試験と長期休暇
微妙な空気の中、祭壇に向かって跪き各自祈りを捧げる。
『リカ…エルリカ…エルリカ…』
「え?」
自分の事を呼ばれたような気がして思わず声を出してしまい、祈祷室に私の声が木霊していた。サラとカオルも驚いたようにこちらを見ている。
「もう、エルリカ。急に声出すからびっくりしたじゃない。」
カオルが私に注意するが私の耳には入って来ていない。二人が私の名前を呼んだとも考えられない。小さい子供に呼ばれたような気がしたのだが神殿に子供なんていないし。
(気のせい…?)
「名前を呼ばれた気がしたんだけど…。」
「私は何も言ってないわよ?」
「私もよ。」
サラとカオルは否定した。
「私の気のせいみたい。」
気のせいだと自分に言い聞かせても、呼ばれたような気がしたことは確かだしその疑問は拭えないまま神殿を後にした。神殿という神様に近い場所で聞いた声だったので、あれはもしかしたら神様の声じゃなかったのだろうかと妄想してしまう。私は自他共に認める特別な何かになりたかったのかもしれない。それが幻聴を引き起こすのは流石に重症だ。
(私は聖女の光の当たっている部分に憧れたままなのね。)
聖女であるアリスが偽善者だと言われ、自分の憧れが粉々に砕かれたとしても絶望するわけではなかった。聖女の全てを憧れることはできなくなっても聖女の一部は私の憧れたもののままだ。スッパリと全部嫌いになれたらどれだけいいだろう。それでも憧れたものは憧れのまま私の中にあり続ける。この憧れが自然に消失するまで私の中では触れないでおこう。まだ私の黒歴史ど真ん中なのだから。
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「それでは試験を始めます。」
試験官の教師が試験開始の合図を出した。教室にはカリカリと羽ペンを動かす音だけが聞こえている。教室の空気は朝からピリピリしていて、一触即発の状況だった。いつも私を陰ながら嫌味を言う女子生徒達も今日に限っては何も言ってこなかった。授業初日の日にサラとカオルが庇ってくれたけど、二人ともクラスで浮いている為発言力に欠ける。しかし、サラの言葉が効いたのか目立つような虐めは無いが陰湿なものになっていた。
今日は夏休み前の試験。この試験で合格ラインに達しなかった者は休みを返上して補習がある。しかも、学園の成績上位五人は今期の生徒会役員になれる。空気がピリピリしているのは皆生徒会入りを狙っているのだろう。生徒会に入れれば社交界での地位が築きやすい。フローライト学園生徒会は一種のステータスなのだ。下級貴族でも上級貴族と交流が作れる機会をみすみす逃しはしないだろうし、平民クラスの者も下克上を狙って猛勉強する。
私は生徒会なんか興味ないと言いたいところだが、お父様の死の真相を突き止めたり、悪徳貴族を白日のもとに晒す為貴族と交流が作れる生徒会入りを私も密かに狙っている。サラの子爵家よりも政治の核心に関わっている上級貴族と繋がりを持ちたい。
幸いにも、公爵令嬢時代それなりの勉強をしていたのでメイドとして2年の空白期間があっても学園の授業について行けている。
(勉強できる時に勉強しておいて良かった〜。)
これだけ勉強していた事に感謝した日はない。それにしても、学園の勉強のレベルは国内最高峰と呼ばれていて相当難しいのに言語が違う国で勉強してるカオルは本当に凄いと思った。
試験は丸一日掛けて行われた。最後の方の教科の試験なんて記憶が飛んであまり覚えていない。全ての教科を1日で行うハードなスケジュールで試験が終わった後放心状態になる生徒も少なくない。勿論私も終わった後に抜け殻のように放心状態になった。試験中は疲れなんて気にならなかったのに終わると疲労感が一気に押し寄せてくる。その為、友達とここが難しかった〜、ここ自信ないわ〜、など回答を確認しあったり難しい箇所を報告し合う気力は残っていない。
(肝心の試験は終わった事だし、結果を見て夏休みはお嬢様の所に帰りましょうかね。)
ん〜と伸びをして席を立つ。早く寮に戻って荷造りをしよう。試験は中々の手ごたえがあったし、合格ラインは超えているだろう。お嬢様が嫁いだデンドリティックアゲート子爵は高齢のため社交シーズンになっても帝都の方に顔を出さない。その他妻2名も余り顔を出さないのでお嬢様も帝都に来るのは考えにくい。私から会いに行くしかなさそうだ。
(とりあえず、トリフェーン男爵領に一旦戻ってからデンドリティックアゲート子爵領に向かうかな。)
寮へ向かっているとサラとカオルが後を追いかけて来た。
「エルリカ、夏休み何か予定はあるの?私はヒスイ国に戻ろうと思うのだけど、3人で一緒に旅行しないかしら。」
カオルの祖国を旅行の計画みたいだ。初めての友達だし、行きたいのは山々なのだが……。
「ごめんなさい。予定が入ってるの。」
「なら、しょうがない!カオル、また今度にしましょ。」
「サラは休みが補習で潰れないように祈らないとね。」
「私は気にしなくていいわよ。二人で行って来たらいいわ。」
「ダメよ。三人で行くのがいいじゃない。でも、冬に旅行するのは大変だから、次の機会となると春休みになるわね。」
本当に申し訳なかったが学費を出してくれたり、学園に行く機会を与えてくれたお嬢様の元に帰りたいという気持ちの方が強かった。
行けるかどうかは試験の結果にかかっているのだが。




