パーフェクトレディ Ⅲ
窓外の景色が変わっている。いつの間にか帝都に入ったみたいだった。
(変わらず、賑やかね…。)
帝都はどこに行っても人、人、人。人がいない場所なんてないんじゃないかと思うくらいに賑わっている。
帝都の景色を見ているとお父様との思い出が蘇って来て涙が溢れ出した。
「涙…?」
私は涙が流れ出してから少し間をあいて自分が泣いていることに気づいた。ハンカチを取り出し涙を拭う。お父様は帝国の敵、罪人として殺された。墓もなく、その遺骨が何処にあるのか私も知らない。お父様が死んで、誰かが悲しめば私の気も少しは紛れたかも知れない。でも、誰も悲しまなかった。使用人達も領民達も…誰も悲しまなかった。それどころか、恨む対象になっていた。
領民達を第一に考え、誰にでも優しかったお父様を…。罪人と決めつけられ、誰もその事を疑わなかった。あのお父様が帝国の敵になるはずないのに、あんなにお父様に良くしてもらっていたのに罪人として陥れられたら手の平を返して…。
「私は、お父様の無念の死を晴らすから。お父様を陥れた悪人を白日の下に晒すから。」
これは自分に対しての戒めでもあった。馬車は学園の敷地内に入り人の姿は見えなくなった。草木が生い茂り、アーチのようになっている。そこを抜けると学園の本校舎が姿を現した。馬車から降りて荷物を下ろす。大した量はない。トランクひとつに収まる。
「ありがとう。」
御者に礼を言うと本校舎の裏にある寮に向かった。向かって右手に女子寮、左手に男子寮がある。寮は1人一室貰えるがベッドと机を入れるだけで部屋はいっぱいになってしまう。なので貴族は金を別に払って広い部屋に住む。私はベッドと机があれば充分だし、ほかに入れるような家具はないし、水場は共同の物を使えばいい。
(公爵令嬢時代のプライドが無くなってて良かったわ。もし、そんな変なプライドが有ったら学園生活に耐えられないもの。)
部屋に荷物を置くと、帝都を観光する事にした。
(10年間帝都に住んでいたのに、屋敷からろくに出なかったのね。)
私が貴族の頃の活動領域は帝都にあるトパーズ公爵邸とトパーズ公爵領の邸宅、あとは皇宮と招待されたパーティーの貴族の屋敷ぐらいだ。
寮を出て先程潜った門へ向かう。門の方角からは続々と馬車がやってきてこれから入学する新入生が寮に入っていった。馬車に乗っていたからか門までの道のりは長く、門に着く頃には少し汗をかいていた。門から一歩外に出るとそこは静かな学園の敷地と違い、賑やかな帝都の町の風景になっていた。私は、無意識にかつてトパーズ公爵邸があった方角に歩いていた。もしかしたら家は何ともなくて、使用人全員がいつもの様に働いていて…お父様は書斎でお仕事しているかも知れない。玄関を開ければ、そこはいつもの我が家で美味しい食事が用意されていて皆、私をお嬢様、お嬢様と呼んで…。
(もし、あの頃に戻れるなら虐めていた使用人全員に謝ろう。)
謝るのはあの頃に戻らなくても出来る。しかし、お父様が死んで私が奴隷商人に売られる時の使用人達の顔が思い浮かぶ。誰一人として私と目を合わさず清々しい顔をしていた。私が居なくなって清々したのだ。私は使用人達からしたら二度と会いたくないのかも知れない。
そうなると私に謝罪する勇気はなくなってくるのだ。
貴族や富裕層が住む住宅地に入るとさっきまでの賑やかさは無くなり、貴族の豪華な馬車や高そうな服を着た人がちらほら通り過ぎるだけになった。貴族ではなくなり、こんなみすぼらしい服を着てこの辺りを歩くのは気おくれするが家があの後どうなったか気になった。
(もう、全部燃えて無くなったかしらね…。)
あの炎の中、誰も消火活動をしなかったのだ。無くなっているならそれでいい。それでも…もし、残っているのなら10年間住んだ家を見て思い出に浸りたい。
(私、貴族に未練タラタラね。)
もう、戻ってくるはずない。お父様も使用人達もあの地位も。だから無くなっていればけじめがつくはずだ。
私は歩みを進める。だんだんと見慣れた場所に出てきた。
(あそこの角を曲がれば…!)
足早になり、気づけば駆け出していた。貴族は走ることははしたないと考えているので、周りにいる人が私を可笑しな目で見る。そんな事も気にならなかった。だって私はもう貴族じゃないのだから、貴族のルールやマナーも今となっては関係ない。
目の前に現れたのは全焼し、なんとか屋敷の形には見えるボロボロの建物だった。2年経った今でも解体作業が続いている。私の知る家はもう何処にもなかった。
「お嬢ちゃん、そんなところにいると邪魔だよ。」
工事関係者のような男が敷地の中から出てきた。
「すいません!」
慌てて私はその場を飛び退く。この土地は売りに出され、
新しい人が解体するよう依頼したのだろうか。
(どうであれ、私の家はもう無いんだわ。)
そう思うとかつての家があった場所に背を向けて元来た道を辿りながら学園に戻った。
******
「皆さんは未来を担う若者。我が学園で様々なことを学び社交界に出ても恥じないように努力して下さい。」
フローライト学園、学園長ルーカス・マラカイト侯爵の入学生への祝辞は棘のあるものだった。学園を卒業したら学園の名に恥じることはするな、学園の名を汚すな、と言っている。マラカイト侯爵家の名がまるで彼を偉人の様に飾り立てているが、名前だけだ。マラカイト侯爵家の名がすごいだけであって、ルーカス・マラカイト自身の実力はそれほど凄いものではなかった。親の七光りといった印象だ。ダイヤモンド公爵の派閥なのでそんなに詳しくは知らないが。
創立者であり前学園長、フローラ・ダイヤモンドと彼女の夫リアム・ダイヤモンドは急な事故で死亡しており、その処理に追われたダイヤモンド公爵家に学園長の座を相続する余裕と適任者がいなかったことからダイヤモンド公爵家の派閥に属し、それなりの実績と家格を持っているマラカイト侯爵家にダイヤモンド公爵家の中で適任者が見つかるまで学園長の座を譲ることになった。
その時期マラカイト侯爵夫妻が隠居しようとしていたことからその息子のルーカスに侯爵位と学園長の座が譲られた。
公爵令嬢時代、聖女を目の敵にしていたことから彼女の両親が死んで不謹慎にも、ザマァみろと思っていた。だって羨ましかったのだから。生まれながらにして聖女として神に愛され、皇太子の婚約者となり父はダイヤモンド公爵で帝国の英雄、母も成り上がりの公爵で学園の創立者。大勢の兄弟達に囲まれ、使用人達からは慕われ…。父は仕事で忙しく、使用人からは嫌われ、一人娘で兄弟が居ない私は彼女を羨み、妬んだ。私はいつも孤独だったのに彼女は孤独とは無縁の生活をしているのだ。
神に愛され、家族に愛され、皆から愛され………。
私は彼女に憧れていた、彼女に成りたかった。
聖女、アリス・ダイヤモンドに。




