悪女は聖女になりたい I
授業初日。私は入学式に配布された教科書を持って貴族クラスの教室の前に立っていた。貴族クラスにも上級貴族クラスと下級貴族クラスと分かれており、上級貴族クラスに分類されるのは公爵、侯爵、と皇族。下級貴族クラスに分類されるのが伯爵、子爵、男爵、となる。
(下級貴族クラスだとしても、場違い感がすごいよ〜。やっぱり、平民クラスの方がいいよ〜。)
それでも私は教室のドアを開ける。入学式当日にお嬢様から手紙が来た。
『貴族クラスで不安でしょうけど、大丈夫よエルリカ!貴女は我がトリフェーン男爵家が後見してるし、何か困ったことがあればトリフェーン男爵家とデンドリティックアゲート子爵家、この二家の名前を出しなさい。きっと役に立つわ。
ヒルデガルト・デンドリティックアゲート夫人より』
(お嬢様…。)
この手紙のおかげで勇気が湧いてくる。私は教室に足を踏み入れた。
******
(まぁ、予想はしてたけど………。)
教室は机が並んであって誰でも自由に座れる。しかし私が座った席の周りから人は離れて教室の後ろでヒソヒソと話している。そのうちの一人が私の方に近づいてきて、周りのざわめきは大きくなる。
「あら、トパーズ元公爵令嬢。ご機嫌麗しゅう。」
嫌味たっぷりに言うと周りのざわめきは笑いに変わった。私を笑い者にしたいらしい。勝手に笑っておけ…なーんて強靭なメンタルを持ち合わせていればよかったのだけど、私もそこまで強く無い。中々に堪えるものがある。
「あーんな、傲慢で鼻高々としてましたのに…。」
「もう貴族じゃないのにお高くとまっちゃって。」
周りの生徒たちが聞こえるように大きく声を張り上げる。どうしよう?最終兵器を使うか?トリフェーン男爵家とデンドリティックアゲート子爵家の名前を出そうか…。しかし、これで男爵家や子爵家の人は黙っても伯爵家は黙りそうに無いな。
「貴方方、恥ずかしく無いのですか。」
「大勢で一人を馬鹿にするなど貴族の品位が問われますわよ。」
すっと私の前に立った二人の女子生徒がいた。私を馬鹿にしていた人達は図星だったのか押し黙る。
「皆さん席について下さい。」
その時教師が入ってきた為生徒達は渋々席に着き出した。相変わらず私の席の周りは空席だったが。
授業が終わると生徒達は教室を出て行った。私はさっきの女子生徒二人の後を追いかけた。
「あの、先程はありがとうございました。」
二人は振り返り顔を見合わせた。
(あっ。もしかして無礼だって思われた?)
貴族は下のものが気安く上のものに話しかけてはいけない。いつも話しかけるのは身分が上の者だ。公爵令嬢だったこともあり、貴族時代にもそんな事気にしたことなかった。貴族の間の鉄則なのにも関わらず。
「当然のことをしたまでですよ。」
「ええ。」
思いのほか二人は怒って居らず人助けを当然と言ってのけた。
(聖人みたいな二人だぁ。)
貴族のドロドロとした闇の部分しか見てこなかったからか自分が闇の部分を体現したかのような性格だったからか貴族の中に聖人みたいな人が実在するなんて信じてなかった。
「私は、カオル・アンバー。ヒスイ国からの留学生なんだけど、中々クラスに馴染めなかったの。」
二人の内片方の女子生徒が口を開いた。たしかにこの国の人とは顔の造りが違う。ヒスイ国は東の方にある島国で敵国である東側と近いことからサファイア帝国の属国であるにもかかわらず、邪険な扱いを受けることが多い。
「私は、サラ・オブシディアン。カオルと仲良くしていたらクラスから浮いちゃって。だからクラス全体で馬鹿にされていた貴女をほっとけなかったの。」
オブシディアン子爵家の令嬢か。確かそんな名前の子爵がいたはず。
「私達、お友達になれるんじゃない?」
カオルが目を輝かせながら提案する。
「でも、私は貴族じゃない。今以上に変な目で見られるわよ。」
「私も留学生ってだけで貴族クラスにいるけど、ヒスイ国でも貴族じゃないわ。それに友達になるのに身分なんて関係ないわ。そうでしょ、サラ。」
「もちろんよ。身分を気にしていたら本当の友達なんてできないのよ。」
思わずうるっときてしまった。友達…こんなにいい響きの言葉があるだろうか。そういえば公爵令嬢時代にも友達なんていなかった。近づいて来るのはトパーズ公爵家を利用しようとして来る悪い大人達。その手は私にまでも伸びて来て、そんな人達から私を守ろうとお父様は私の交友関係を制限した。当時は気にならなかったし、お父様が私を気にかけてくれるのが嬉しかった。
「ありがとう…。」
「やだ、泣いてるの?」
「ううん、泣いてない。」
「嘘だー、泣いてるよ。」
私の意思とは別に涙が出て来た。いや、泣くほど嬉しかったのだろうか。人生初の友達という存在が。




