旅行 Ⅵ
「えっ!?なんでエルリカそんなに冷静なのよ。」
「いや、初めてじゃないしね。」
「どんな壮絶な人生歩んできたのよ。」
サラと話している間にも手枷をガチャガチャと言わせ外そうと努力しているが一向に外れる気配がない。
「スィさんも起きて!」
「……ハッ!なんじゃ。」
スィも起き上がった拍子に檻の天井に頭をぶつけた。
「逃げるよ。」
そう言ったものの手枷がなかなか外れない。手枷を鉄格子に打ち付け壊そうとするが後ろで手枷をはめられているので外れそうなのかそうでないのかがわからない。
しかし急に手の縛られた感じがなくなったかと思えば、手枷は外れていた。
「えっ!?」
自分で外した感触はなかった。本当に急に気づいたら外れていたのだ。しかも檻も解錠してある。
その不思議な現象が起こったのは私だけではないらしく、サラとスィも手枷が外れて檻が解錠されていた。
今は不思議体験の謎を解明するよりこの場から逃げ出すことを優先した。
「よし、逃げるよ!」
「「うん。」」
二人とも返事し、檻から出ると窓から外に出た。しかし商品を保管している倉庫の外に見張りがいないわけなかった。
「逃げたらダメだろうが。商品なんだから。」
体格の良い大男は手に大きな肉切り包丁の様な刃物を持っていた。それを軽くブンブンと振って私達を脅す。
「でも2、3匹減っても大丈夫だよね?」
そう言って大男は刃物を振り上げる。言葉からして私達は商品だから傷つけない様に丁重に扱わなければならないから殺される事はないという安心感を消しとばした。
そのせいからか私達の足は引きつりうまく走れなくなっていた。
刃物が振り下ろされると同時に私達は足が絡まり、地面に尻餅をついた。しかしこけたところで刃が届かなくなるわけではない。
私は来る痛みに備えて少しでも恐怖が緩和されるように目を瞑った。
数秒経って刃が来ないのはおかしいとゆっくり目を開けた。いや、もしかしたらもうとっくに切られていて痛みを感じれていないだけかもしれない。それはそれで恐怖でしかないのだが。
しかし目を開けて飛び込んできたのは無残に切られた自分の体ではなく、地面に倒れている大男だった。
「へっ?」
私はそれ以外言葉が出なかった。隣でリューエル様お助けくださいとぶつぶつ呟いているサラと気絶してしまっているスィの肩を揺さぶることしかできなかった。
(いったい私が目をつぶっている間に何があった?)
サラはリューエルに助けを求めている時に目を瞑っているので見ていなかっただろうしスィも気絶しているから見ていたかどうかは怪しい。
とりあえず、倒れている大男がいつ起きるかわからないので気絶しているスィを背負い神に助けを求めているサラの手を引いてその場を後にした。
桜地区を抜ける…という辺りで私とサラが居なくなった為探しに出ていたカオルとナエと合流した。
「やっぱり桜地区に居たね。」
カオルはあれだけ言ったのに…と当然だが怒っていた。
「私が行こうって言ったんじゃないのよ、不可抗力だったのよ!」
サラは桜地区に行こうとしたのではなく月下城を見にいったら何故か桜地区に行ってしまった経緯を話した。
「つまり、その子は家出城主様なのね。」
家に帰りながらため息混じりにカオルは言った。このまま月下城に送り届けてもいいのだが気絶していることもあって尋問は免れないだろう。
なら、一晩家に泊めて明日自主的に帰って貰おうとナエは言った。
普通城主様に会うなんて慌てふためきそうなものなのにナエは全然動揺したそぶりを見せなかった。
月下城城主という地位にあまり馴染みがなくピンと来ない外国人の私とサラならわからなくもないのだが、この町の住人であるナエが驚かなかったのは相当肝が据わっているのだろうか。
「それにしても!行き先も言わず勝手に出で行っちゃうのはダメでしょうが!!」
さっき怒ったばっかりなのにまた怒りが湧いてきたのだろうか、カオルはサラと私の頰を軽くつねった。
「あのまま桜地区の奴隷商に捕まったままだったら一生労働力として劣悪な環境で働かされるか遊郭に売り飛ばされてたからね。」
「ええ!遠い外国で娼婦になるところだったのぉ!?」
それを聞いて私もサラもゾッとする。劣悪な環境での労働力も娼婦になるのも御免だ。
「んー…どちらかと言えばサラちゃんとエルリカちゃんは労働力として売られてただろうね。遊郭に禿として入るにはちょっと年齢が高すぎるよ。遊郭に売られるとしたら城主ちゃんだっただろうね。」
ナエは私の背中に背負われているスィを見ながら言う。
「な…なんでそんなに詳しいんですか。」
そういう事をする店の存在自体は知っているがそこの階級制度みたいなものは全く知らない。ましてや、外国の店事情など知ってるわけもなかった。
「えっ?これくらいは普通に皆知ってるわよ。」
「「ええーーーーー!?」」
カオルの言葉に私とサラは顔を真っ青にしながら叫んだ。
「えっ?えっ?こういうのは常識なの?私達が知らないだけなの?」
サラは歯をガチガチ言わせながら私に聞いてきた。
「私達貴族ってそういう情報は結構遮断されているわよね。」
多分結婚前になると知識として教えられるだろうけど、幼い内からそんなに大人の事情に触れている子供なんていないだろう。
しかしこういう店が集まる町に生まれてそれが身近なものになってしまうと常識として根付いてしまうのだろうか。
そうだとしたならスィが城の中で大事に大事に育てられてきた事も納得できる。
町ではそういう店の事が常識として蔓延ってしまっているから。
「……スィって意外と重いわね…。」
カオルの家に着いた頃には手が痛くなっていた。貴族令嬢に返り咲き、肉体労働なんで久しぶりだったからまだこの感覚には慣れない。
意外と世界は早く回る。本来なら私はヒスイ国に旅行なんかしてなくて、スピネル侯爵家の養子になることもなかった。
貴族社会から追放された私がこんなところにいるはずなかった。
多分今でもメイドをしていたんじゃないだろうか。そしたらもしかしたら今も生きている人がいたのではないだろうか。
もう関係なくなったからと全てを忘れて生きてはいけない。昔の私ならそれが出来たかもしれない。
「ヒルデお嬢様…。」
小声で私はもういない人を呼んだ。初めて彼女の愛称で呼んだ。
生前からよく愛称で呼んでと言われていたのだ。主従関係にあるが、その前に私達は友達だ。…と。
私はメイドとしての立場を弁え呼ぶ事はなかった。
もういない人の名前を呼ぶほど無駄な事はない。その人が返事をするわけではないのだから。
しかし、こうして自分を落ち着けないと納得できないままだった。




