凡人だった
アレンは踵を返しながら、今回の収穫について考えていた。エルリカ……貴族社会から追放され、もう関わる事はないと思っていたし、貴族のままでも出来れば関わり合いになりたくないと思っていた彼女。
この2年何があったのかは知らないがまるっきり変っていた。それでも、一時期は自分が皇太子の婚約者に相応しいなどと騒いでいたから不安の種ではあった。アリスにとって……不安の種。
公爵令嬢時代のエルリカは救いようのないほど悪女だった。そんな彼女の為に心を痛めるアリスが心配だった。何でアイツのことでそんなに心を痛めるんだ、アリスが無事だったからそれでいいじゃないか。生憎他人の安否まで心配してやるほど僕はいい人じゃない、僕にとってアリスが無事か否かそれだけ重要だった。それなのにアリスは自分の責任だと心を痛め、体調を崩した。
彼女は優しい…優し過ぎる。その優しさが己を殺すかも知れないのに。優しくて聡明で真っ直ぐ過ぎる。穢れを知らない彼女を守ってやらないとと幼い頃は運動が苦手にもかかわらず騎士の真似事をしてアリスを安心させていた。今…それは僕の役目じゃない。
彼女の婚約者で自分の親友であるルイスの役目だ。自分で守りたかった……大切な人を。この想いを明かす事は無いが影ながら彼女を守る事は出来るだろう。自ら僕は陽の当たらないところへ、アリスを守る為に。
エルリカから出た情報ははっきり言って殆ど無かった。
ガブリエルと親しかったからと言ってラリマー侯爵家の内情まで知っている方がおかしいので普通なら彼女の返答に納得するだろう。しかし彼女はボロを出した。
最初はガブリエルと呼び捨てにしてさも仲よさそうな雰囲気を出しておきながら本題を出すとガブリエル様と一気に距離が離れた言い方に変わった。変に考え込んだり会話に間隔が開いた訳では無い、あの短時間の中で呼び方が変わった。それは自分は何も知らないとアピールしているようだった。
そのアピールがわざとらしく、何か隠しているように感じた。隠している何か…まではさすがに分からないがラリマー侯爵についてで間違い無いだろう。それか関連する何か。どうやらエルリカを甘く見ていたようだ、学園の成績は5位。無視できる順位では無い。
彼女が貴族時代に何か秀でたものがあるとは聞いていなかった。が性格に難あり過ぎて其処にしか目がいっていなかった。そのせいで今の今まで気づかなかったが頭脳が劣っているなど聞いたことも無かった。そして誰も知らない空白の2年。その間に彼女が脅威に変わっていたのだとしたら…。
(もう少し探りを入れていかなければいけないな。)
ラリマー侯爵家の失踪した嫡男はエメラルド公爵家の力を使ってスラムから辺境の地まで探している。が、見つかっていない…死んでいる可能性も考慮していかなければいかなくなった。
これが杞憂であれ、急に動きがあったラリマー侯爵家は怪し過ぎるのだ。それにラリマー侯爵家はトパーズ公爵の派閥の中で1番の忠臣でトパーズ公爵家を復活させようとしているなどトパーズ公爵家が無くなってから黒い噂が絶えなかった。
だからガブリエルがエルリカと仲良くなろうとしていたのもトパーズ公爵家を復興させその当主にエルリカを押し上げようとしているのでは無いか。罪人の一族を貴族社会に入れてはならない。適当な証拠を集めて無罪だと騒ぎ出すぞ。現にエルリカ自身も無罪を証明しようと動いている。
(クソっ。せっかく貴族社会の均衡を保つ為に働いたというのに。)
トパーズ公爵家を潰す為に宰相である父とその時まだ11歳だった自分が関わっている事は公になっていない。貴族社会の中で唯一派閥を持たない宰相家が一部の派閥が有利になるように動いた事がバレたら…。一部の派閥が有利になるように動いたと言っても貴族社会の格差をなくす為なのと悪い噂が絶えなかったトパーズ公爵家の悪事の決定的証拠を掴んだからなのだが。
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アレンと入れ違いになるように私の前にステファニーが現れた。さっき体力を消耗したばっかりなのにまた体力を消耗するのか。
それに取り巻き達を使って私の生徒会入りを辞退させようとしたのだ。他の皆の前では上品なご令嬢を装って私の前では何か文句を言うのだろうか。ステファニーが生徒会入りできたのはガブリエルが退学したというイレギュラーな事態があったからで本来なら生徒会入りは出来ていない。私はステファニーの意思に背いた行動をしたから怒っているのか。
「ごめんなさい!」
私より先に謝罪の言葉が飛び出したのはステファニーからだった。
「え?」
私が茫然としている間にもステファニーは口早に続けた。
「私のご友人達がエルリカさんに失礼な事をしてしまったようで、申し訳ありません。私の名前を出したようですけど指示したのは私ではありません。」
ご友人?取り巻きの間違いだろう。確かに公の場で生徒会入りを譲れなんて図々しい事を言ってあの場でステファニーの好感度は下がったことだろう。
「そうでしたか、てっきりあの言い方はオキニス伯爵令嬢が指示していたのかと。」
「まさか!私にあのような事が出来るとお思いで?」
いや…まず貴女のこと知らないからステファニーはそんなことするはずないと断言できないし。思っちゃっても仕方がないんじゃ無いだろうか。
「でもオキニス伯爵令嬢では無いのなら良かったですわ。」
そう言って愛想笑いを貼り付けたまま立ち去ろうとしたがそれをステファニーが許さなかった。
「お待ちになって。あんな事をして謝罪だけで済むとは思っておりませんわ、何かお詫びを……。」
あら、お詫びしたいのなら私にとってはもうこれ以上関わらないで欲しいですわ、オホホホ………と言う言葉を飲み込んだ。
「お詫びだなんていりません。失礼します。」
あんな取り巻き達を持っているのだ、彼女が命令しなかったとしてもボスの為に動くだろう。
こんなところ見られたら、あんたが気安く話しかけられる方じゃ無いのよ⁈とか言われそうだ。
あの一件で目立ってしまったからこれからは目立たないように慎重に進めたい。ラリマー侯爵という切り札も手に入ったし。
「待って。」
まだ私を引き留めるのか。
「何でしょう?」
「私達生徒会の仲間なんだし仲良くしましょう?」
………この人は庶民の子にも優しく接してあげる私☆に酔っているタイプだろうか?取り巻きを従えている人に優しい人なんていない気がするのだが。
仲良くなりましょう…友達になりたいサイン、決して不思議では無いその言葉が彼女の口から出るととてつもない不快感を纏う。
それがサラやカオルならこんな不快感に苛まれることもなかっただろう。たとえアリスがそう言ったとしても不快感はなかったはずだ。
ズキッ
激しい頭痛が私を襲う。ズキリズキリと脳を蝕まれているような痛み。今まで経験したことの無い痛みで顔がひきつる。無理矢理笑顔を作るとステファニーにこう言った。
「申し訳ございません、この後用事がありまして。」
「まぁ、そうとは知らず引き留めてしまってごめんなさい。」
一瞬でも気を抜いたら痛みが顔に出そうだった。私は廊下の角をすぐ曲がると寮まで走った。寮までの道のりに誰もいなかった為はしたないと窘められる事も咎められることもなかった。
(仲良くしましょう……か。)
ステファニーから離れると頭痛は治まっていた。まるでさっきの頭が割れそうな痛みが嘘のように…あの頭痛が警告であったかのような感覚を覚える。
オキニス伯爵家……欲を言えば彼女も手中に収めたかった。それはまた今度。




