お嬢様の所へ
私は馬車に揺られていた。お嬢様に会いに行くために。
没落したデンドリティックアゲート子爵は、多大な負債を返済する為にかなりの努力はしていたようだ。贅沢品の購入を一切辞め、生活用品も切り詰めていたみたいだ。多くの使用人達に解雇通知をしなくてはならずデンドリティックアゲート邸から沢山の職無しになった元使用人達が列を成して出て行ったという。
しかし、第一夫人と第二夫人そしてその子供達は一度覚えた贅沢を忘れられず、家の負債を増やすばかりだった。そんな中、第三夫人であるお嬢様だけが子爵の想いに寄り添い共に負債を返済する為に贅沢を辞めた。
貧困する生活、増える負債。子爵が壊れるのは早かった。その後は知っての通り屋敷に火をつけ一家心中。
お嬢様の命を奪ったのだ。
デンドリティックアゲート家からとんだ巻き添えを食らったトリフェーン家だったがラリマー侯爵家とスピネル侯爵家の支援により爵位を取り戻した後、お嬢様の遺骨の一部を手元に取り戻せたので屋敷の裏に墓を建てたのだ。
それで私もやっと墓参りが出来る。スピネル侯爵家の養子になった元使用人の私だが一気に身分が上がったからと言って薄情者になったわけではない。身分が上がって纏わりつく人は増えたが身分が下がっても優しく接してくれたのはお嬢様だけなのだ。
馬車はトリフェーン男爵家の屋敷の前に着いた。屋敷の中から私の元雇い主であるトリフェーン男爵と元同僚の使用人達が私を出迎えた。
「ようこそおいで下さいました、スピネル侯爵令嬢。」
「そんなにかしこまらないでください、男爵。皆も楽にしてください。」
中に入ってお茶でも…と誘われたが丁重にお断りしてお嬢様の墓に案内してもらえるよう頼んだ。
墓は小高い丘の上に建てられていた。墓石には『ヒルデガード・トリフェーン・デンドリティックアゲート此処に眠る。』と彫られていた。もう…お嬢様はこの冷たい石の下に眠ってしまったのか。冷たく、悲しい土の中に。
私は持って来た花束を墓石の前に添える。普通は死体ごと眠るはずの墓にはお嬢様の遺骨の一部しかない。死体の損傷が激しく骨しかこちらに戻せなかったそうだ。
「お嬢様、ただいま戻りました。エルリカです。」
私の声が虚空に響く。返事はなく、私の声ですら風で掻き消される。ポタッポタッと墓石の上に雨粒が垂れる。すぐにザァァァと言う音が鳴り始めた。私は傘もささずにずっと墓石の前に立っていた。
私の目から溢れる涙は雨で気づかれないだろう。
その後は素早く男爵に挨拶を済ませ馬車に乗り込んだ。随分と泣いたから目の腫れがひどい。鏡は見なかったものの水たまりに映る自分の目が酷く腫れていることはわかった。
もう何も感じないと思っていた。お嬢様の訃報を聞いた時にもう死を悲しむのは終わったと思っていた。悲しんだ所でお嬢様は帰ってこないのだから…と。しかし目の前にしてみれば悲しさが蘇りもう悲しむのは終わったなどと考えた私の愚かに見えてくる。
きっとこの悲しみは一生背負っていかないといけない。時が経ち薄れこそすれ、悲しみが完全に消えることはない。これが笑い話になる日なんて一生来ないのだ。深い谷底に落とされ、一生もがき苦しみ悲しむ。これが人の死なのだ。
それでも…生きている私は生きなきゃいけない。お嬢様の分まで生きなくてはいけない。生きているのはとても辛い、死んでしまった方が楽なんじゃないかと思う時は多々ある。死んだらその先は何もなくて生きていくにはその先がある。生きていくのってとても怖い。
(死んだら何も残らない。死んだら…その先には何も無い。)
何も…無い?……ギィィィィィンと耳鳴りが聞こえ、そのすぐ後に割れるような頭痛が私を襲った。他にも吐き気、目眩などなど不調を全部詰めてやって来たかのような身体中の痛みに思わず私は馬車の座席から転げ落ちた。これはステファニーの時にも起きた警鐘のようなものだった。
「な…んで今……。」
様々な記憶が頭の中を駆け巡る。まるで走馬灯のようだった。それで私はこれから死んでしまうのかと錯覚してしまう。
こんな記憶は知らない。これは……私が見ている夢だった。最近はあまり見なくなった夢だが、その情景が断片的にだが映し出されている。
その断片の1つ、綺麗なドレスに身を包んだ黒髪ロングの髪を縦ロールにしている女性がこちらに話しかけてきた。
「皇后陛下?」
今まで夢の中の住人は動きこそすれ喋りかけるなんてことはなかった。私は瞬きしてもう一度確認する。うん…夢だ。その女性はどこか見覚えがあった。それは夢の中で会っているからか現実に会っているからか…。否、両方だった。
「ステファニー?」
え?だって貴女国外追放されて…。あれ、私夢の中で喋れてる。これってまさか明晰夢?
どちらも疑問形で話しているので話しが噛み合わない。
「はい、ステファニーです。皇后陛下。」
「皇后陛下……って私の事?」
いやいや、そんなはず無い。現皇帝のイーサン陛下の皇后はヘスティア様で既に亡くなっている。今は第三皇妃のアグリジア様が実質的な皇后だ。
「はい、皇后陛下は皇后陛下です。」
その時ステファニーの顔がぐにゃりと歪んだ。表情が歪んだのではなく言葉通り顔が歪んだのだ。その歪みはだんだんと広がりそして視界は暗転した。夢でこんな事あるのかー、と思っていると視界は段々と光を取り戻していった。光が完全に戻るとそこは現実……ではなくまだ夢の続きのようだった。
長い机の周りに大臣の様な格好をした人達が集まっていた。その中の一人が私に向かって声を荒げる。
「皇后陛下!!」
だから、その皇后陛下っての何!?と聞こうとしたが体が動かない。今回は明晰夢じゃなかった。




