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悪女物語  作者: ひめりんご
悪女物語
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女王様、口を開く

「何よ。私を鞭で打てばよかったじゃない。」


うずくまっていたアマンダが顔を上げて言った。その顔には痣だらけだった。


「いや…貴女に対する報復なら貴女の取り巻きが済ませてるじゃない。」


アマンダは惨めにも泣きそうな顔を押さえた。


「あっそ……。」


そう言ってアマンダは立ち上がろうとするが足を押さえてまたその場にうずくまった。きっと取り巻き達にされた暴力の痕が痛むのだろう。同情はしないが。


「ねぇ。なんで私を虐めたの?」


「あんたの事が気に入らなかっただけよ。ただ……それだけ。」


呆れた…。でも虐めの理由って大体そんなものか。


「女王様気取りしていたのは何故?」


これはちょっと嫌味っぽく言う。私は英雄気取り…とか勝手に決めつけられたし。


「……私は、相応しい身分にならないといけなかった。」


少しの沈黙の後にアマンダはポツリポツリと喋り出した。



******



私が10歳になった頃父の商会の仕事の手伝いをさせてもらっていた。普段はなかなか手伝わせてくれないので私は嬉しかった。

仕事内容は皇宮の敷地内にある離宮に食材を運ぶ仕事だった。離宮は普段から人は生活しておらずここに食材を運ぶなんて変だと思った。


でもその疑問はすぐに解ることとなった。まだその頃は皇宮の情勢なんて知らなかったがのちに聞いた話、皇后ヘスティア陛下と第二皇妃レティーシア殿下が連続して亡くなりその殺害容疑がかかった第七皇妃マーシバ殿下とその息子である3人の皇子が幽閉されていたのだ。

マーシバ皇妃は妃達の中で1番多く出産した方で、しかも全て皇子を産むという快挙を成し遂げた方なのだ。そんな方に皇帝の寵愛が向くのは当たり前だろうと皆が思っていた。そんな期待とは裏腹にマーシバ皇妃に寵愛が向くことは無かった。

マーシバ皇妃は出産を重ねるごとにその体型がふくよかになっていった。容姿的に美しくなくなったマーシバ皇妃を皇帝は段々と興味を示さないようになった。3人の皇子を産んだとはいえその皇子達の中に皇太子はいない。興味が薄れていくのは仕方のない事だと思われた。何か皇子達に秀でたものがあれば良かったが皇太子が天才すぎて、たとえ皇子達が優秀でも皇太子と並べば霞んでしまった。


調理場に食材を届けた後まだ父達は仕事が残っていたようで乗ってきた馬車に戻っても大人達は居なかった。仕方なく、離宮を散策することにしてブラブラ歩いていると小さな中庭に1人の少年がいることに気づいた。金髪碧眼のまだあどけなさが残る少年、少し離れて見ても私より身長は高そうだ。


(あの人が……皇子様?)


あのくらいの歳…というと、該当する皇子は1人だけ。マーシバ皇妃の長男で第三皇子イラス・サファイア。他の皇子はまだ幼児だと聞く。

バッと皇子と目が合う。急いで目を逸らしたが気づかれた。逃げる前に声をかけられる。


「ねぇ、君!」


「はいっ。」


(ここで逃げたら…不敬罪。ここで逃げたら…不敬罪。)


なんでその時『不敬罪』という言葉を知っていたのかは疑問だが、逆らったらただじゃ済まないという事はわかった。まだ私の首と体は仲良くしていたい。


「ずっと一人で暇だったんだ、一緒に遊んでよ!」


「はい……私でよろしければ。」


この少年が皇子だと確信した私はオドオドしながら皇子の元へと近づいた。そのオドオドした姿は最高に滑稽だっただろう。第三皇子は実際は私より3歳年下だったのだが、今は年上年下など身分の前では関係ないのだ。平民の老人は皇家の赤子にひれ伏さなくてはならない。

ガチガチに緊張した状態でイラス皇子とボール遊びをする。彼は壁相手は退屈してきたところだったそうだ。


私達が仲良くなるのにそんなに時間はかからなかった。イラスの皇子様らしからぬ砕けた口調が私の緊張をほぐしていった。週に一回食材運びの仕事の後にイラス皇子と遊ぶ。それはやがてパターン化していき、その状態が半年続いた。その時には私はイラス様と呼びイラスは私をアマンダと呼ぶ仲になっていた。友人というよりは恋人に近い感じで子供じみた結婚の口約束もしていた。

その約束をしてからすぐにもう離宮に食材を運ぶ仕事は無くなった。マーシバ皇妃の疑いが晴れ、無事に後宮内の第七皇妃宮に戻ることができたのだ。しかし、そんな事は幼い私には関係なかった。イラス様にもう会えない、せっかく芽生えてきた友情と恋心が同時に踏み潰されてしまったようだった。その日は一晩中泣き明かした。


それでもあの約束だけが心の支えだった。イラス様は必ず約束を守ってくれる、そう信じていた。平民が皇室に嫁いだ事例がない事と皇太子以外の皇子は自国の貴族との繋がりを強固にする為に婿入りさせるか、属国との関係を良好にする為に他国に婿入りさせるかの二択しかない事を知るまでは。



******



「それでも諦めきれなかった。彼に相応しい身分になりたかった。」


「それで威張り散らすのは違うんじゃない?」


アマンダは正論に反論ができなかった為少し俯いた。


「途中から薄々気づいたのよ。でもその時にはもう引き返せなかった。」


友だ…取り巻きもいたし…。とアマンダは小声で付け足した。


「ごめんなさい。私が悪かったわ、退学でも何でもする。だからチャロアイト商会を潰すのだけはやめて。」


「え?潰す?私が?」


いや、そんな事できる訳ないだろう。帝都一の大商会を潰すだけの権力は持ち合わせていない。

アマンダは私が戸惑っていることに疑問を抱きながらもことの詳細を教えてくれた。


「だって…あんたはスピネル侯爵家の養子になるって。だから他のみんなも上級貴族になったあんたに媚び売ってるのよ。今朝スピネル侯爵が私を脅してきたもの、このまま行くとチャロアイト商会を潰すって。」


「え?」


「え?」


私とアマンダの『え?』が、廊下に響いた。


「何か、話が進んでるけど私スピネル侯爵の養子なの?」


「知らないわよ、あんたの事情でしょ。私が知るわけないじゃない。」


どうしよう…勝手に話が進んでる。私は戻らなきゃいけない、トリフェーン家に。そりゃあ侯爵家の養子になり侯爵令嬢になれるのは素敵な誘いだが、お父様の復讐を果たした後さっさと表舞台からトンズラしたい私にとって侯爵家の養子になるということは半永久的にずっと表舞台にいなくてはいけないのだ。それに今養子に迎えられたからといってスピネル侯爵家の血を引かない私はよっぽどのことがない限りスピネル侯爵の後継者にはなれないし、やがて妻が迎えられ実の子が生まれるだろう。そしたら妻や子供にとって私は邪魔な存在だから虐められるに決まってる。虐めるのも虐められるのも、もう懲り懲りなのだ私は。


「私、そのお話断りに行かなきゃ!」


どこにいるかも分からないスピネル侯爵に養子の話を断りに行かなくては。その衝動に突き動かされて私は走り出していた。


「あんた、馬鹿なの⁈こんないい話蹴るとか信じられない!」


アマンダが叫んでいるがその声も次第に小さくなっていった。アマンダが声を小さくしたのではなく、私がアマンダから離れたからだ。

今朝平民クラスにスピネル侯爵が来たのならまだ学園内にいる可能性が高い。

私は仮校舎を抜けて外に出たが、それに気づいた生徒達がここぞとばかりに私へと集まって媚を売りに来る。さっきの廊下での出来事を見ても自分は同じ間違いを踏まないと慢心しているのだろうか。平民である彼らは貴族に返り咲いた私にどれだけの利用価値を見いだしているのだろう、媚びを売ったところで私がそんなお世辞を真に受ける馬鹿だと思われているのか。


「もうっ!退きなさいよ!」


私に集まってくる生徒達を押しのけて叫ぶ。周りにいた人達はビクッと体を震わせて道を開けた。開いた道を走って森を抜ける。

やっと森を抜けたかと思うとそこには思いがけない人物が立っていた。


「そこで何をしているんですか。」


「あら、エルリカさん。」


そう言って眼鏡をクイっと上げたのは生徒の事なんてほったらかし、煙草を吸っているはずの女教師がいた。

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