捨てる
ガブリエルは己の絶望と対峙していた。それは1番ガブリエルが恐れたこと、まだ随分と先だと思っていたこと。
「今……なんと。」
聞きたくなかった…でも聞かなきゃいけない。嘘だと行って欲しかった。エルリカ…彼女がこんなタチの悪い冗談を言う人ではないと知っていたが、冗談よと軽く笑ってくれればどんなに良かったか。結局女神様が自分の隣にいるならどんな嘘で傷つけられようともガブリエルはまたエルリカの為に頑張れるのだ。
「私はトリフェーン家に戻る。もう退学の手続きも済ませた。」
それは…エルリカのお父様の復讐を諦めるということ。ガブリエルの利用価値がなくなったということ?側に居られるなら利用され捨てられるとしても喜んで受け入れた。そう思ったはずなのに固く決意した筈のそれは目の前にすると簡単に崩れ落ちてしまう。
私は反対だ、没落した家の再興の手伝いなんて…苦労するのは目に見えてる。私は…もう令嬢じゃない、侯爵という権力を持っている。それを使わずしていつ使うのだ。
「私はっ……。」
その続きが出てこない。私は反対です!そう言いたいのに…逆らったら捨てられる…けどこのままでも捨てられる。そんな思いを察したのかエルリカはこんなことを言った。
「大丈夫よ。」
何が……大丈夫だ…。そう思った。捨てられる私にとって大丈夫ではない。
「諦めたわけじゃないから。」
その言葉でガブリエルがどれだけ救われたか。その言葉は一筋の光と言っても過言では無かった。ガブリエルさんまだ必要とされる、まだ捨てられない。
「まだ……調査を続けて。」
「はい。」
その返事は震えていた。涙で震えていた。
「私も…侯爵の権力を使いトリフェーン家を支援いたします。」
きっとこの為に私は父からその座を奪ったのだ。
******
次の日私はいつも通り平民クラスに通学した。教室に入るとアマンダからの罵声が浴びせられる。
「あーーら!あんなに自慢してた貴族様…潰れちゃったわねーーーー!!」
取り巻き達と甲高い声で笑う。貴族、平民関係なくこういった人種は一定数存在しているみたいだ。ほぼ確実に取り巻き達と共に生息している。
流石にこんなことを言われて笑って躱すほどの社交スキルは私には身についていなかった。貴族同士なら笑って躱すだろうが平民にそんなことは求められない。私も社交スキルは幼い頃に習った気がするけど今は関係ないわ、だって平民だもの〜。ここで暴力に訴えても教師はいないし、お咎めなしよね。……でも私は腕っ節には自信ないのよね…。ここで乱闘になったら数の利があちらにあるので私が不利だ。
まぁ、大商会の娘だし暴力を振るうことが無いことを祈るしかない。
……しかし、アマンダの手に握られているのは最も暴力に近く平和からかけ離れた物。
(私は平和的解決を願っているのに!)
鞭…馬用の鞭だ。幼い頃にはよく下働きの奴隷達に鞭を振るっては私に従順になる様を見て楽しんでいた。その行為が私の権力を下の者に知らしめる唯一の方法だと思っていたからだ。
アマンダの鞭が私の腕にバシンッと音を立てて当たる。鞭に打たれた部分が熱を帯びてピリピリと痛む。
アマンダは叫ばない私を見て面白くないのか、間髪入れずに次の攻撃を入れた。
私は絶対に叫んだり倒れたりしてなるものかと足に力を入れた。ここで痛い!とか、辞めて!と叫んで懇願でもしたら私が幼い頃に虐めた下働き達に顔向けできない。
何度も何度も鞭を打ち込まれ服には血が滲んでいた。叫び出したいほど痛かったが歯を食いしばって耐えた。私がどんどん血塗れになって行くと取り巻き達も流石に心配し出して、もう辞めたほうがいいんじゃないかとアマンダに言うがアマンダはそんな声には耳を貸さなかった。
アマンダは鞭を振るうのは初めてなのだろうか、長年鞭を振るい続けてきた私から見ればでたらめに振り回しているだけに見える。しかし当たると当然ながら痛いがやはり素人だからプロが振るうよりは痛くないだろう。
身体中から血が滲んで所々からは血が滴っていた。その痛々しい姿にクラスの大半の生徒は目も当てられず私から目を逸らした。私の見た目が痛々しいのもあるだろうが、クラスの人達は私と目が合って助けを求められることを恐れたのだろう。
助けたら自分が標的になってしまうかもしれないし、目が合ったら見捨てるのに良心が痛むからだろう。私は助けを求めるなんてことする予定はないが。
アマンダは私に貴族家の後ろ盾がないとわかると私を馬鹿にし、鞭で傷つけた。だが、残念。私にはまだラリマー侯爵という手札をまだ持っている。表立って私を庇うことはできないが、裏から手を回すくらいはできる。
(今は…耐える時。)
私は表情を崩さずアマンダを見つめる。顔一つ歪めない私に恐怖を感じたのか、青ざめながらブンブンと鞭を振り回す。そして振り回し疲れたのか
「これくらいでいいでしょう。」
と、1人満足し取り巻き達と共に去っていった。教室から女王が居なくなるとそれまで傍観に徹していたクラスの人達が私に駆け寄った。
「大丈夫?凄い傷だわ。」
「オイッ!誰か手当を!」
様々な人の声が入り混じる。私は痛みで感覚がない体で立ち上がると絞り出すような声で
「大丈夫。」
とだけ答えた。そのまま私は傷口を抑えながら教室を後にした。手当をしようと何人かの生徒が近づいてくるが私はそれを断り、早く寮に帰りたい一心で森を突き進んだ。いつもなら少し汗ばむくらいの距離だが今日は物凄く長い道のりに感じられた。
壁にもたれながら部屋にたどり着くとまだ学園を出て行くまで期限は残っているが荷物を持って出て行く事にした。
(早く……ガブリエルの所へ行こう。そして治療を……。)
こんなことでガブリエルに頼らなくてはならなくなるなんて。しかしラリマー侯爵邸まで私の体力は持たなかった。裏門の近くまで来た時倒れ込んでしまう。裏門の前に馬車が停めてあるのが見えた。
(ああ。ラリマー侯爵家の馬車だ。)
ラリマー侯爵家の者が私に気づいてくれるだろう。その証拠に誰かが近づいてきた。私は安心して地に身を委ねた。硬い地面の上に柔らかい肉体が落ちたので下になった体の側面は身体の重さに押され、地面に押し付けられる。そのことで傷口が痛み出した。しかしもう、意識は消える。意識が無い間は痛みを感じなくて済む。そして私は意識を手放した。
知らなかった…停まっていたのはラリマー侯爵家の馬車ではなく、近づいてきたのは真っ黒な服を着た男だという事に。




