救世主
目が覚めた所はラリマー侯爵邸ではなく学園付属の病院だった。すっかり病院の常連となった私を看護婦が呆れ顔で見ている。
「貴女どうしたの?こんな傷だらけで。」
看護婦は私の包帯を変えながら水を含ませたタオルで体を拭く。傷口から水が染みてピリピリと痛かった。
「女王様の怒りを買いまして……。」
「はぁ?」
と、また看護婦は呆れたような声を出した。この国は帝国であるから女王がいるわけ無い。それに現皇帝は男だし、今この国に何処かの王族が訪問しているわけでも無い。
「侯爵にお礼を言っておくのよ。」
看護婦はため息混じりに言う。確かに平民の生徒が侯爵様のお手を煩わせてしまったからため息をつくのも頷ける。ガブリエルにお礼を言わなきゃね。にしてもガブリエルなら学園の病院じゃなくてラリマー侯爵邸に運んでくれたらよかったのに。
それでも…医療設備の整った病院に運んでくれたことでガブリエルの優しさが垣間見えた気がした。…以前の清らかな関係に戻ることはないが。
「侯爵様、目覚めましたよ。」
看護婦が廊下の方に呼びかける。しかし入ってきたのはガブリエルではなかった。黒い服を着た、赤髪…いや濃いピンク色の髪に黒い瞳の男性…随分と若い。
「はじめまして、エルリカ。私はジョージ・スピネル。突然で悪いが君を養子に迎えたいと思っている。」
入ってきたのがガブリエルでは無かったことですでに驚いているのに……養子⁈私を養子に…?
私の脳内が疑問符で埋め尽くされるのに時間はかからなかった。
貴族社会で養子を取ることは別に珍しいことじゃない。子宝に恵まれなかった貴族家が後継のため分家から養子を迎えることはよくある。少し前の時代なら女子だけしかいない貴族家に分家から男子を養子を迎える事例がよくあったが今は女子でも爵位を継げるようになり血筋を重視し、直系の血であれば男も女も関係なくなってきている。
スピネル侯爵家に後継どころか妻すらいない…っていうかまだまだスピネル侯爵は若いから全然大丈夫でしょ。それに私の血筋がスピネル侯爵家の親戚筋には全然当たらない。他人だ。
「な……何故閣下のようなお方が私を養子に迎え入れてくれるのでしょうか。」
看護婦も話している内容が重大な事だと気付いたのかオロオロとしはじめた。
「詳しい話はまた今度しよう。ああ…後、女王様の件は私がなんとかしておくからいつも通り通学するように。」
そう言うとスピネル侯爵は病室から出て行った。
(女王様の件……?)
なんで知ってるの…?いや、スピネル侯爵は知らないはずだからアマンダの事じゃない。きっと何か他の隠語みたいなものだ。頭をフル回転してスピネル侯爵の言葉の真意を考えるが、特に結びつきそうなものはなかった。
ベッドから降りようとすると身体中に無数にある傷口がピシピシと痛みを発しそこに傷があると言う事を教える。
「う……あ……。」
傷口を押さえるが全身に手は回らない。押さえきれてない傷口がピシピシと痛む。
「ちょっと!まだ安静にしてなさい。」
看護婦が駆け寄り私を無理矢理ベッドに押し込む。そして病室からの外出を一切禁じられた。
******
翌朝、私は包帯でぐるぐる巻きの状態で寮の部屋に戻った。私がそんな姿で寮を歩くから上級貴族クラスまでもアマンダが私を鞭打ちした事が知れ渡っていた。
寮の部屋には昨日持って出たはずの荷物がきちんと戻されていた。
最初は荷物が戻っている事に恐怖を感じ心霊現象かと疑ったがスピネル侯爵が怪しいと感じ、たとえスピネル侯爵関係の人が荷物を戻したわけじゃなくとももう、スピネル侯爵が戻してくれたことにしようと自分に言い聞かせた。
包帯だらけの姿で平民クラスの仮校舎に通学する。今日はいつもと違い、校舎の外に平民クラスの生徒ほぼ全員が私を出迎えに出ていた。
「エルリカ様、おはようございます!」
唐突な様付け呼びに違和感を覚える。でもこれは昨日私を見て見ぬ振りをした罪悪感から来ているものだと思っていた。だが、妙に皆媚びへつらっている感じがする。罪悪感で尽くすのも分からなくはないがこうはならないと思う。
校舎の中に入ってすぐの廊下で小さな人混みが出来ていた。よく見ると人ごみに立っている人物達はアマンダの取り巻き達だった。
「エルリカ様!アマンダに貴女と同じ仕打ちをしてやりました!」
誇らしげに言う取り巻きを押しのけて人ごみだった中心を見る。そこにはボロボロになったアマンダがうずくまっていた。
「さぁ、エルリカ様。」
そう言ってアマンダの取り巻きの1人が私に鞭を渡す。これでアマンダに報復しろという意味だろう。
怒りが湧いた。アマンダに対して……ではなく、媚びへつらう対象を簡単に変え手のひらを返す取り巻き達に対してだ。
「何してるの⁈」
そう叫んで私は渡された鞭を床に叩き落とした。鞭のパァンという音が廊下に響く。物凄い剣幕で怒った私をみて周りの人達が青ざめていくのがわかる。
「え…でも…だって……。」
私に鞭を渡してきたアマンダの取り巻きがもごもごと言い訳をしようとしているが私の気迫に押されて言葉にならないようだった。そんなに気迫というか…圧はかけてないんだけど…。
「私は貴女達を軽蔑するわ!」
確かに私についた傷の恨みは重いが、今はアマンダへの怒りよりアマンダの取り巻き達への怒りが強かった。取り巻き達は何故急に自分達が軽蔑されたのかが分からずオロオロし始めた後結局は逃走することを選んだようだ。アマンダを囲っていた取り巻き達や他の生徒は次第に居なくなり廊下には私とアマンダが残った。
「大丈夫?」
アマンダに声をかける。そこで自分が『いじめられていたのにいじめっ子を助けるいい人』になっていることに気づき、そんな自分に吐き気がした。私がこの世で最も嫌う…アリスが演じている…偽善者になっていることに気づいたのだ。




