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KING  作者: 安三里禄史
六章
31/77

6-1a

 その頃、ハーシュメルトは側近とともにウォールレストで待機していた。ノーラルの情勢を窺いながら、頻繁に自身参加の剣闘試合をおこなっていた。太陽神派の多いこの地で力を示し、キングの存在を知らしめるためである。若き王の対戦相手となる騎士はグランディオがえらび「目的を汲み取るよう」指示した。また、ハーシュメルトを猛獣と戦わせるときは密かに少量の毒薬を飲ませ、動きを鈍らせた。グランディオはたとえ興行試合であってもハーシュメルトの勝利を徹底した。ハーシュメルトの仮徽章をかけた本戦への出場はルール上必要なかったため、比較的容易だった。

 ウォールレストで剣闘試合をおこなう傍ら、ハーシュメルトはのちに来るノーラルでの行動をおとなたちに指導されていた。ノーラルの不届き者を告発する書状をハーシュメルトの名で送っても、国王からの返書はいっさいなく、国王の側近が代筆した要領を得ない返答に、グランディオは「もうこの世に国王はいない」と断言し、強行する決意を少年に促した。このまま野放しにするわけにはいかないとアーヴィンは息巻いており、グレンとキースはやや慎重であったが、ノーラルで王宮騎士による殺人が起きている以上、見過ごすわけにはいかなかった。テオジールは少年に淡々と今後の行動を伝え、理解しているのかを執拗に確かめていた。

 そして数日後、ノーラルの使者から受け取った書状を読むと、かれらはウォールレストを発った。書状にはノーラルの領主ウィリアム・グローリンとかれに従う5名の騎士の接触が増えたこと、ロスカ人集落付近で騎士が目撃されたこと、また新たにロスカ人少女の自殺者が出たこと、リーズ・ベルヴィルが原因不明であるが闘技場内で怪我をしたことが書かれていた。差出人はマクスベルト・コーマックだった。

 翌日の朝にノーラルへ着いたハーシュメルトたちは、現状を知るためコーマックのいる闘技場へ向かう。ここで落ち合う予定だった。

「どこにもいませんね」一通り場内を探したあとアーヴィンがつぶやく。

「宿舎にもいませんでした」

 グレンの報告に一同は外へ出る。

「村へ行きましょう。なにかあったのかもしれません」

 グランディオが言うとみな頷き、歩き始めた。

 村の人びとは一様に井戸水をくみ上げたり、家の周辺にある畑の作物の手入れや収穫をしていた。日常の光景のようだが、そのなかで所々数人があつまり、不安そうな顔で言葉を交わしている。グランディオが声をかけてみたが、村びとは王宮騎士、そしてハーシュメルトを見て発言を渋り、目をそらした。

「ああ、あの方に聞いてください」

 村びとの指すほうをむくと、村の奥から走ってくるコーマックが見えた。

「何がありました?」ひと気のないところへ移動してグランディオが聞く。

「ロスカ人の集落で騒動が起こりました。5人の王宮騎士と揉めています。すべて例の手駒にされた者たちです。くわしくは向かいながら。案内します、来てください」コーマックは口早に説明する。

「わかりました。領主もそこに?」とグランディオ。

「いいえ、かれは指示だけしていまは村にいるはずです」

「ではそちらはテオジールさん、お願いします。わたしはウィリアム・グローリンを捕らえます」そう言うとグランディオは、ハーシュメルトとアーヴィンを連れて領主の屋敷へむかった。

 テオジールはグレンとキースを連れ、コーマックのあとを追った。



「どのくらいで着く?」

 舗装されていない狭い山道を進みながらグレンがたずねた。

「おおよそウォールレストの端から端までの距離です」コーマックが駆けながら答える。

「意外と近いな」グレンは数日前の雨でできた水たまりを避けた。

 川を渡り、山道をくだった先の谷間にその集落はあった。北側には先ほどの川と繋がる海が見える。

 集落の入り口には木の杭が打たれ、柵のようになっていた。剣を抜いた5人の王宮騎士と農具を持ったロスカ人たちが柵を挟んで対峙しており、近づいてみると、リーズ・ベルヴィルが王宮騎士と口論をしていた。

「みな、武器をおさめよ!」テオジールがあいだに入り、叫んだ。

 ノーラルの騎士たちはテオジールを見ただけで一斉に青ざめた。そして指示通り剣を鞘におさめると、抵抗もせず直ちに手錠をかけられた。

「なぜこうなるかは、わかっているな?」

 テオジールがノーラルの騎士たちに、手錠をかけられる理由を理解しているかを問うと、かれらは観念するようにうなだれた。

「リーズ・ベルヴィル」テオジールは攻撃の構えを解かないリーズの前に立つ。「武器をおさめていただけませんかな?」

 リーズはそれでも動かず相手を睨みつけていた。「なにをしに来たの? ロスカのひとを傷つけるつもりなら、わたしここをどかないから」

「事情を聞きたい」

 テオジールは事情を知るロスカの代表者に村まで来るよう頼んだが、かれらは警戒しているのか誰も名乗り出なかった。

 リーズは構えを解いてテオジールに聞く。「どうしてあなたたちが騒ぎをおさめようとするの? ハーシュはもう国王になったの?」

「直になる」テオジールは静かに答えた。

 手錠をかけられ両膝をつく5人の王宮騎士はすでに離れた場所におり、そのまわりにはハーシュメルトの側近ふたりとコーマックが銃を構え、かれらを監視していた。

「事情を話したら領主をなんとかしてくれるの? あのひとが一番悪いひとなんだけど」

「案ずるな」

「どういう意味? はっきり言って。なんとかするのかしないのか!」リーズが叫ぶ。

「我々は領主を捕らえるために来た。もう事は済んでいるだろう」テオジールは固い表情ひとつ変えなかった。

 リーズはまだテオジールを睨んでいた。「やっぱりあなたたちを信用することはできない。あなたたちもロスカ人を傷つけたんだから。ここはわたしが守る! 文句があるなら力ずくでなんとかしてみれば!」と言って再び剣を持つ手に力をいれた。

 テオジールが唸るようなため息をつき呆れていると、山の方からリーズを呼ぶ声が聞こえた。息を切らしたロレンツが妹をあわてて探しに来たようだった。

「いつのまにいなくなったんだ、リーズ」

「あいつらが集落のほうにむかうのが見えたから追ったんだ」リーズはノーラルの騎士たちを指す。

「なにがあった?」ロレンツはリーズの指すほうを見て聞く。

「あとで答える」リーズはまだテオジールを警戒しているようだ。

 ロレンツは頷き、テオジールの元へ寄った。「あなたはハーシュメルトさまの側近の方ですよね? わたしがここへ来るとき、領主の屋敷のほうから銃声が聞こえました。様子を見に行かれたほうがいいのではありませんか?」

 テオジールは眉をひそめ、グレンたちに「罪人を牢にいれ、村の様子を見てくるよう」指示した。

 去り際、コーマックがリーズへ声をかける。「すべて打ち明けてもいい。大体のことはかれらも把握している」そしてテオジールへ、「わたしはロスカ人の生活の安全を条件にあなた方に協力しています。どうか、ロスカのひとたちに危害を加えることのないよう、お願いします」と意気強く、また丁寧に念をおした。

「わかっている」

 テオジールが答えると、コーマックはグレンたちのあとを追った。

「話を聞かせてほしい。事の発端はなんだ」

 テオジールが言うも、ロスカ人たちは怯えた目で目の前の王宮騎士を見ていた。

「ここからでるなって言われたんだ!」

 沈黙のなかから浮き出た声の主がテオジールの前に出て、集落の入り口、正確には川に繋がるいくつかの道に打たれた杭を指して言った。「すこし前にあいつらが来て、おれたちの家のまわりに柵を作れって。それでここから許可なく出た奴は何をされても文句言うなって言ったんだ」

 テオジールは見覚えのある少年の話を黙って聞いていたが、説明はそこで途絶えた。おとなたちが戦う姿勢を見せたので自分もそうしたが、騒動の原因までは知らないようだ。少年はまわりのロスカ人たちと、自分たちの言語で話し始めた。かれらの言葉を理解できないテオジールは、ちらりとリーズの顔を見る。

「ナジさんってひとが知ってるって。でもここにはいないよ。怖くて家に隠れてるんだって」口をひらいたリーズの剣は、鞘におさめられていた。

「話がしたい。ベルヴィル殿、通訳を頼めるか」

 リーズはロスカ人たちに事情を説明してからテオジールを呼んだ。「いいよ、付いてきて。でもその物騒なものは外してから来て。みんな怖がってるから」

 テオジールは左腰に下げてある剣を外し、ロスカ人に手渡した。が、リーズはまだテオジールを凝視していた。

「わたし知ってるよ。右側に銃を持ってるでしょ、それも外して」

 言われた通り、テオジールは外套に隠れた右腰に装着している銃を外し「やれやれ用心深い娘だ」と心の中だけで呟いて、ロスカ人へ渡した。

 行動範囲を制限させる柵を自らの手でつくらせたこの集落には、およそ30世帯は住んでいるであろうか。どれも家というよりも古びた木造の小屋で生活をしているようだ。どこも劣化が激しく、所々穴があいており、木は腐って黒く変色していた。ガラス窓もなく、窓らしい場所にはただ四角い穴があいていて、所によって布がかけられているだけだった。集落のはずれに畑も見えるが、柵の外側だった。

 案内された小屋へはいると鼻をつく臭いがした。ざっと見たところ、どこにも浴室が見当たらない。水への道を絶たれ、いまでは満足に体を拭くこともできないのだ。小屋のなかにはロスカ人の家族であろう、夫婦と幼い娘がいた。夫は、寝具なのか床へ直に置かれた、何かを詰めた大きな布の上に座っており、妻は娘を抱きかかえて夫のそばで話をしていた。誰も衣類は乏しく、男は擦り切れた下衣の上に一枚のシャツを着て、女は布を体に巻き付けるような服装をしていた。

 ナジはリーズのうしろにいる騎士の格好をしたセザン人の姿を見ると驚き、怯えるような態度で悲鳴を一声あげた。

 ナジの顔には殴られた跡があり、服には血が滲み、怪我をしてるようだった。手当のあとがみられないのは、水も薬も替えの服もないのであろう。テオジールははじめて目にしたロスカ人集落の惨状に顔をしかめた。

 リーズがこれまでの経緯をナジに説明しているあいだ、テオジールはあの威勢の良い少年を探そうとした。かれだけはセザン語を話せるようだった。以前、ノーラルの闘技場でハーシュメルトに食ってかかった短い銀髪の、目の大きい少年。かれはナジの小屋の入り口で、テオジールを監視していた。

「きみ、この集落で水はどうしている」テオジールはロスカの少年コルチカにたずねた。

「近くに川がある。でも柵を作らせてからあいつらの見張りが多くなって、行けなくなった。見つかるとああやってナジさんみたいに殴られるんだ。だから命がけで隙を見て、夜の内に水を汲みに行く。でもよ、あいつら夜だって見張ってやがるんだ。あとはリーズが運んでくれた水を少しずつ使うんだ。あいつ、女なのにひとりで何回も何回も川に行って、水瓶に溜めてくれてたんだ。あいつらおれたちに死ねと言ってるのと同じだ。リーズがいなかったらおれたちはもっとひどかった。リーズがセザンの王さまになればいいのに!」コルチカは体をそむけ、地面の土を蹴った。

「そうであったか。きみ、悪いが水を持ってきてはくれないか」

「さっき話しただろ? なに聞いてんだよ、監視されて行けねえって言ってんだろ!」コルチカはテオジールを睨む。

「いま捕らえた5人のほかにも監視する者がいるのか?」

「知らねえよ、セザン人なんてみんな同じ顔に見えるし。誰かってわかるのはコーマックさんだけだ」

 テオジールは辺りを見回し、自分の武器を預けたふたりのロスカ人を呼び、コルチカにこう話した。「柵の外に出てかまわん。行動制限は解除する。もし、ノーラルの騎士になにか言われればわたしの名をだせ。テオジール・クローヴィスの許可を得ていると伝え、この剣を見せればいい」

 コルチカは頷いて納得しているようであるが、ためらっていた。自身も前に何度か殴られ、それが心に引っかかっていたからだ。

「きみでなくてもいい。だれか体力のある者、すまないがきみ、行けそうな者に伝えてくれんか。傷を洗えないままではあまりにも不憫だ」

 なかなか動かない少年にテオジールは言う。

 コルチカはナジの小屋の前をうろうろしながら時おりリーズを見ていた。リーズに頼ってばかりの自分が情けないと日ごろから思うところがあり、些細なことでも手柄をたて、リーズに認められたいという意地が、コルチカにはあったのだ。

 かれは決心し、「おれが行く」と言って桶を両手に川へ走った。

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