フェイクレディ Ⅰ
寮に入ると一旦は自分の部屋に入り地味な格好に着替えると普通にドアからではなく窓から外に出た。アレンは少なからず私を疑っている。さっきの話で納得するとは思えない。さすがに女子寮にアレン本人が見張りに来るわけないが手下の女子生徒が私を見張っているかもしれない。
(女子生徒だけじゃ無い。寮母さんも疑うべき?)
それに今からラリマー侯爵邸に向かうのだから、誰かに見られたら色々面倒くさい。
学園の裏門に待たせてあるラリマー侯爵家の馬車に乗り込む。馬車は私が乗ったと同時に慌ただしく走り出した。長い間同じ場所にとどまっていたら誰かに発見される確率が上がる。元々裏門なんて全然使われていないが誰が来るかわからない。それに私を見張る諜報員がいるとするなら私を尾行するだろう。その追っ手を巻く為にも早く走らなくてはならなかった。
侯爵邸に着くと使用人が利用する裏口から入る。ラリマー前侯爵夫妻とその長男には使用人達もうんざりしていたらしい。仕事であまり家に居ないがたまに帰ってきたと思ったら無理難題を命令する主人と毎日パーティーばかりで準備をしたらドタキャンなんて日常茶飯事な夫人、何人ものメイドを口説こうとする嫡男に全員愛想を尽かしていたらしい。その為私とガブリエルが無理矢理爵位を奪っても使用人達は反対しなかった。むしろ協力的で今もこうやって隠蔽工作に協力してくれている。
「ガブリエル。」
居間に入って彼女を呼ぶ。
「はい!」
元気のいい返事と共にガブリエルは現れた。柔らかい色合いのオレンジ色のドレスを着ており手に持って仰いでいた扇子をパタンと閉じた。女の格好をしたらもう男には見えなかった。まだ髪は長くなっていないのでガブリエルの髪色に近い水色のヴィッグを被っている。
「計画に勘付かれたかもしれない。今すぐ前ラリマー侯爵の偽の葬儀を行いなさい。」
ガブリエルはそれを聞いて少し青ざめたが使用人達に葬儀の準備を指示した。
「死体はどうしましょう?」
「病気の蔓延を防ぐため早々に処分した事にすればいいわ、葬儀は形だけだもの。」
「わかりました。」
「それじゃあ私はもう帰るわ。引き続き調査はよろしくね。」
「もう帰られるのですか?」
ガブリエルが悲しそうにこちらを見つめる。ガブリエルにはお父様を殺した仮面の男とその黒幕を調査してもらっている為私のために時間を割くより調査に時間を当ててほしいものだ。
「ええ。あまり長くいると怪しまれるし、諜報員に気づかれるかも。貴女は学園を辞めたから私と不自然に会うと気づかれやすくなる。必要最低限しか会わない、文通も読んだら燃やす。いいわね?」
「はい。」
私の言うことをはいはい聞く姿はかつての私の侍女を彷彿とさせた。
(マーシャ…。)
私の1番そばにいて私の我儘にも根を上げずについて来たメイド。それ故に裏切られたショックは計り知れなかった。もう、貴女は公爵令嬢じゃない。貴女も貴女のお父様も主人ではない。終わりを告げた主従関係に皆晴れ晴れとしていて私に同情するが助けようとはしなかった。主人が主人でなくなったら終わる儚い関係。その後に情のひとつも挟まれない。
ガブリエルとの主従関係もお父様の復讐が果たされたのちに解消される。私達は他人に戻るのだ。
(それまではこき使ってやろうじゃないの。)
******
「おかしい……おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい。」
そうブツブツ言いながらアレンは自宅の図書室を歩き回っていた。宰相家…皇宮に匹敵するほどの蔵書数を誇る。この図書室の本を読破した日のことが昨日のことのように思い出せる。確か、6歳の頃かな。青ざめて震える侍女にもう本は無いのか?無いなら新しく仕入れてくれと頼んだら侍女はぶっ倒れた。それからしばらくの間図書室に出禁になったのはいい思い出だ。
この図書室は僕が落ち着ける数少ない場所…なのに今こうして気が狂ったかのようにブツブツ唱え図書室を徘徊している。何故ならラリマー前侯爵の葬儀が執り行われたからだ。死体は病気の蔓延を防ぐ為に死亡が確認されてから早々に処分されたらしい。こんな理由を言われたら思わず納得してしまうところだった。怪しんでエルリカに接触を図ってから直ぐの事だからまるでエルリカの言い分の裏付けをしているかのようだった。ラリマー侯爵に一体何があった?失踪した長男も余程身の隠し方が上手いといたもんだ。
「気持ち悪いほど何もおかしくない。」
それが何もおかしくないと主張しているようだった。それでもなんとも言えないモヤモヤというか分からないけどもう少しで分かりそうな違和感が自分を支配していた。昔からこういう勘ってやつは外れた事がない。
「何をコソコソと嗅ぎ回っているのかね?」
「わ…わぁ!」
いつのまにか図書室には父が入って来ていた。気づかなかった…足音ひとつも無いものだから。それとも考え事に集中し過ぎて気づかなかっただけだろうか。父は気配が薄いわけではなく、むしろ存在感があり過ぎるくらいだ。ダークグリーンの髪を後ろで束ね、眼鏡をかけている為ダンディな雰囲気が漂っている父だがまだ30代だ。よく実年齢より上に見られるらしいし、息子の僕から見てもそう見える。
「まさか気づかなかったのか。いつも周りには注意を払えと言っているというのに。」
皇族程ではないが宰相家の人間なのだから暗殺の危険が付き纏う。護衛騎士がついているとはいえ自身でも暗殺者の気配くらいは察知出来なければ…と、幼い頃から父に教えを受けていた。父が入って来たことに気づけなかったということは今までの教えが実践できていない、父を失望させるには十分過ぎた。
「申し訳ございません。」
「これはまた後に話さなければならないとして…。何をそんなに調べているのかな?」
こっそりと秘密裏に動いていたつもりだったが父には全てお見通しだったらしい。帝国のありとあらゆる情報を持っており父が知らぬことは神さえ知らぬだろうとまで言われている父に隠し通せるわけなかったのだ。
「ラリマー侯爵家について調べておりました。」
「ああ。最近当主が変わったあの家だね。実は私もラリマー侯爵家について調べていたのだよ。」
「父上もでしたか。失踪した長男を探しているのですが見つからず…。」
父は顎に手を当て少し考え込んだ後に口を開いた。
「ラリマー侯爵家の長男はいくら探しても無駄だよ。」
「!! もうすでに死んでいたのですか?」
「いいや、我がエメラルド公爵家が保護している。」
「もう父上が見つけていたのですね⁈」
「スラム街で見つけたよ。しかし遅かった…丁寧に全部の歯と舌が抜かれ、手の指も切り落とされていたよ。今は我が家で治療して命は助かったけどね。」
舌と歯が抜かれ喋れなくした上に筆談もされないように指まで切り落とすなんて……。生かしておきながら口封じが完了している。
!!
そういえば…ラリマー侯爵家の長男が失踪したというのに当のラリマー侯爵家は捜索隊のひとつも出さなかった。あわよくば失血死させ、見つかっても何も喋れないから情報が漏れない。正直に言って完璧だ…。
「完璧だ…。」
思わず声に出ていた。
「それはどうかな?」
父の口から飛び出した予想外の言葉に目を丸くする。
「これは完璧じゃない、落とし穴がありすぎだよ。計画性があるならあまりにもお粗末なものだ。人間、喋れなくても手が使えなくても思いを伝える事ができるのだよ。」
ラリマー侯爵家の長男、アーサー・ラリマーはエメラルド公爵家の別邸の隠されに隠された部屋の中に居た。父と僕が部屋に入ってくるとベッドの上から頭を下げた。ベットには小さな机がつけられており、その上には紙とペンがあった。アーサーは足の指でペンを持つと紙に何かを書いた。それは文字にしてはぐちゃぐちゃでまだ私達が解読出来る状態ではなかった。
「これでも上手くなった方なのだよ。これが私達が読める程になったらやっと真実にたどり着けるわけだ。」
この上達のスピードなら解読できる日はそう遠くないと希望が持てた。
「私はこれからも調査を続けます。犯人に心当たりがないわけではないですから。」
「それは私も同じだよ、アレン。1番の容疑者はガブリエル・ラリマーだ。」
確かにガブリエルが1番の容疑者だ。だが…僕にはもう1人目星がついている者がいる。
エルリカ
彼女は何か隠そうとしていた。ガブリエルと親しかったことから何か知っているのは確実だろう。一体彼女は何をしているのか。…………これはアリスの為。彼女は近い将来皇后になる。その時に国が不安定である事は出来るだけ避けたい。だから今のうちから不穏な芽は摘む。




