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悪女物語  作者: ひめりんご
悪女物語
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旅行 Ⅷ

聞いてみたかった。月下城は家出したくなるほどの家だったのか。私は家出したいなんて思った事なかったから家出したスィの考えがわからない。


「そうじゃな…。」


そう言ってスィは黙り込んだ。聞いては行けない質問だったのだろうか。

暗闇の中喋り声まで消えると、本当に何も聞こえなくなり耳の奥でシーンだかキーンだかそういう物音では無い何でもない音が聞こえる。


スィの声が聞こえなくなり、私だけかも知れないが凄く気まずい雰囲気になってしまった。

暗くて顔は見えない。もう寝てしまったのだろうか。寝ていなくとも返事がないのなら私はもう寝てしまおうか。


「わらわは一人ぼっちじゃ…。」


スィがやっと喋り出したので私は寝るのをやめスィの話に耳を傾ける。


「父上と母上…そして兄上が死んだ。パール家の血を引くのはわらわだけになってしまったのじゃ。」


パール家の末っ子長女としてぬくぬくと育ってきたスィ。嫌なら何処にも嫁に行かなくていいと言われるまでの溺愛っぷりだった。

家族全員がスィを溺愛し、スィが嫌いなものは一切やらなくていいしスィが赤と言えば青も赤になる。

スィの我儘も両親も兄も溺愛するが故に目を瞑っていた。


しかし、両親は病気であっという間に死んでしまい跡継ぎだった兄も落馬して頭を打ち死んでしまった。

跡継ぎになるなんてまったく想像していなかったスィだが、パール家唯一の御子となってしまいスィが城主、領主として立てられた。

勉強が嫌だと言い今まで何もしてこなかったスィに仕事が務まるわけがなかった。もうスィの我儘に目を瞑ってくれる人物はいない。誰も彼もスィに前領主と同じだけの働きを求めてきた。


今まで勉強してきた子供でも領主の任は重いというのに勉強してこなかったスィにその任は重すぎるを通り越してスィを潰しにかかっていた。


そんな日常から抜け出したくて家出をしたのだそう。


「わらわは可哀想なのじゃ。」


「ごめんなさい、同情できないのだけれど。」


「何じゃと!」


てっきり同情してもらえると思っていたスィはエルリカからの同情出来ない発言に驚いた。どうやってもスィが可哀想だろうという話なのに…と思っていた。


「上に立つものには責務がある、私のお父様がよくおっしゃ言っていたの。貴女は大変な仕事のかわりに豪華な家と食事、沢山の召使、部下達その人達に命令を下せる権力を持っている。」


私達はその仕事に見合う対価を何かしら貰っている。身分だったり権力だったり普通の人より多く貰っている。


「逃げてもいいけど、もう一生貴女はパール家の血筋と名乗っては行けないわよ。」


「バレるからか?」


「貴女は上に立つものの責務を放棄した。それを務めるパール家の家名を冒涜したのよ。その家名を背負って生きていく覚悟がないならこのまま家出を続ければいいわ。でもその家名を背負った家族とついて来てくれた大勢の人を見捨てた事は忘れてない様にね。」


家名を大事にしていたのはお父様の影響だ。いつもトパーズの名に恥じぬ行動を…と言われてきた。

それを破って我儘三昧だったのは私なのだが。

そんな私がスィに説教じみた事言える資格もなかったな。でもまだスィは地位も家も待っていてくれる人も失っていないのだから失う前に自分が一番いい選択をして欲しい…なんて私を重ねすぎか。


「そんな事…考えたこともなかったのじゃ。」


スィにとって名前は他人が個人を特定する為の記号の様なもので、スィ・パールという名前なら『パール』はパール家の出身であると言う事を意味する記号で『スィ』という名はパール家の中でスィ個人を特定する記号だ。


その記号にいちいち意味を見出すなどしたこともなかった。


スィという名前は嫌いではないが好きかと言われればそんなに好きでもなく…やはり『普通』に収まってしまうほどの名前。


なら…パールは?パールという名前は好きか?


自分にとって都合の良い名前ではあった。好きか嫌いかは置いておいて。

その名前を出せば誰でもいう事を聞いた。中には地に頭を擦り付けるものまでいた。

しかしその名前を出しても、平伏さないものが現れた。サラとエルリカだった。聞けば二人ともサファイア帝国の貴族であることがわかった。


なら、二人にもこの苦悩がわかってくれるはず。


そう思ったがエルリカから帰ってきた言葉は名前の重みの説教じみた話だった。


このまま家出を続ければ家族を冒涜し城にいるもの全員見捨てることになる。

別にそれでもいいと自分を押し通せるほどスィは我儘ではなかった。まだわからないことの方が多いが自分がしてきたことがどれだけのことかわかり始めた。

こんなに頭を回したのは初めてだったかもしれない。気づいたらスィは眠りに落ちていた。



******



朝起きると、ナエやカオルより先にスィが起きていた。一番最後まで寝ているイメージがあったのだが、朝には強いタイプだった様だ。


「こんなに早く起きたのは初めてじゃ。」


今日だけ例外だったらしい。


「もうちょっと寝てても良かったんじゃない?」


「いや、わらわは城に帰ることにした。この家の主人と娘に礼を言っておいてくれ…あとサラにもじゃ。エルリカ、ありがとう城に帰る決心がついた。」


そう言ってスィがカオルの家から出ようと扉に手をかけた時、グゥーとスィの腹が鳴った。


「ねぇ、朝食食べてから帰るのはダメなの?」


「よし、食べてから帰るのじゃ。」


スィは扉からくるりと向きを変えて戻ってきた。朝食を食べる為に。



「ヘェ〜、結局帰ることにしたんだぁ…。」


少々馬鹿にしたような口調でサラは言う。スィは青筋を立てながらも笑顔だった。


「わらわは領主じゃからな。戻ってやらねば民が困る。のほほんと生きる貴族令嬢とは違うのでな。」


「ハァァァ!?私はのほほんと生きてるわけじゃないわよ!玉の輿に乗るねよ、玉の輿!!」


結局スィとサラは最後まで歪みあったままだった。それにしててサラが玉の輿を狙っているのは初めて聞いた。



「世話になったな。」


朝食を食べ終えスィは帰ることになった。


「もう家出とかしないようにね。」


ナエはにこやかに言った。


「もう勝手に人を桜地区に連れて行かないようにねー。」


「うっうるさいのじゃ!」


サラはベーっと舌を出してスィをからかっていた。


「じゃあ送り届けてくるわね。」


月下城まではカオルが送り届ける。スィが一人で帰れない、と朝食の時に言いサラが自分の家への帰り方もわからないのー!?と吹き出しスィが怒っていた。


「エルリカ、()()()。」


スィは小さく手を振るとカオルに連れられ帰っていった。



******



帰りの船の中、私は今回の旅行を思い出していた。


(本当、色々あったわ。)


普通の旅行ではなかった。諜報員令嬢が自決し家出領主と出会い奴隷商人に拐われ…観光らしい観光があまりできていなかった事を帰りの船で思い出したのだった。


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