別れの決断
ひとしきり泣いた後私は立ち上がった。カオルは私の復帰の早さに少し驚いたようだった。カオルは心配そうにこちらを見たが、私は大丈夫だと言ってカオルを落ち着かせた。さっきと立場が逆になってしまったと思う。カオルは私を落ち着かせようと背中をさすってくれていたが私の復帰が早いがために心配していてくれたのだから。
「私、トリフェーン家に戻ろうと思うわ。」
もう男爵家とは言わない。ただのトリフェーン家だ。仕えていたのはお嬢様だけど雇ってくれていたのはトリフェーン家だ。それに私が学園に通う為の学費を出してもらっていたのだからその分を返すためにも戻らなくては。そしてトリフェーン家再興の為に尽力しよう。学費が滞納されていた理由もこれだろう、公になる前に当事者達は多大な負債の存在を知っていただろうから。
「退学届を出して来る。」
私がそう言うとカオルは頷いた。何か言いたそうにしていたが話さないという事は緊急性はない話だろう。
退学届はまず、生徒会に申請してそのあとに学園長からの許可をもらう。生徒1人が辞めるのも色んなところから許可が必要だ。しかし今は生徒会は時期外れに忙しい。ステファニーが追放され、私も生徒会を追放され平民クラスに落ちた。その前にガブリエルも辞めているし……。例年にない怒涛の辞任ラッシュで教師達は混乱しているらしい。その原因に私も入ってるから申し訳なさでいっぱいだ。生徒会の空いた二席は生徒会メンバーにとり入ろうとする下心丸見えの者達が奪い合っている。その為生徒会は空いた二席は適任者無しとして誰も在籍させていない。今の生徒会の期間が終わるまでは誰も生徒会入りはさせないのだそう。つまり、今年で卒業するルイスとアレンと同じ生徒会にはもう誰も入れないのだ。
(あの3人なら普通に生徒会を回せそうよね。)
そう思いながら生徒会室の前に来た。しかしすんなりと入れるわけなかった。生徒会入りはさせない、と発表されているのにわずかな希望を抱いて生徒会入りしたい追っかけの令嬢達が生徒会室前に押し寄せていた。
私が入ろうとすると追っかけ令嬢達が黙っては居なかった。
「ちょっと!貴女は生徒会役員じゃないでしょうっ!」
甲高い声で叫ばれ耳が痛くなる。多分ルイス達に聞かれてもいいように作った甘い声で私に話しかけているのだろう。私は生徒会役員じゃないが、それは追っかけ令嬢達も同じだ。というか私は正当な理由がある、ルイス達を一目見たいとか…あわよくば生徒会入りとかではなく。私に注目が集まり追っかけ令嬢達が私に詰め寄る。様々な香水の匂いが混じり私の鼻に届く時にはとんでもない悪臭になっていた。匂いのきつい香水じゃなければこうはならないのに。
「私には正当な理由があります。」
「何よ!」
退学とか…おおっぴらにすることじゃないんだけどなぁ。
「退学届をもらいに来たんです。」
一瞬シーンと静まり返った。しかしその静寂は目の前にいる香水のキツイ匂いの追っかけ令嬢の下品な笑い声で破られる。
「アッハッハ!貴女ァ〜確か、没落して貴族で無くなった男爵家のメイドでしょう?しかも自分の主人は借金抱えて心中したんでしょう〜。」
お嬢様の借金じゃない……子爵の借金だ。色々反論したいが、その前に生徒会室のドアが開いた。多分うるさかったのだろう。ドアが開いた事できゃー!と喜んでいた令嬢達だったが顔をのぞかせたのがアリスだったのであからさまにがっかりした声を出していた。
「入るの?」
「えっ……あ、はい。」
令嬢達がいるからだろうか、アリスの声はいつも通りの優しい声色だった。あの舞台裏の件から会っていなかった為まだあの本性を現したアリスが脳裏に焼き付いている。今の通常であるはずのアリスに慣れない。
「今、ルー達居ないけど。」
パタン、とドアを閉めるとあの舞台裏と同じように素のアリスの声になった。変に作った声じゃないし私もこっちの方が聞いていて不快じゃない。まぁ、そんなこと言ったら貴女に言われる筋合いはないとか言われそうだが。
「退学届が欲しいですけど。」
「ふーん。」
アリスはそれだけ言うと生徒会長の机の引き出しから退学届の用紙を出して私の前にほいっと投げた。用紙は見事に私の前に着地する。アリスは他の生徒会メンバーが居ない時の生徒会長代理の権限でも与えられたのだろうか。この用紙は簡単に渡せるものじゃないが。まぁ……あの人達ならアリスに簡単に権限を与えそうだ。
「辞めるんだ。」
「はい。辞めようと思います。」
アリスもデンドリティックアゲート家の心中とトリフェーン家の没落は知っているだろう。それともアリスくらいになってくると下級貴族家がいくら潰れようが関係ないのか?
「お父様の復讐はもういいの?」
「…………よくありません。まだ諦めていませんよ、少し中断するだけです。」
アリスは腕を組み私が退学届の用紙に記入しているのを見つめる。
「私から見たらトパーズ公爵は悪なんだけどね。」
「私は父を信じてますから、絶対に罪を犯すことなんてしないって。」
アリスの返事はしばらくは返ってこなかった。そしてポツリと呟いた。
「罪を犯さない人なんていないわよ。その罪が法的に罰せられるか否かの違いだけど。生き物を殺す事は罪を犯すという事だけど蟻を一匹潰した所で誰が責めるのかしら。何百人も殺した戦争英雄は罰せられないけどたった1人を殺した一般人は罰せられるのよ。罪…って不確かなものね。誰かが罪だと言えば何でもないことが罰の対象になるのよ。」
そう呟くアリスの顔は何処か悲しそうだった。
「誰か…殺してしまったの?」
「いや……もし何百人も殺した戦争英雄が罰の対象になるなら私の両親は罪人だな…って思ったの。」
そして深く溜息をつき、アリスはこう言った。
「私は…たった1人を殺してしまったの。」
私は用紙に記入しながら言う。
「ダイヤモンド公爵令嬢が殺人犯なんて聞いたことないですけど。ちなみに誰を殺しちゃったのですか?勿論口外はしませんから。」
私はこれは何かの冗談だと思っていた。だってアリスが仮に人殺しをしていだとしてもそれを他の人に言うほど馬鹿ではないだろうし言うとしても私はそこまで信頼はされてないと思ったから。
「私。」
「え?」
「私を殺しちゃった。」
その顔は人形みたいに無表情だった。アリスがアリス自身を殺した?
「え?どういう……。」
どういうこと?と聞こうとしたがその言葉は途中で遮られた。
「あ、書き終わってる。」
アリスはそう言い、用紙を目の前から取ると生徒会長の印を押した。
「はいっ!これで完了。一週間後に荷物をまとめて出て行ってね。」
そして用紙を私に押し付けると用が済んだならさっさと出て行けと言わんばかりの笑顔を向けた。仕方なく、私は生徒会室を後にする。アリスの殺しちゃった発言は気になるが私が首を突っ込んでもいいのかわからない。
「人殺しの聖女様……か。」
他に誰もいなくてよかった。その言葉はアリスを侮辱する言葉だからだ。しかしアレンに諜報員をつけられている可能性を思い出しあたりを見回す。誰も居なそう…。それに私のすぐ近くじゃないと聞こえないだろうからバレてないはず。……多分。
そして私は退学届に目を向ける。退学届には生徒会長の印の他に学園長の印も押してあった。アリスが押したのは生徒会長の印だけだった気がするけど…。退学届が生徒会の手に渡るときには学園長の印は既に押された状態なのだろうか。そうなると退学に必要な許可は生徒会だけに貰えばいい。ガブリエルやステファニーがすぐに退学出来たわけだ。私には一週間という猶予が与えられた、その間にガブリエルに会いに行こう。




