【閑話】 玉座の上の売春婦
「お父様、お母様いままでありがとうございました。」
私、ステファニー・オキニスは13歳の時にその地位を失った。皇太子の婚約者で公爵令嬢であるアリスへの不敬罪…、この罪は償ったとしても消えることはない。
みすぼらしい服を着てみすぼらしい馬車に乗って遠く離れた属国の娼館へと行く。そんな憐れな娘を両親は悲しみながらも送り出さなくてはならない。娼館送りを提示された時、両親は頭を地に擦り付けてまで私の為にそれだけはどうかやめて欲しいと懇願した。しかし、ルイス殿下の怒りは深くその願いは届く事は無かった。
私は馬車に乗り込む。両親はずっと私を見ていた。私も両親が見えなくなるまで家の方向を向いていた。見えなくなると私は前を向いた。
(いつまでも過去を引きずってはいられない。前を向くのよ。ステファニー。)
そう、たとえルイス殿下に振り向いともらえなくとも身分剥奪されようとも家から勘当されようともそこで私の人生は終了しないのだ。私の人生はまだまだこれからなのだから。
******
その娼館はステファニーの知っている娼館のイメージとはだいぶかけ離れたものだった。近くで見た事はあまり無いがステファニーの眼に映る娼館というのは高級娼館だったからだ。しかし、自分の目の前にある建物は老朽化が進んでおり、かなりボロボロな状態だった。
中から1人の老婆が出てきた。老婆と言ったがそこまで年はとってないのかもしれない。ただ白髪を気にせず後ろで縛っており、痩せているからシワが多く見えて年をとっているように見えるだけかもしれない。
「あんたが元貴族の子かい。」
「はい。ステファニーと申します。」
老婆はフンっと鼻を鳴らすと顎をクイッとやり中に入るよう促した。中に入るとそこは吹き抜けの広間のようになっておりどうやらここがフロントのようだった。外観はボロボロだったが中は比較的綺麗だった。
「早速仕事の説明を…。」
老婆がそう言った時
「ぎゃあああああああああああ。」
という叫び声が老婆の声を遮った。その叫び声のすぐ後に客の相手をする部屋であろう部屋の一室から髪はボサボサで全身痣だらけの女が下着姿で這い出してきた。片方の目は腫れており鼻血がダラダラと出ていた。
「ダズゲ……。」
女がこちらに手を伸ばし助けを求めたが老婆は気にも止めない。すると、部屋から客であろう男が出てくると女の髪を掴んで引きずりながら部屋へと連れ戻した。私が絶句していると老婆は言った。
「あんなもん、日常茶飯事だよ。暴力で快楽を得るお客さんは多いんだ。」
それでも絶句している私に老婆は追い討ちをかけるように続けた。
「女を家畜以下の値段で売る、それがここの売りさ。そのかわりろくな女はいないけどね。犯罪者なんて普通に居るし病気持った女が大半だよ。あんたもすぐ客から病気移されておっ死ぬのがオチさ。せいぜい稼いでくれよ。」
老婆はニヤリと笑った。私は絶望を目の前にしているようだった。それでも…生きて行かなくちゃ。私の決意を固めたような目を見て老婆はもっとニヤリと笑った。
私が寝る部屋は他の娼婦と同じ大部屋で雑魚寝するようだった。持ってきた数少ない荷物を部屋の隅に置く、私は今までの生活との違いに戸惑いを隠せなかった。私も娼婦として露出の多い服を着せられる、しかしその服は煌びやかなものではなく本当にただの布といった方が正しかった。
「おい、お客さんだ。」
先程の老婆が入って来た。私の腕を掴みフロントへと引っ張る。大部屋にいた他の娼婦達は私を睨む。私にお客を取られたのが悔しいのだろうか。それにしても急すぎるさっき着いたばかりなのに。心の準備というか…いや、心の準備なんてしても結局は変わらないか。私は素直に老婆に従った。
フロントの待ち合いのソファには綺麗な身なりをした中年男性がいた。ヒッと私は心の中で悲鳴を上げた。
「この子が新人さん?」
男性は優しそうな声だがこれからこの人の相手をさせられると悟ってしまった私はどんな声だろうが関係なかった。
「ええ。そうです、元貴族の子でねぇ中々整った顔をしてますよ。」
私は震えていたがその震える手を老婆はきつく握った。まるで私が震えているのをお客さんに気づかれないように。
「先に部屋で待っていてください、後でこの子を向かわせますから。」
老婆はそう言うとまた私を引っ張ってフロントの奥の部屋に連れて行った。
「よかったね、あんた。あの方は常連さんだよ。この娼館の女はみんな一度はあの方の相手をしてる。」
ここで私はやっと声が出た。
「……や……。」
私が声を発したことに老婆は顔をしかめた。私の腕を老婆が掴もうとした時私はその手を振り払った。
「嫌っ!」
声を発した後に大粒の涙が溢れて来た。自分の両親にもこんなことした事ない。嫌…だなんて言ったことがない。
「なら、捨てるだけだよ。今道端に捨てたら女に飢えた男が群がるだろうさ。」
老婆はきつい目で私を睨む。この人も娼館にいるのだからかつては娼婦だったのだろうか。
「あんたはここに来た時点で体を売るしか道はないんだよ。たとえこの娼館から逃げれたとしてもこの辺りに女を雇ってくれる所は無い、結局は体を売るしかないんだ。」
私に選択肢はない…罪を犯してしまったあの日から。私がこうなる事を望んだのですね…殿下は。
私は頷いた。老婆は私の手を掴み客が待っている部屋の前まで私を引っ張る。
(本当は…殿下の為だけにこの体を許したかった。)
私はそうは思いながらも抗えない現実から最後まで目を背けるようにして目を瞑るとドアを開けた。
******
私は自分の寝床である大部屋の隅で座っていた。他の娼婦達も仕事を終えて寝息を立てている。今日…信じられないことが起こった。起こりすぎた。まず、私が今日相手したのはこの娼館の常連客でこの辺り一帯を収める貴族だった。なんでこんな底辺娼館に貴族が来るんだ…と思ったが、ここは最安値で女を売る娼館、お手頃な価格なのかもしれない。それに高級娼館は下級貴族には中々手が出せないのだ。そして今日相手した貴族の人から身請け話が出た。この娼館なら身請けの際にそんなに金は掛からない。
試しに買ってみるか〜くらいの金額で取引される。だから気に入らなければ簡単に捨てられるのだ。
私はこれを受けるか受けないのか迷っていた。受けなかったらこれからもこの娼館で何人もの客の相手をする、受けてもその先に何があるかはわからない。この身請け話の期限は次にあの常連客が来るまで。明日も来るかもしれないし、ずっと来ないかもしれない。そんな不確定な期限だった。
「どうしたら……。」
思わず呟いた。
「んん…うるさぁい。」
寝言かどうかはわからないが近くで寝ていた先輩娼婦が言ったので私は口を押さえる。ただでさえ短い睡眠時間を私が削ってはならない。すみません…と心の中で謝ると私は静かに大部屋を後にした。
娼館の小さな庭に出る。牢獄では無いので難なく越えられる塀が娼館を囲っていた。見回りもないし逃げようと思えば逃げられる。もし修道院などに送られていたら逃げるのは不可能だっただろう。ここが高級娼館なら逃げられる確率は違っただろうがここは底辺の娼館だ、確実に逃げられるし、追っ手の心配もない。もしかしてルイス殿下は私が逃げようと思えば逃げられる環境に置こうとしてくれていた?それは殿下なりの配慮なのだろうか。
ここから逃げれば身請け話に悩むこともお客の相手をしなくても済む。娼婦という汚れた肩書きを捨てることが出来る。この辺りには女を雇ってくれる所はない?女に飢えた男の餌食になるだけ?それはどうだろうか。それはこの治安の悪い地区だけの話だろう。この辺りで力尽きればそりゃあ男の餌食になるだろうがこの地区を抜ければまともな働き口はあるだろう。思い切ってこの地区から逃げ出そうか。休まず走り続ければ一晩でこの地区の外に出れる。男の餌食になる暇など無い。
私は娼館を囲む塀に近づいた。足を掛けれそうな凹凸があり、簡単によじ登れる。凹凸に足を掛け塀をよじ登る。塀の上から見ると遠くに薄っすらとこの地区全体を囲う壁が見えた。あそこまで走れば逃げれる。よじ登った塀はそんなに高さはなく飛び降りても怪我ひとつしなさそうだった。
(この下に降りれば…娼館の外……。)
私は外へ足を踏み出す。しかし頭の中では不安が渦巻いていた。ここは私が罪を償う場所で、ルイス殿下が指定したもの。そこから逃げ出せば私は罪の償いを放棄した事になる。ルイス殿下の命令に背いた事になる。追っ手が来ないのはここにいる普通の娼婦に対してだけ。罪人の私が逃げたら追っ手が来るかもしれない。それどころか罪の償いを放棄した娘の実家ということでオキニス伯爵家に何があるかわからない。いや…オキニス伯爵家と私は縁を切っているから関係ないはず…。でもいくら縁を切ろうとも血が繋がっている事に変わりないし、伯爵家は罪人を輩出したとして私が出て行った後になんらかの処罰を受けている可能性も否めない。私のせいでまた家に迷惑をかけるなんて……出来ない。
私は体の向きを変えると敷地の内側に飛び降りた。そして何事もなかったかのように大部屋に戻ると横になって目を閉じた。
******
私に身請けを申し込んだ貴族の客が来たのは一ヶ月後のことだった。普通の娼館なら身請けするには何回か娼婦に会ってからやっと身請けを申し込むという流れだがここの娼館は安く、すぐに、売るというのが売りだ。たとえ一回会ったっきりでも客が気に入れば即身請けができる状態らしい。今回は相手側の都合で身請けが一ヶ月もかかった。
なんでもこの属国は一夫一妻が美徳とされる風習があり、一夫多妻は違法では無いが中々世間からの風当たりが強いらしい。この貴族の客は私に本気らしく妻と別れてきたそうだ。
私はこの身請けを受ける。もう、成り行きに身を任せるとしよう。この娼館からの身請けは滅多に無いらしく娼館全体が沸き立っていた。短い期間だったがお世話になった娼館に一礼する。そして娼館前に止められた馬車に乗り込んだ。貴族の立派な馬車だったが私はこれよりも豪華な馬車に常日頃から乗っていた時期があった。オキニス伯爵家の馬車に比べたら属国の下級貴族の馬車なんてみすぼらしく見えた。貴族の客…いや…もう私の旦那か。旦那も馬車に乗り込むと馬車は走り出した。馬車の中は無言だった。旦那は無口では無いが自分から喋るタイプでは無いし、私も機嫌を損ねないように気を使って喋りたくはなかった。
邸宅に着くと使用人達が主人を出迎えたが新しくできた奥方に戸惑いを隠せないものがほとんどだった。ある者は私をなんて綺麗な人なんだろうと呟き、ある者は若すぎない?という言葉を吐き、私を睨みつけた。またある者は前の奥様の方が良かった…と言い、卑しい娼婦め…と陰口を叩いた。
久しぶりに帰ってきた貴族生活は前みたいに心の底から楽しめるものじゃなかった。本当に私の罪の償いはこれで終了したのかと……どうしてか…スッキリとした終わり方ではなくモヤモヤしたままだった。修道院のように生涯悔い改めながら祈りを捧げるのが罪の償いの1番しっくりくるイメージだ。でも私はたった一ヶ月ほどで終了した。たしかに娼婦だった過去を消せるわけじゃ無いし、娼婦だったからこそ今貴族の屋敷にいる。貴族に戻ったから存分に貴族生活満喫してやろう!と開き直ることができない。
貴族の生活……と言っても名門伯爵家で何不自由なく暮らしてきた身としてはここの…子爵夫人としての生活はほとんど庶民の暮らしじゃ無いかと疑うほどだった。それでもそこそこ綺麗なドレスを着て、好きでもない旦那の腕に自分の腕を滑り込ませて腕を組みさも仲がいいアピールをしながら他の貴族の客人に挨拶をする。これが私が生き残る最善策だったのだろうか。貴族に戻れたというのに全然嬉しくない。貴族に戻るために支払った代償が大きすぎたのがいけなかったのだろう。そこまでして貴族に戻りたかったわけじゃない…それならなんの柵もない庶民を選んだはずだ。縁を切った家族のことなんて顧みずあの娼館から逃げ出していれば衣食住は保証されないが自由だったのだろうか。
貴族に戻るために好きでもない男の妻になるくらいなら…こんな代償だと知っていても私は払ってしまった。あー……さっさと私に飽きて捨ててくれないかしら?そっちの方が何倍も幸せな気がしていた。
「奥様、御準備なさってください。」
使用人が私の部屋の前で言う。
「あら、もうそんな時間なの。」
今日は王宮で開かれるパーティーに参加する日だ。それは私を子爵夫人として公にお披露目する為に参加するらしい。旦那と親しい貴族とはもうお披露目を済ましているが正式にはまだなのだ。前の妻と別れて新しい妻を迎える…というのは中々無いらしく貴族達の間では私の話題で持ちきりらしい。勿論私が娼婦だったことも割れていてあまり良く思われていないのは自分でもわかる。きっとパーティーでは好奇の目に晒されるだろう。そう、王宮で開かれるパーティーは『卑しい娼婦のくせして子爵夫人に収まりやがった女を一目見てみましょうの会』と言っても過言ではないのだ。
そんな事とは知らず旦那は自慢の妻をお披露目するべく、張り切って準備している。私の為に新しいドレスを作ってくれたぐらいだ。まぁ、私は全然嬉しく無いけどね。旦那が喜ぶドレスとアクセサリーを身にまとい、腕を組む。差し出された腕を拒否なんてしたらどうなるかわからない。
馬車に揺られ王宮の敷地内に入る。王宮の入り口の所で馬車から降りると降りた瞬間から周りの視線が集まった。ヒソヒソとわたしの噂をしている貴婦人達や私をまじまじと遠目から見る紳士達。あまり気分のいいものではなかった。パーティーが始まっても私に集まる視線は減ることはなく、むしろ増えていた。旦那も自分の隣にいる妻に視線が集まっているのは薄々気づいていたようだがそれは彼女の美貌に視線が集まっているのだろうとあまり気にしなかった。
上っ面だけ優しく接してくる貴族達に私は嫌気がさした。影では私の事をよく思っていないくせに。ちょっとお化粧直しを〜と適当に言い訳を作りパーティー会場から抜け出した。夜の闇に紛れた庭園は親しみのわくものではなかった。植えられている花から庭園の造りまで帝国では見た事ないものだらけだった。それがここは異国の地なんだ…と再確認させ孤独感を倍増させた。
「こんな所で何をしているんですか?」
知らない声が聞こえてビクッと体を震わせた。まさかさっきの言葉私に対してじゃ無いよね?パーティー会場から抜け出すなんて子供にだけ許される事、私も年齢からしたらまだ子供なのだろうが立場的には令嬢じゃなくて夫人だ。夫人がパーティー会場を抜け出す…聞いたことがない。
「クリソコラ子爵夫人。」
クリソコラ……旦那の姓だ。って事はさっきの言葉は私に対してだったのか!私はバッと振り返る。
「申し訳ございません、夜風に当たっておりまして。」
ドレスの裾を掴み謝罪の意を込めたお辞儀をする。お辞儀が終わり、顔を上げるとそこには美形の青年の姿があった。ドキッと胸が鳴る。別に…好きとかじゃなくて不意打ちの美形にびっくりしただけだ。
「えっと…私はすぐ退散いたします。」
さっさと戻ろう。子爵夫人がパーティー会場から抜け出してだなんて噂広められても困るから記憶に残らないうちに退散だ。
「サファイア帝国オキニス地方の訛りですね。」
ビクッと体が震えた。すごい…言い当てられた。あの少ない会話量の中で。サファイア帝国語は公用語であるが、地方には独特の訛りがあることがある。オキニス伯爵領辺りの地方の総称がオキニス地方。オキニス地方の訛りは帝国語の中で代表的な訛りと言える。いつもは標準語を意識しているが、異国ということもあって気にしていなかった。
「帝国の出身なのですか?」
「はい。その通りです。」
娼婦……という事から訳ありと察してくれないのか。帝国語訛り、娼婦、このワードだけで容易に訳ありだと想像できるはずだ。いや…難しいか。もう根掘り葉掘り聞かれる前に軽く話しておこう。軽く話せば記憶にも残りづらいだろう。
「帝国で罪を犯したので娼館送りになったのです。」
我ながら重々しくない感じでサラッと話せたと思う。
「…………。」
やっぱり話題が話題なだけに重かったか……。青年は黙ってしまった。そしてポツリとこう言った。
「こんなに美しい人が何の罪を犯したというのか。」
「ひゃいっ⁈」
へ?美しい…私が⁈思わず変な声が出てしまった。そっちの方が恥ずかしい。私が…美しい?自分でいうのもアレだが私の顔は醜くは無いと思う…それどころか整っている方だ。それでもこれくらいの美人、帝国の貴族の中には何人もいる。そう…私の美しさは別に秀でたものではないのだ。絶世の美女……なら他にいる。私が悪女だと罵った人や私がライバルだと恐れた人とかが。
それに青年の言い方はまるで美人は罪を犯さないとでも言っているようだった。いくら美人でも罪は許されるわけではないのだ。許されるわけ無かったらどれだけ良かったか。アリスは…受け入れられ、許された。それは彼女が聖女だからか、美人だからか、はわからないが彼女は罪が許される特別な人間なのだろう。
「罪は決して許される事はありません。罪の大きさは関係なく罪は罪ですから。」
そんな言葉が口から出ていた。
「そう……なのか。」
青年は悲しそうな声色で言った。顔は見えなかった…夜の闇が彼の顔を覆い隠していたから。
「そろそろ会場に戻った方がいいのではないですか。」
「あっ、本当ですわ。では。」
そう言って立ち去ろうとしたが青年に呼び止められるた。
「待って。俺…!じゃなくて…僕はカルヴィン!貴女は?」
「私はステファニー。ステファニー・オキ……クリソコラ。」
青年…じゃなくてカルヴィンはニコッと笑った。
「これも何かの縁だからもし次会ったら酒でも飲もうぜ。」
「私まだ13なのよ。飲めないわ。」
「大丈夫、俺もまだ17だから。」
私は苦笑した。早くに結婚するのが普通だが酒が飲めるのは20歳からと決められている。私は手を振ってその場から立ち去った。それにしてもカルヴィンの口調は丁寧だったのに最後の方は砕けた口調になっていた。身分が低い貴族なのだろうか?それにしてもこの国に来てから始めて友好的な人だったと思う。
「さーてとっ。また貯蔵庫の上物の酒でも漁るかな。」
カルヴィンはステファニーと別れるとここから二つ離れた庭園の隅にある貯蔵庫へと直行しようとしていたが庭園を巡回する親衛隊に見つかってしまった。よりにもよって隊長と。
「陛下、何故こんな所におられるのです!」
「げっ。ドニス。」
ドニスと呼ばれた親衛隊長は呆れたようにため息をついた。
「また王太后様に任せたのですね。」
パーティーは国王は欠席、代わりに王太后が仕切っている。
「陛下はいつもパーティーなどの大事な行事に欠席して。自国の貴族との関係も大切にしていかねば国は国王として失格です。それに此度のパーティーは陛下の妃選びも兼ねているというのに…当の本人が欠席じゃぁ。」
ドニスの長い説教が始まりそうになった時慌ててカルヴィンは口を開いた。それはドニスの説教を阻止するためだっただろう。しかしカルヴィンは真面目な顔で言った。
「私は妃を決めたぞ。」
ドニスはびっくりしたように顔を歪めたがすぐに明るくなった。
「妃を決められましたか!いや〜長かった。ついに…ついに陛下が王妃に迎えたい女性が現れましたか。……で?何処の娘です?」
「娘というか…なんというか……。」
「あっ、年上の方ですね。まさか陛下が熟女趣味とは…。あっいやでもそれだけ王妃に相応しい方なんですね!」
「いや、若いんだ。私より若い。」
「え⁈まさか…赤子⁉︎赤子ですか、陛下!」
いけません、世継ぎが生まれるまでどれくらいかかる事やら……とドニスがブツブツと言い始めた。
「お前は考え方が極端だな。」
カルヴィンは苦笑した。
「どなたなのです、陛下。」
「クリソコラ子爵夫人。」
その名前が出た途端ドニスは固まった。そして少し間が空いてから
「既婚者じゃないですか!」
と言った。そしてまた説教臭い事を言い始めた。
「まぁ、落ち着けドニス。蜜の味…と言うだろう?」
「落ち着いていられますか、既婚者に手を出そうとしてるなんて。あと、蜜の味なんて言いませんよ!」
カルヴィンは首をかしげるとニヤリと笑った。
「しかしお前の愛読書、人妻……ナントカ?とやらは…。」
「わーーーわーーーわーーー!!」
ドニスは冷や汗をかきながら叫び出した。
「とりあえず、クリソコラ子爵夫人を王妃に迎えれるようにしてくれ。」
「クリソコラ子爵が黙ってないですよ。夫人と結婚する為に前妻と別れたのですから。」
ドニスが冷や汗を拭きながら言う。
「そこは国王の権力というやつで何とかしてくれ。」
カルヴィンはそう言って笑った。
******
パーティーから数週間後王宮から私宛に使いが来た。私を王妃として迎えたいのだそうだ。そのことに私の旦那は怒り狂った。使者を殺してしまいそうな勢いだった。暴れる旦那を使者と共に来た騎士が何とか押さえる。使者は私に王家の紋章が入った手紙を渡した。手紙の内容は私を王妃に迎える為旦那から私を取り上げてしまうことへの謝罪の文とその代わりに金と権力を与えるというものだったが、伯爵家の令嬢として徹底的な政治教育を受けてきた私にとってこの手紙が意味する別の意味に気づいてしまった。隠語などを巧みに使い書かれていた内容は私を差し出さなければ貴様を潰す…というものだった。
(この国の王様…怖っ。)
私は別に旦那を愛してなどいないから今から別の誰かに嫁ぐとこになっても全然良かった。旦那も手紙を読んだが、別の意味には気づかなかったのか私を差し出すことを渋った。その時バンッと部屋の扉が開いた。そこには知らない女性がいたが、旦那には誰だかわかったらしい。結果から言うと旦那の元妻だった。
「あなた、命が惜しくないのですか!」
そう叫び、怒り狂った旦那をなだめる。そして旦那を奪った卑しい娼婦に目を向けた。殺されるかと思って身構えたが、憐れな少女の過酷な運命を悟ったのか憐れみの目を向けるだけだった。だって私が旦那を愛してなどいない事は一目瞭然だったし。
旦那…クリソコラ子爵は私を差し出す事を決意し、元妻とよりを戻すことにした。そうと決まったなら…と使者達は私を馬車に乗せ全速力で王宮へと戻った。護衛の騎士達の話によると出来るだけ早くしろとの命令だそうだ。どうやら王様は待つのが嫌いらしく少しでも遅れたら殺されてしまうらしい。
(王様…怖っ。)
大丈夫だろうか…王宮についていきなり殺されるとかないだろうか。そうなったら伯爵令嬢時代に習った自衛の術で逃げよう。それにしても私を王妃にしたいだなんて王様も物好きっていうか…変人っていうか…なんというか頭大丈夫だろうか。会ったこともない女と結婚って…。政略結婚だとしても一度くらいは顔合わせがある。娼館からの身請けだって顔は合わせる。しかも元娼婦を王妃に、って国民からの反発は必ずある。それで暗殺とか現実にありそうでちょっと怖い。王宮の敷地に入る。前のパーティーの時に降りた場所とは違うところだった。馬車を降りると沢山の侍女達が私を担ぎ上げたかと思うとものすごい勢いで王宮の中に連れて行った。時間が押しているから焦っているのだろうか。お風呂に入れられ服を着替えさせられ髪を結って化粧をさせられ、鏡の前には王妃の風格が備わった少女が立っていた。
(これ…本当に私?)
王妃の風格を表しているのはほぼ化粧だった。令嬢時代の時もしたことないような濃い化粧をさせられ…これが化け化粧というのだろうか、私の面影は消し去られていた。
「あの…タオルをくれませんか。」
近くにいた侍女にお願いしてタオルを持ってきてもらう。侍女達は私が何をするんだと見ていたら私がタオルを貰った瞬間、顔を拭き化粧を落としたものだから、『わー』とか『なんでー』と悲鳴をあげた。私を呼びにきた侍女長も化粧が落とされている私を見て口を開けた。しかし私の化粧よりも自分達の命を大事に思ったのだろう。妥協は必要よ…と呟き、私を案内した。
連れてこられたのは玉座の間だった。しかし玉座は空っぽ。誰も座っていない。召使い達が慌てだした。私もキョロキョロと周りを探した。まぁ、見つけた所で私は王様に会ったことがないからわからないのだが。その時、私の視界は後ろの手によって遮断されてしまった。
「だーれだっ。」
「あの、誰ですか?」
私の目を覆ってだーれだっなんてやる人知らないんだけど。
「えー!本当に?」
「はい。誰ですか。」
冷たい声でそう言うと、手は外れ私ね視界は戻った。私は後ろを振り返る。
「ジャーン、実は俺…国王様でしたー。」
そう言って手をひらひらされているのはカルヴィンだった。
「いや、本当に誰です?」
私が冷静に言うとカルヴィンは忘れられたのかと青くなった。
「え……忘れたの?」
そこで私は吹き出してしまった。
「冗談です。カルヴィン……様ですよね。」
呼び捨てにしてしまいそうになり慌てて様をつける。にしても。卑しい娼婦を王妃にしたい変人はカルヴィンだったのか。
「娼婦を王妃にしたいなんて変人ですね。」
…………声に出てた。どうしよう…確実に不敬罪だ。ここに来てまた私は罪を重ねてしまったのだ。
「たしかに変人ですね。それに一人称が俺に変わっていますし。」
そう言ったのはなんと侍女長だった。
「リシュエンヌ…馬鹿にするな。」
カルヴィンのその声は恥ずかしさのあまり震えていた。
「一目惚れしたんだ。悪いか……。」
カルヴィンが顔を真っ赤にして言う。
「そうなんですか。私も分かりますよ。一目惚れ。」
私がそう言うとカルヴィンの顔は明るくなった。
「誰なんだ?」
「私が罪に走った原因の方ですね。」
罪…その単語を言うと、途端にカルヴィンの顔は暗くなる。
「ステファニー…貴女は罪は許されないと言ったがそれは本当にそうだろうか。」
「え?」
「罪は決して許されぬのか?もうそれ相応の罰を受けたというのに。」
違う…私の罪はそんな簡単に許されるものじゃ…。
「あの娼館での出来事は深く刻まれたはずだし、娼婦という事実はこれからも永遠に変わることはない。もう、充分すぎるほど罰を受けた。」
カルヴィンの言葉は突き刺さるようではなくまるでお湯のように心地よかった。私の氷のような心がカルヴィンの言葉というお湯によって静かに溶けていくようだった。
(私は許されても…いいの?)
カルヴィンの顔が目に飛び込んでいく。ドキッと胸が鳴る。この胸の鳴りは言い訳が思いつかなかった。
多分私はカルヴィンの事を好きになり始めている。
「罪が許されたかどうかはまだわかりません。」
カルヴィンの問いに私はそう答えるしかなかった。だって罪が許されたかなんて自分ではわからないのだから。
「まぁ、また新しい人の所に嫁ぐのが私の新しい罰でしょうか?」
「あれ?私は罰扱いか。」
あっ。一人称が私に変わった。それは王の風格を含んだ『私』だった。俺呼びはカッコつけてただけだったんだね。
「前の罰より歳が近い分好感が持てる罰ですね。」
そう言って私は笑った。カルヴィンは嬉しそうだった。
「新しい罰を好きになれるよう、努力しますよ。」
私の新しい罰。いつか罪が許される日が来るまで。
******
彼女は『玉座の上の売春婦』と呼ばれ忌み嫌われた。しかし国民が嫌うよりも国王カルヴィンの彼女への愛の方が大きかったのだそう。『賢王の皮を被った愚王』と呼ばれるカルヴィンが愚王と呼ばれる所以だろう。




