見えない未来
私が子供の頃、占い学というのが確立された。
未来は確かに存在し、見ることができ、干渉できる――端折って簡単にまとめてしまえば、運命は自分の力で切り開けるというのだ。
どうやら私には素質があったようで、寛容な両親にも恵まれ、占い学に身を投じることができた。
現在の占い学の基本として、・一「人間以外の運命は占えない」・二「自分のことは占えない」・三「占う対象の運命に関わる人のことまでは見えない」という制限がある。
私に才能はもともとなかったのか、それとも潰れてしまったか、はたまた枯れ果ててしまったか。同時期に占い学を学び始めたあの子はテレビやなんやら引っ張りだこだというのに、私は町の外れの一角で細々と地味な占い師を続けていた。今日もたいした金にもならないお客さんを占う。
目の前に座るのは、肌の露出が多く派手な髪色をした女性だった。
私は「今日の午後八時頃。帰り道ですね。坂を登った先の歩道橋で、すれ違って三人目の人の前で携帯電話を落として下さい。拾ってもらえたら連絡先を聞いて下さい。思わぬ拾い物があるかもしれません。ラッキーアイテムはヌイグルミみたいなストラップ」と答えた。
とびきりの有名人と結婚したあの子のことを妬ましく思いながら、また私にはいつ素敵な相手が現れるんだろうと考えながら、次のお客さんを占う。また女性だった。
ふわりとした服装にふんわりとした髪質、性格までもふわふわしていそうなお姉さんに「本日、同じ人に二回会うでしょう。気付かれる前に飲み物を零してみて下さい。乾いた心が潤うことでしょう。ラッキーアイテムは清潔なTシャツ」と答えた。
占い学というのは極めてしまえば人による差は全くない。それがどこで違ってくるかと言えば、どんなアドバイスができるかという生まれ持って得た人間性だ。つまり、私の人間としてのレベルはだいぶ低いということだ。ちくしょう。
次のお客さんはおどおどして何も喋らない、自己主張を全くしない女性だった。奥手。同性相手でも緊張している。めちゃくちゃ奥手。こんなので誰かと結ばれるわけがない。
けどお金を受け取ったからには何か言ってあげなければならない。ええと「勇気を振り絞って一歩踏み出し、ここに来たことがきっかけで運命は変わり始めます」と、思います。
「これは……」なんだろう、お先真っ暗で全然見えない。
「何か、掴んでいる……?」ような……? 頼むから自殺はしないでくれ……。
「手放したくないものは絶対に離さないこと。そうすれば未来は開いていくことでしょう」おそらくは。
「ラッキーアイテムは……」んんん、なんだこれは「練乳いちご」?
またお客さんが入れ替わる。
何かの雑誌で私のことが紹介されたようで、最近は少しお客さんが増えてきていた。ただ、そのお客さんのほとんどが若い女性で、さらに恋愛ごとばかり聞きにくるということは、そういう雑誌に紹介されてしまったのだろう。私だってまだなのに。私だって経験したいよちくしょう。
次は久しぶりに男性が来た。と思って目を輝かせていたら、短髪で背が高く少し筋肉質でシンプルな服装をした女性であった。
私は「心のままに行動するのが一番の近道です。ラッキーアイテムは、あなた」と答える。
次の人、と思いきや今と同じ人が戻ってきた。
「好きです。一目惚れです!」
突然そんなことを言われ、手を強く握られる。
「返事、待ってますから」
彼女が去っていったあとに手を開いてみると、殴り書きで電話番号のような数字が綴られた紙切れが残っていた。
相手が欲しいとは常々思っていたけれど、まさか仕事中に、それも初対面の人に告白されるとは思っていなかったし、私の恋愛対象は異性だし、でもあんなに真っ直ぐ気持ちを伝えられたのなんて初めてで少しドキドキしてしまってその後の仕事は上の空になってしまった。
そもそも正体がばれないよう頭にベールを被っているのだから一目惚れも何もないだろう、と疑問が浮かぶくらいに落ち着いてきたのは日が落ちて客足が途切れた頃だった。
今日はもう閉めてしまおう。慣れない考え事をして頭が疲れたし、探し物もしたいし。
コンビニエンスストアを巡って一時間半、自宅からだいぶ離れてしまったがようやく見つけた。
期間限定販売でどこも売り切れのお菓子。たきのこの森イチゴミルク味。最後の一箱。
私が手に取ると横から細い腕が伸びてきて、同じ物を掴まれた。
反射的に相手の顔を見ると、そこにいたのは今日、客としてやってきていたあの根暗な女だった。
つい、敵と判断してしまい侮蔑的な表現が出てしまった。
私のお客さんとしてやってきたあの静かな女性は、お菓子の箱を取り合っている相手が今日会った占い師だとは気付いていないようだった。
思いのほか力が強く、なかなか商品を譲ってくれない。
私だってそこまでこのお菓子に執着はないが、ここまで費やした時間を無駄にする気はない。
紙製の箱はもう二人の握力で潰れかかっていた。
占いで、欲しい物は手放すなと言われたことに従っているのだろう。このくらいのものなら捨てても運命に影響などしないだろうが、それでも守ってくれていることになんだか嬉しくなって、このお菓子は譲ってあげることにした。
相手の子はお礼も言わずに携帯電話を取り出して何か操作し始めた。今の出来事をインターネットで愚痴ったりするのだろうか。私は晒されてしまうのか。恩を仇で返されるのか。
「あ、あの、これ、うちのアカウントです。ネトゲの知り合いとかからも覚えやすいって評判で」
そう言って見せられたものはSNSのホーム画面だった。なるほど、一度聞いたら頭から離れなさそうなユーザー名をしている。
「お礼になにか、ケーキとか作るの得意なんで良ければまたレスください」
彼女は赤くなった顔を隠すように素早く会計を済ませると逃げるように帰っていった。
この展開、どっかの占いで見たような……。いや、そんなわけはないだろう。
なんかもう疲れたから期間限定お菓子はいいや。
夕飯を作る気力もないから、目に入った適当なファミリーレストランに一人で入った。
食事を済ませ腹も膨れ立ち上がったとき、後ろで作業していた店員にぶつかってしまった。
冷たい服が背中に気持ち悪く貼り付く。
店員の持っていた飲み物まで零してしまったらしい。どこか既視感がある。
私が謝るよりも先に店員の方が頭を下げた。
「申し訳ありません。どこかでお会いしたような気がしたのですが人違いでした」
その言い訳もどうかと思うが、上がった顔は見たことがあった。というか今日占いに来たふわふわした感じのお客さんだった。
こちらへ、と手を引かれてロッカールームまで連れて行かれ、新品の白いTシャツに着替えさせられた。下着が透けそうで怖い。外に出てしまえば暗いから大丈夫か。
汚れてしまった服はクリーニングしてから返したいらしく、住所を教えてしまった。
嫌な予感がする。
案の定、歩道橋の上でギャルみたいな女性とすれ違った。何かが落ちる音がする。決して恋ではない。
私が拾わなければならないんだろうな。
足元の、携帯電話なのかヌイグルミなのかどちらが本体かわからないものを拾い、落とし主に渡す。
「スゲー! ケータイ壊れてねえし一石二鳥じゃん!」
大袈裟に驚かれ、そのテンションのまま連絡先を交換されてしまった。
帰宅してベッドに突っ伏してから、簡単に個人情報を与えたことに後悔した。軽い女みたいで悔しいし、悪用される可能性を考えていなかった。久しぶりに人間に構ってもらえ、嬉しくて舞い上がってたのかもしれない。
一日に四人も。それも全員女性。そんなことありえるだろうか。もしやこれがモテ期とかいうやつか。
いや、自惚れているだけかもしれない。
一度に四人の同性愛者から迫られるわけがない。きっと遊ばれているのだ。結婚とか子供のこととかを考えればこんな軽率に告白できるわけがない。
じゃなくて!
彼女らは偶然今日私と関わっただけに過ぎず、恋愛関係には発展しない。時間が経てば今日のことは日々の中に埋もれ、お互いのことも忘れてしまうだろう。
なにより同性愛の女性が四人、偶数いるのだから彼女らで結ばれるべきだ。
よし。大サービス。今からあの四人の人生を無料で見てあげようじゃないか。
……って、誰も見えんわ!
そりゃそうだ。占いで運命の相手までは見えない。それはきっとあの四人全員がお互いの運命に深く関わってくるからだろう。
っていうかあの四人とも私の部屋で暮らしてるのはなんでだ。
私はどうなるんだろう。
他の人を占う癖で、自分までも占おうとしてまい頭の中が真っ暗になる。
何も見えなかった。仕様がない。そういうルールだ。
でも自分自身を見つめることはできた。
私は、彼女らから好意を向けられて嫌ではなかった。
むしろすこし嬉しい。
意識し始めていた。