皇后の考え事
「それは、本当なの⁈」
その報告を侍女から聞いた時、嘘だと思った。血の気が引いていくのが分かる。
「陛下が、側室を迎える?」
その情報が入ってきたのは側室を迎える当日だった。防ぎようがない。そして同時に世継ぎを側室に産ませる予定だということが分かった。
私はお飾りの皇后というわけだ。確かに妙だとは思った。婚姻が終わったというのに部屋に来てくれたことも会ったこともない。最後に会ったのはあの即位式の時だった。
「その…側室に迎えられる女は誰。」
「オキニス伯爵家のご令嬢だそうです。」
抑揚のない声だ。侍女が怯えているのが分かる。私は今どんな顔をしているの。鏡が無くて分からないが、見ない方がいいかもしれない。きっと酷い顔だろうから。
「伯爵家の娘に公爵家の娘の私が負けるの?」
「いえ、決してそのようなことは…。」
「フフフ…。」
口の端から笑いが漏れる。侍女達は私がおかしくなったに違いないと思うだろう。あぁ、今凄く不快なのに、どうしても口の端が釣り上がる。手で口元を覆うが口はつり上がったままだ。
(どうやってその女を痛ぶってやろう。どうやったらその女を消せる?お父様に相談ね。)
「お父様に手紙を書くわ。準備して。」
「畏まりました。」
皇宮入りしてからも、虐めは健在だが今回だけは侍女を虐めている余裕はなかった。
私というものがありながら側室?陛下は正気なの。世継ぎは正室である、皇后が産むもの。側室が産む場合は皇后が妊娠できない体か、女児しか産まなかった時だ。
私は妊娠出来ない体な訳ないし、まだ1人も産んでない。事が進むのが早すぎるのではないだろうか。
(誰かが、私を陥れようとしている?)
その考えは真っ先に浮かんで来た。私と陛下の結婚は婚約が決まった時から、一定数の反対者はいた。そいつらが動いたのだろうか。オキニス伯爵家とは別の派閥。
こちらには公に出ている情報しかない。貴族には数多くの派閥があり、各公爵家を頂点とする派閥がある。唯一派閥がない公爵家は宰相家だけだ。
(もし、側室のオキニス伯爵令嬢が世継ぎを産んだら確実にオキニス伯爵令嬢を皇后にしようとする輩が現れる。)
なら、やることはひとつ。何が何でも私が世継ぎを産む。
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「皇后陛下、ただ今参りました。」
「お父様、随分早く来てくれたのね!助かるわ。」
早馬で便りを出して暫くするとお父様は皇宮にすっ飛んできてくれた。
「お父様、側室が今日の午後に迎え入れられるのをご存知ですか。」
「勿論。急な発表だった。ギリギリまで他の貴族には知らされてなかった。」
「陛下は側室に世継ぎを産ませるそうですわ。」
「何?それは知らなかった。皇后陛下がおられるのに。」
「はい、ここからは皇后としてではなく娘としての相談です。」
「何でも言いなさい。」
「婚儀が済んでから間もないですが、陛下は一度も私の所に来ないのです。」
「確かに通例では婚儀が終わったその夜に訪れるはずです。婚姻が済む前に行うこともあるが。」
「お父様、どうしましょう。側室が寵愛なんて受けたら私どうしたらいいでしょう。」
彼に私以外の妻が出来ることが許せない。一夫多妻制の世の中だからといって独占欲がないわけじゃない。愛する人を誰かと共有する事は辛い事だ。
「今更、皇宮入りを阻止はできないが妊娠を阻止出来る。」
「どういうことですの?」
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「お気遣いありがとうございます、皇后陛下。」
オキニス伯爵家の令嬢、ステファニー・オキニスは皇宮入り早々に皇后のお茶に招かれていた。ステファニーは側室、皇妃として皇宮入りを果たした。皇妃は皇后を指す言葉でもあるので正式には第二皇妃として。
「私達は同じく皇宮入りをした身。姉妹同然だもの。仲良くしましょう。」
皇后エルリカは14歳、ステファニーは15歳。年齢は上にしても家格から妃の位まで全てが下。
「そうだ!私、兄弟がおりませんの。私達は姉妹同然なのだからお姉様と呼ばせていただいてもよろしいかしら?」
そう言ってエルリカは微笑む。
「勿論。光栄でございます。」
エルリカ・トパーズ。悪い噂が絶えないこの人が素直に私を姉と慕うだろうか。その笑顔が怖い。
「それにしても、お姉様全然お茶や菓子に手をつけていらっしゃらないわね。もしかしてお口に合いませんでしたか?」
緊張のあまり、何も口にしていなかった。
「そんな事はありません。美味しいです。」
私は慌ててお茶を飲む。皇后に嫌われでもしたら皇宮では生きていけない。皇帝陛下からの寵愛でもあれば別だが、あの方に限ってそれはないだろう。私は隠れながらずっとお慕いしてきたのだから。婚約者が決まろうとも諦めきれず、ずっと。公爵家と伯爵家では勝ち目がない。これほどまでに家格を恨んだ事はなかった。
それでも今回、側室として皇宮入りをした。側室でもいい愛されなくてもいい、あの方のお側にいれるだけで本望だ。
私がお茶を飲み、菓子をつまむ様子を見ると皇后は安心したように笑った。こうして見ると、14歳の少女だ。悪い噂さえなければこんな可愛い子に姉と慕って貰えるのは嬉しい限りだ。皇后の後ろに控えている侍女達の笑顔が少し引きつっているように見えた。
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「お茶や菓子に妊娠出来ないように薬を混ぜる。一回ではあまり効果が無いかもしれないから何度も繰り返しなさい。」
「しかし、そう何度もお茶に誘うのは不自然じゃありません?」
「仲良くなれば一日一回は不自然じゃないでしょう。それに食事にも混ぜればいい。」
「なるほど。しかし皇后の権限でも皇室の食事には口出し出来るか怪しい所ですわ。しかも、自分の食事ではなく側室の。」
「側室の侍女に私の息がかかったものを潜ませましょう。」
「そうね。お父様の息がかかった者がいれば安心だわ。食事に薬を混ぜ込むのは容易でしょう。薬は毒じゃないし、毒味に引っかかることもないわ。」
後は私が側室の女と仲良くなるだけ。そうだ、相手は年上だしお姉様と慕ってみるのもありだわ。