悪女に惹かれる者、聖女に惹かれる民衆
「祖父の遺産…と言ったけどそれってラリマー侯爵家の全財産じゃない?」
「そうです、私が逃げたら侯爵家は潰れるでしょう。」
「なら、逃げるのは辞めにして貴女が今すぐ侯爵位を継げばいいわ。」
「今…すぐですか…。」
「できるわよね?」
「はい。」
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「父上は正気か!あんな恥晒しに遺産を相続させるなど!」
ラリマー侯爵は怒りに任せグラスを握りつぶした。使用人達が片付けようとするが侯爵は近寄りがたい雰囲気を醸し出していた為誰も侯爵のそばに寄って割れたグラスを片付けることが出来なかった。
「あなた、どうなるの⁈お金が無くてはパーティーが出来ないわ!」
「ええいっ、五月蝿い!いつもパーティーパーティー言いおって!」
侯爵と夫人が言い争っていると玄関の方から使用人達が、おかえりなさいませガブリエル様と言っているのが聞こえた。そして居間にガブリエルが入ってきた。
「ガブリエル、お前は相続を破棄しろ。侯爵家の財産を独り占めするとは何事だ!」
「そうよ、ガブリエル。そのお金は我が侯爵家の為に使うべきだわ。女装も辞めたことだし…恥晒しだった過去が消えるわけじゃないけどお前は立派なラリマー侯爵家の人間よ。兄さんを支えなさい。」
必死に自分を説得する両親は実に滑稽だった。ガブリエルはニィッと口元を歪めた。
「これは祖父が私のために残してくれたものです。何に使おうと私の勝手です。私が遺産を持ち逃げして侯爵家が潰れる…のも良かったのですが、一応この家に置いてもらっていた身として恩を仇で返すわけにはいきませんよね。」
両親の顔が少し明るくなった。
「私に侯爵位を譲ってください。」
その言葉を聞いて一瞬明るくなった表情はまた暗くなった。自分達が可愛がった兄ではなく気持ち悪いと嫌った私に爵位を譲らなければならないのだから。青ざめたまま固まる両親に笑いを堪えるのが大変だった。
「私を侯爵にして家を存続させるか、拒否して家ごと潰れるか。」
相当渋るかと思ったが両親が兄を切り捨てるのは早かった。
「わかった。お前を侯爵にしよう。」
今まで通りの生活は両親にとって兄より大事なものだったらしい。こうなってくると兄は本当に愛されていたのか疑わしくなってくる。するとそこに何も知らない馬鹿な兄が入ってきた。
「アーサー、お前を廃嫡する。」
「なっ⁈何ですって、父上!どうして私が。」
兄は慌てふためきその場に崩れ落ちた。もし私が爵位を勝ち取らず家に残っていたら母はいつもと変わらずパーティーが出来て私は父と兄に兄を支えるという名目の奴隷だっただろう。
「残念ですね兄上。今から私がラリマー侯爵ですよ。」
「まだ私はお前に爵位は譲ってないぞ!」
父が叫んだが私は父を睨みつける。
「それは残念です。なら私はこのまま出ていきますので、せいぜい没落ライフを満喫してくださいね。」
「ま…ま…待ってくれ。わかった、お前に爵位を譲る。」
父の額から冷や汗が伝い落ちるのが分かり、もう顔のニヤつきが抑えられなかった。 アハハハハッと自分でも不気味だと思う笑い声が溢れた。
「では、父上と母上を別邸に幽閉してください。」
使用人達は躊躇いもなくスムーズに両親を拘束した。離せとかやめろと騒いでるが数人がかりで引きずられて行ってしまった。その光景を茫然と見ていた兄上の肩をポンっと叩く。兄上はビクッと肩を震わせながら私を睨みつけた。
「この悪魔が!こんな事して許されると思ってるのか、こんな愚弟を持つなんて飛んだ恥だ!」
そう喚く兄に私は静かな声で言った。
「そんなこと言ってよろしいんですか?あと弟…ではなく妹ですよ、愚兄。」
最後の方は随分とドスの効いた声になってしまった。
「貴方はこの家に必要ありません、今すぐ出て行ってください。」
兄はずっとその場に座り込んでいた。自らの足で出ていかないのなら…と使用人達に引きずり出させた。兄を両親と同じ場所に居させたら私から財産と爵位を取り返そうと画策するだろうから家から追い出した方が安心だ。
使用人達が全員下がると居間に1人の人物が入ってきた。
「エルリカ、私やりましたよ!どうでしょう?」
ガブリエルは広い居間の真ん中で手を広げ客人を迎え入れる。彼女にとってエルリカは客人よりも上の存在だろう。彼女にとっては神様のようなのだから。貴族の娘として生まれたのに奴隷精神が根付いていた彼女はやっと自分の主人を見つけたのだ。彼女の為なら快く命を差し出すだろう。
「ガブリエルよくやったわ。」
その褒め言葉はガブリエルにとって最高のご褒美だった。その言葉をもらう為なら何だってやれると自分でも思えるのだ。
「それにしてもご両親には随分甘い仕打ちなのね。」
別邸はここよりかなり狭いが貴族の家らしく豪華な装飾がなされている建物で軟禁状態、私から見てもかなり甘いだろう。
「そんなことはありません。私の恨みはこれだけでは晴らせませんから。」
両親を幽閉したのは別邸ではなく別邸の地下にある地下牢だ。そこで人間として最底辺の生活を送る。ゆっくりジワジワと弱っていくはずだ。兄にはあの両親に甘やかされた同情として一文無しで家を追い出した。私にしては優しい方だ。
「ガブリエル、私の幸せの為に働いてくれるのよね?」
「はい、勿論!」
「私はお父様の復讐を果たす、それが私の幸せよ。」
ラリマー侯爵家にとってもハイリスクハイリターンの賭けだった。ラリマー侯爵家はトパーズ公爵家の派閥に属していた為現在の中立派に収まるまでトパーズ公爵家復権派などと疑われ貴族社会で信用を築くのにどれだけ苦労したことか。もしエルリカの復讐が中途半端に終わったらラリマー侯爵家が築いてきた信用を一気に無くす事態に陥る。それでもガブリエルは首を縦に振った。彼女にとって侯爵家の存続などどうでもよかった、今目の前にいる女神様が離れていってしまうことが1番恐れていることなのだから。




