悪女は聖女になりたい II
友達っていいな……。私はその結論に辿り着いた。もっと早くに出会っていればどれほど良かっただろう。孤独な少女時代の私に話してやりたい。友達の素晴らしさを。
授業が終わった後友達になった私達は美味しいケーキの店でお茶する事になった。この2年、トリフェーン家で働いて、給料もそこそこ貯まっているので少し贅沢したってバチは当たらないはずだ。
「ん〜。美味し〜い。」
サラがケーキを口に頬張る。口周りに幼い子供のようにクリームがたっぷりとついた。
「サラ、クリームついてるわよ。」
カオルがハンカチを取り出しサラに渡す。
「それにしてもサラは貴族なのにこんな庶民的なお店に来るのね。」
私は些細な疑問を投げかける。貴族は庶民とは違う。何に対しても特別扱いを好み、貴族専用の店を利用する。
「うちは名ばかりの貴族だから。大してお金も持ってないのよ。」
サラは両手を広げやや大袈裟に呆れたようなポーズを取る。サラはお嬢様と同じタイプか。平民をそんなに嫌っていない。というか平民が嫌いというのが可笑しな話なのだ。貴族の生活を支えているのは民なのに。貴族と平民の割合で言えば圧倒的に平民が多い。貴族は上に立つものとして民に感謝を忘れてはいけない。本当、昔の私に聞かせてやりたい常識だ。
「エルリカ、全然食べてないじゃない。もしかして、甘いもの嫌いだった?」
サラが心配そうにこちらを見る。
「そんなことないよ。」
「サラは食べ過ぎなのよ。」
カオルが笑いながら言う。そんなことないとサラが膨れながら否定した。
甘いものは嫌いじゃない、むしろ好きだ。貴族の頃はよく異国の菓子を大量に取り寄せたり、誕生日には百段の巨大ケーキを作ってもらったりした。あの頃は毎日お菓子三昧で少し太っていた。
(もう、毎日お菓子生活はしないわ…。)
その太った体もトリフェーン家でメイドとして働くに連れて自然と痩せ、健康的な体になった。
学園への帰り道、私達は大神殿に寄った。
「ついでに大神殿へ寄りましょうよ。」
言い出したのはサラだった。大神殿とは創造神リューエルを祀る場所で教皇や大勢の神官達がここにいる。サファイア帝国国教の総本山だ。他にも神殿は各主要都市にあるが帝都にある大神殿は教皇の住居も兼ねている為とてつもなく大きい。
「サラって意外と信仰心が高いのね。」
私は国教とはいえ信仰心は高くない神のために祈りを捧げる神官達が阿呆らしいと思っていた。万物の創造神リューエルは全てに平等な筈なのに聖女という特別な存在を創り出した。これは神にあるまじき行為ではないか。神は平等という理念のもと私の意思を正当化しようとしているが、本当は私が特別な存在になりたかった。特別な扱いを受けたかった。私の汚い欲からそのような考えに至った。
「えぇ。父が熱心なリューエル教の信者だったから。詳しくはリューエル教ナドゥエール派の信者なんだけどね。」
リューエル教にも派閥がある。神話の話になって来るが、世界は元々神界と呼ばれる神々が住む世界しかなかった。リューエルから生まれた神々達が様々モノを創った神聖時代の時、リューエルには3人の大天使の部下ナドゥエール、ヴィヴァルーヴァ、エフィ、がいた。ヴィヴァルーヴァはある下級神と恋に堕ち神界から堕天した。エフィも神界から堕天するのだが、エフィに関する神話の書物が解読不可の部分が多く謎に包まれたままなのだ。それぞれの派閥の聖書はリューエルの思想の解釈が異なるので信者同士の争いが絶えないらしい。割合で言えば、ナドゥ派5、ヴィヴァ派3、エフィ派2ぐらいだ。
「そうなのね。信仰心が高いのって素晴らしいことだと思うわ。」
私とは大違い。私は一人で勝手に妬んだだけ、だけど。
私達は大神殿の一般公開の祈祷室に入る。そこには思い掛けない先客がいた。
透き通るようなシルバーの髪、光の当たり方によれば薄いピンクや紫、黄色や青に緑にも見えるまさに虹色の髪に少しパーマがかかっていた。私は何でこんなにも彼女を観察しているのだろう。それは彼女が私から見ても美しいからか、私が憧れ妬み恨んだ人物だからか。祈祷室の小さな窓から差し込む光が彼女を照らし神々しさを増していた。
そこにいたのは聖女、アリス・ダイヤモンドだった。彼女は振り返って私達が入って来たと知ると、小さく会釈し、
「もう私は出ますので。」
と言うと、祈祷室から出て行った。その一連の行動からこちらに気を遣ったことが伺える。人々は何て心優しいんだ、身分が下の者にも気遣いができるなど普通はありえないと言うだろう。
「わぁ、本物の聖女様だ。初めてこんな近くで見た。」
サラがテンションを上げながら喋る横で、カオルは冷静だった。
「私あの子苦手なのよね。いつも笑顔を貼り付けてる気がする。」
「シッ。カオル、まだ近くにいるかもしれないでしょ。しかも神殿で言う事?」
サラはカオルに注意するが、カオルは淡々と続ける。
「心優しい聖女様って言われてるけど、私には偽善者にしか見えないわ。」
カオルはアリスの事をよく知っているわけではないのにその言葉には妙な説得力が含まれていた。
心優しい聖女様の本音は誰も知らない。というか誰も知ろうとしなかったのではないか。聖女という勝手なイメージを押し付けそのイメージを強要したのではないか。私が憧れたのは都合のいい勝手なイメージだったのか。私が憧れた、純粋で純白で綺麗な聖女は本当は他人の望む姿を本来の自分を殺してまで演じる辛く、苦しく、汚いのではないだろうか。
聖女と呼ばれたって私達と同じ人間。皆んなに好かれてると思っていた聖女もカオルのように好まない人間もいる。
(じゃあ、私が憧れ、妬んだものはなんだったのかしら。)
私達3人の呼吸だけが祈祷室に響いていた。




