生徒会 Ⅵ
私は一晩病室で過ごし、次の日の朝には退院した。頭を強く打ったが命に別状はないし、後遺症の心配もないから一晩だけとはいえ入院は大袈裟だったのだ。退院してからすぐにいつも通り芸術祭の準備をして、本当にいつも通りに時間が進んだ。
あの事があってからアリスが生徒会室に来ることも学園に来ることも無かった。私はなんとも思わなかった。準備も終盤に入りこれまで以上に忙しくなったから気にかける時間なんてなかったのだ。それに、生徒会の会長、副会長、書記が機能しなくなった。あの3人は準備を放り出して連日ダイヤモンド公爵邸に通い詰めているらしい。その業務のシワ寄せは会計のガブリエルと庶務の私にのしかかってきた。会長権限が無いと出来ない仕事は山ほどあったがそれらは私達には出来ないので、その他の仕事を私達二人で消化した。3日4日の徹夜は当たり前、時には指示だけでなく業者の人と一緒に肉体労働までした。
「まったく、あの3人は何やっているのよ!」
大体は想像がつく。アリスが来なくなった事が心配で様子を見に行っているのだろう。しかしだ…別に3人同時じゃなくてもいいじゃ無いか。一気に3人抜けた穴を私とガブリエルで埋めるのは相当しんどい。此の所徹夜続きで頭がろくに回らない。そのせいか、いつもより怒りが湧き上がるのが早かった。生徒会の業務よりアリスが大事なのか…。何でそんなにアリスばっかりだ…。優先順位が全てアリスになっている。アリスはなんとも思わないのか⁈自分の為に業務を中断して来てくれているというのに。
「もう、ダメです!私達2人じゃ限界です!」
ガブリエルがそう叫んだ。ガブリエルもテンションがおかしくなっている。私達はダイヤモンド公爵邸に3人を連れ戻しに行く事にした。
「引きずってでも、つれもどしますっ!」
普段のガブリエルならそんな無礼なことは言わないだろうが目の下に大きなクマを付けてテンションがおかしくなっている今だからこそ何か狂気じみたものを感じた。
ダイヤモンド公爵邸は帝都の中でも皇宮に近い位置に建っており、よく皇宮のものが出入りする程皇室との関わりが強かった。私達がダイヤモンド公爵邸の敷地内に入ろうとすると皇宮の使いの者がダイヤモンド公爵邸に入っていくのが見えた。屋敷の使用人に中に入ってもいいかと聞くと、使用人達はアリスを心配して来てくれたのかと勘違いしてすんなり通してくれた。聞くところによると私の事で凄く悩んで、その結果体調を崩し寝込んでしまったそう。そして先程の皇宮からの使いも皇帝が心配して皇宮医を派遣したんだそうだ。
(皇宮医派遣してるんだから3人はさっさと生徒会の仕事に戻れよ。)
どうしてアリスにそんなにこだわるのだ。そんなに特別なのだろうか。仕事を放り出してまで大切なのか。
(でも、それで迷惑をかけるのは違うわ。)
3人に目を覚まさせて、アリスには自分が迷惑の原因だと自覚させなくては。あの箱入り娘は自分が誰かの害になっているなんて考えたこともないんだろうな。大切に大切に育てられ汚いものは周りの者達がアリスの目に映らないように排除する。そしてアリスは自分の目に入る綺麗なもの、自分を大切に大切にして来た者達を見てそれが世界の全てだと誤認するのだろう。盲目なのだ。自分にとって都合の悪いものに対して盲目なのだ。元々、見るという選択肢がない、周りの者がその選択肢を排除する。
純粋で繊細な聖女アリスに汚れなど許されない、彼女が穢れに染まってしまわないように…。聖女アリスに求められているのは全ての人々が理想とする姿であり彼女本来の姿では無いのだ。
私はもう、聖女に対して何の憧れの念も無くなっていた。今はただ、聖女という鎖をつけらたアリスに同情する気持ちの余裕が生まれた。彼女は昔の私みたいに同情されることを嫌がるのだろうか。
聖女でも無く、ダイヤモンド公爵令嬢でも無く、ただのアリスに対しての感情は可哀想な人、なのだ。きっと昔の私と同じ。孤独なのだ。とてもとても孤独な、寂しい人。周りに沢山人は居るけど誰も本当の自分を見てくれない。いつも孤独に苛まれているんだ。私はアリスの事を誤解していたかも知れない。私には何となくわかる。彼女の聖女としての全ては彼女では無いと…聖女という仮面を被った演技では無いかと。私は同じ孤独という感情を知っている…分かり合えるかも知れない。
そこで私はあの日を思い出した。お父様が死んだのに使用人達は悲しまず、全てが敵になった。私にとってはあの場にいた全員が私を害する敵になったのだ。それに比べたらアリスの周りは味方で固められ守られている絶対安全。私より環境に恵まれている。それでも私と同じまたはそれ以上の孤独と闘っている。だって彼女は全身作り物のようにしか喋らないし動かない。何でもかんでも聖女としての言動が求められる。
アリスに聞いてみよう。私の憶測が真実なのか、憶測に過ぎないのか…。私とガブリエルはアリスの部屋の前まで来ていた。他の重厚そうなアンティーク調のドアとは違い、白く可愛らしい装飾が施されたドアだった。
私はその扉をノックした。
******
ドアの隙間から顔を覗かせたのはアリスではなく皇太子ルイスだった。
「悪いが、アリスは君の事で体調を崩している。今は会う時ではないだろう。」
「そうですか…。」
アリスと話せないのは残念だが、今回来た目的はアリスじゃない。アリスと話せるのはほんのおまけ程度に思っていた。
「いえ、今回急に訪ねたのはダイヤモンド公爵令嬢の事じゃ無くて、皇太子殿下達の事です。」
ガブリエルがそう言うとドアを無理矢理開けた。ガブリエルが大胆な事をするとは思わなかった私は固まってしまった。
「何せ私達は皇太子殿下達みたいに天才や秀才では無いので、たった2人だけで生徒会を回すのは大変でして!」
その皮肉たっぷりの言葉にたとえラリマー侯爵令嬢だとしても何かしらの処罰が下るのではないかとヒヤヒヤした。すると奥の大きな天蓋付きベッドのレースのカーテンの中からアリスが顔を出した。大きなリボンが付いたフリフリのナイトキャップと同じようなネグリジェ姿だった。やはりその時も、子供っぽいという印象が先に来た。可愛いとかではなく。体調は回復したのか顔色も悪くなかった。
「まさか3人とも私の為に生徒会のお仕事を休んできてくれていたのですか?」
「そのまさかですよ。ダイヤモンド公爵令嬢。」
ガブリエルが追い打ちをかける。休んで来てくれたのではなくサボって来てくれたのだが物は言いようだ。3人にとっても休んで来てくれたの方が都合がいいだろう。
「アリスが回復するまでは側にいたいんだ。」
アリスのベッドの側にいるアレンがそう言ったが、ガブリエルと私が許すはずがない、というか私は何もしてないしできないが。アリスと目が合うとアリスは申し訳なさそうに目を逸らした。
「アリスの容態が悪くなる…。帰ってくれ。」
ケイジが私達を追い返そうとドアを閉めようとする。
「分かりました!帰ります。しかし御三方も戻ってください。たかが1人の為に芸術祭を台無しになさるおつもりですか!」
ガブリエルがそう言った時3人の表情が変わった。顔に怒っているとは出さないが、その冷たい表情が3人が激怒しているとわかった。
「たかが?アリスをたかが1人だと?」
ルイスの冷たい声が体に突き刺さるかのようだった。私はぶるっと身震いしてしまった。これはやばいんじゃないか逆鱗に触れてしまった…慌ててガブリエルの方を向くとガブリエルには焦りの色は全くなく先程と変わらぬ様子だった。
「御三方にとってダイヤモンド公爵令嬢がどれほど大切なのかは存じあげませんが、私達にとってはたかが1人です。その1人のせいで国内外から要人をお招きするビッグイベントを失敗させるなどあってはなりません。しかも、その原因がダイヤモンド公爵令嬢だなんてダイヤモンド公爵家は大失態ですね。それに皇室の方や宰相家のご子息も失敗に加担しているとなると面目丸つぶれですね。」
私達!!今、ガブリエル私達って言った…それって私も含まれているって事だよね?ガブリエルは私の手をぎゅっと握る。ガブリエルも本当は怖いのだろうか。この発言をするのにどれだけの勇気がいるのだろう。私はガブリエルの手をぎゅっと握り返した。
(地獄に堕ちるのも2人一緒よ。)
私の震えもガブリエルの震えも手を握ったことによりもう無くなっていた。




