の好奇心を満たす事を最優先に生きているやつに怒鳴ったとしても怯むわけないと、怒鳴った後に気づいた。
エティエンヌと話していても奴がダメージを食らうことはない、甘やかされて育ってきたあいつの何処からそんな鋼メンタルがやって来るのかは知らないが自分にとって損しかないのだ。
パタンと本を閉じて本棚に戻す。そして部屋から出て行こうとした。もう十分に時間は潰したし。
「兄さんの意気地なし〜。」
出ていく間際にエティエンヌはそんな言葉を投げかけた。いや、誰でも意気地なしになるだろう。相手は皇太子の婚約者だ。そんなことしたら首をはねられかねない。たとえ親友であろうと宰相家の子息であろうと何が何でも首をはねるだろう。
それはエティエンヌもわかっているはずだ。甘やかされたとはいえ宰相家の人間、政治教育は勿論徹底的に詰め込まれたはずだ。詰め込まれたものが抜けていっていたのなら話は別だが。
アレンは舌打ちだけを残すと部屋から去っていった。
******
フローライト学園が誇る立派な庭園、ミーナは婚約者である第二皇子ケイジ様と共に散歩していた。婚約者同士の時間を作るようにお姉様が気を使ってくれたのだと思う。半分は自分も婚約者と過ごしたかっただけなのかもしれないが。
ただ2人は隣同士になって歩いているだけで会話はなかった。自分はお姉様のように明るくないので会話する術がない。それでもこの雰囲気を変えたくてケイジに話しかけた。
「あ…あのケイジ殿下。この学園はどういうところなのでしょうか。」
いずれ私も通う事になるので…と小声で付け足した。言い方からして無知をさらけ出してしまったが今は空気を和やかにする方が重要だ。
ケイジは少し黙ったままだったがそのあと話し始めた。
「前ダイヤモンド公爵夫妻が設立した貴族の学園。平民も通うことが出来る。他の貴族の学園は3年制に比べこの学園は2年制、早く社交界にデビュー出来る人材の育成に評価が高い。」
それは学園のパンフレットの紹介文そのままだった。
ケイジにはこの決められた文以外にどう説明していいのかわからなかった。チラッと生徒会室の方を見る。自分の従妹は今異母兄と過ごしているんだろうな…と考えてしまった。婚約者の目の前で。ケイジは自分を叱責した。いくらそこに恋愛感情が含まれていないとはいえ別の女性のことを考えるのは紳士的ではないと思うからだ。
意中の女性がいながら別の女性との結婚を決められているというのは案外残酷な事である。ケイジはアリスのことが好きだ。それを彼女に伝え、兄から断罪されたらどんなに楽だろうか。しかしそれをケイジは出来ない。皇子という常に責任が伴う立場にいるし、何より自分がそんなことをしたらアリスが悲しみ、困るだろう。それならばミーナには自分が愛されているのだと勘違いしてもらって自分もミーナを愛していると勘違いしていた方がいい。
元々アリスはケイジの婚約者になるはずだった。アリスの母フローラが妊娠し、それが女の子だったら第二皇子である自分との婚約が望ましかった。ダイヤモンド公爵家は権力があり、その娘を皇太子の婚約者にしてしまったら貴族勢力が傾いてしまう。ならば皇位継承の可能性が比較的低い皇太子以外の皇子に嫁がせるのがいいと、自分が最有力候補だった。
しかし神殿に神託が降りたことで自体は急転する。聖女が生まれると国全体が沸き立ったがまだその時にはアリスが聖女かどうかは分からなかった。
そして聖女が誰なのかわかる時が来た。フローラが出産、生まれた女の子の手の甲には神の印…三枚の大きな天使の羽がしっかりと刻まれていた。
皇太子の婚約者になるはずはなかったダイヤモンド公爵家の末娘は聖女であることから皇太子の婚約者となった。
つまり、兄に婚約者を奪われた。
「あ、あのケイジ殿下…説明ありがとうございます。」
代わりにあてがわれたのはアリスの妹。公爵家とはなんの血のつながりもないただの養女。従兄妹同士の近親婚は避けられた……と考えるだろうか。しかし近親婚なんて普通にあり得る。兄妹(姉弟)間でも親子間でも普通に近親婚はあるのだ。
(ミーナが本当にアリスと血が繋がっていたなら……。)
ミーナにアリスを重ね、本当に愛せただろうか。多分無理だっただろう。どんなにアリスを重ねてもミーナはアリスにはなれないのだから。




