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KING  作者: 安三里禄史
四章
21/77

4-2a

 ジーク・エリオスに剣闘試合の出場を許可してから4度の闘技会が終わったが、かれはすでに5つの仮徽章を手にしていた。はじめのうちは王都会場で連勝し、前回から王都のみならずクーラントでも優勝していた。このいきおいに危機感を抱いたハーシュメルトはジークの戦いぶりを見るため、ルディアーノを連れ王都会場へ足を運んだ。

 当然いたる所でジーク・エリオスへの風当たりは強かったが、かれの身元を引き受けたヴァンクール・ドルレアンが常に同行し、危害がおよばぬよう気を張っていた。ヴァンクールが正気に戻るよう、すなわち「セザン人として正しい行動」を心掛けるようほかの騎士たちは再三忠告した。しかし鉄のような信念が折れることはなく、したがってかれは次第に孤立し、何人かに除名処分を訴えられていたが未だ処分は下されていなかった。

 ヴァンクールが自邸にロスカ人を招き入れると妻のカミラは不快感を示し、隣の夫の生家へ度々子どもたちと避難して、夫の母と妹レイミーに不満を漏らしているという。幼い子どもたちは肌色の異なるロスカ人を気にすることなく懐き、遊びたがり、ある日3歳になる娘がジークの足元へ寄って、抱きかかえてほしいというように両手を広げたが、かれが拒んだため泣きじゃくる娘をなだめるのに苦労したようだ、との話をハーシュメルトはレイミーから聞いていた。カミラは「あまりにも非礼で冷淡である」と非難したが、ジークはすぐに詫び「ロスカには、男が自分の家族以外の女に触れてはいけない」といったしきたりがあり、守らなければ手首を切られるのだと説明していたようだ。ほかにも宗教上の理由からくる生活の違いがあり、信仰心のないセザン人にとってそれらは奇妙な罰を強いられているようで「なかなか哀れといったところね」とレイミーは感想を述べていた。

「ハーシュメルトさま」王座に座る少年にグランディオが声をかけた。「地下へいれていた王宮騎士、覚えていますか? かれ、王宮の地下牢へ移そうと思うのですが、いかがでしょう?」

「ノーラルで領主の息子を勝たせようとしたひと? まだ黙ったままなの?」

「ええ、そろそろ白状させようかと思います。それと、ノーラルをすこし探りたいのですが、よろしいですか?」

「探るって?」

「あの村は領主が小さな国の王のようになっているのでしょう。王宮騎士を駒のように使うのはいけませんよ。あなたが国王となる前に綺麗にしておきたいのです」

 ハーシュメルトは深く心に留めていなかった将来のはなしをされ、一瞬困惑したが、「わかった、まかせるよ」気を取り直して言う。

 グランディオが目配せをするとテオジールが動き出す。「闘技場にいる騎士をいくらかお借りしますぞ」ハーシュメルトへそう断ると、テオジールはアーヴィンを連れ地下へむかった。

 少年はテオジールを見届けてから、「いまから行くの?」とグランディオにたずねる。

「ええ、ハーシュさまも一緒に行きます?」

 グランディオが笑いながら言うのでかれは寒気がして突っぱねる。「いいよ、あんなおぞましいところ」

 やがてジーク・エリオスが現れると、会場内に怒号が飛び交う。ジークはセザン人からの心ない罵倒に臆することなく冷静に歩を進めていた。ハーシュメルトが通路の窓へ目をやると、厳しい面差しで腕を組むヴァンクールの姿があった。罵声はヴァンクールにも向けられていたが、かれはものともせず立っていた。

 ここまで孤立しても信念を曲げない男にハーシュメルトは恐怖を覚え、あるときレイミーに「きみの兄の目的はなにか」と聞いた。が、レイミーはもう説明すら面倒とでもいうように「正義」と一言、魂の抜けた屍となって答えていた。レイミーはしきりに「兄さんは頭がおかしい」と言っていて、彼女の家族はみなヴァンクールを敬遠するようになったのだという。レイミーの母は長男の妻カミラに同情し、いつでも愚痴を聞いてやり、レイミーの弟は兄の家へ寄り付かず他人のように振る舞い、かつては騎士で現在は歴史学者でもある父親は、うっとうしがっていた。また、この父親は、息子のせいではないのだが、ロスカから本を仕入れられなくなった現状を嘆いていた。ハーシュメルトはレイミーに「なにか企んでいるのではないか」とも聞いてみたが「兄さんはなにかを企てるほど頭はよくない」と明言していた。

 今日のジーク・エリオスの対戦相手はアストレーヴ出身の騎士の息子で、いままでに2度優勝経験のある青年だった。年齢はともに同じくらいであるが、ロスカ人の背は高く、体つきもひとまわり大きくみられた。試合開始前のセザンでの剣闘の作法をヴァンクールから教わっていたジークは、たがいに剣を交差させるため自身の剣を前にだしたが対戦相手は拒否し、審判員はその態度を不問に付し、ハーシュメルトも看過し、笛の合図で試合が開始された。

 開始早々ジークは身構える素振りもせず突進し、腹を勢いよく突くと相手は姿勢を崩し、うしろに倒れた。一瞬の出来事に場内は静まりかえった。新しく買った本の第一頁目が幾多の物語をすっとばした終章となってしまったほどの驚きである。客席の人びとは画布上の一題材であるかのように、誰もまばたきすらしなかった。ハーシュメルトも驚きを隠せなかった。

 審判員が立ち尽くしていると、現実へ引きもどすべくヴァンクールが場内へ進入し、詰め寄った。「勝負はついただろう! エリオスの勝利を認めろ!」

 相手を軽蔑するように審判員が肩をすくめると、今度はハーシュメルトのいる観戦場のほうへ来て、「不正行為はしていませんよ! エリオスの勝利を認めてください!」ヴァンクールは両腕を広げて大声で叫んだ。

 難癖をつけたくなかったハーシュメルトは不機嫌な顔つきで頷き、ジークを手の平を上にした手で指し、その形のまま上へあげてかれの勝利を認める意思表示をすると、ヴァンクールは礼を述べジークを連れ去った。その際ジークは一礼したが、ハーシュメルトは反応しなかった。

 本日の試合が終わり、会場の外へ出ると広場にはすでに人だかりができており、ハーシュメルトは若干疎ましく思いながらも、自分と懇意な間柄になりたいがため近づいてくる女たちに愛想笑いで応えた。

 広場で女たちを相手にしていると、ヴァンクールと、それに従うジークが一直線に突き進んできた。ヴァンクールが人だかりを押し分けて行くなか、ロスカ人に気付いた女たちが悲鳴をあげ一斉に飛び退き、異国人を無遠慮に見つめながら周囲の者たちとこそこそ話しはじめた。ヴァンクールがハーシュメルトのもとへ来ると、かれと握手をしていた女もロスカ人に怖気立ち、逃げて行った。

「ハーシュメルトさま、先ほどの公正な判定、誠に痛み入ります」

「うるさいな」ハーシュメルトはヴァンクールのよく通る声に対し呟き、「礼を言われるほどのことはしていない」と返す。

 当たり前だ、と思いながらヴァンクールは2、3度頷いて、こう申し出た。「ハーシュメルトさま、すこし話をしたいのですが、よろしいですか?」

「何の話があるというのだ。剣闘試合に関して不満があるならグランディオに言ってくれ。そもそも不満などないだろう? 仮徽章だって渡しているし、クーラントでの出場も認めた。審判員にも感情で判定するなと通達してある。セザン人と同じ扱いをしているだろう? ぼくはいっさい邪魔などしていない」

「ちがいます、剣闘試合のことでは」

 ヴァンクールが言いかけたとき、遠くからハーシュメルトを呼ぶ少年の声が聞こえた。同年代の少年たちに追われるその少年は、「ハーシュ、すまない! たすけてくれ!」と言ってハーシュメルトの背後に隠れた。

「なんだよベイル、何をしたんだ」

「あいつら無茶言うんだ。たすけてくれ」ハーシュメルトの服を掴み、身をかがめて怯えるベイルは答えた。

 広場まで追いかけてきた少年たちのひとりが迫り、「逃げられると思うな、ベイル。男なら覚悟を決めろ」と言ってハーシュメルトを盾にしているベイルをにらんだ。

「なんなんだ、ベイル、説明してくれ」ハーシュメルトはすがりつく友人を引き離そうとする。

「あいつ、おれに決闘しろと言うんだ。おれ剣なんて持ったこともないのに! 頼むよハーシュ、おれの代わりにあいつと戦ってくれよ。きみならわけないだろ?」

「待ってくれベイル、理由もなしに戦えるか! 何をしたのか言え。きみにまったく落ち度がなければきみに味方しよう」ハーシュメルトが言うとベイルは頭を抱えた。埒があかないので、ベイルに決闘を申し込んだ少年アランにたずねる。「ベイルが何をしたって言うんだ。言いがかりなら許さないぞ」

「おまえには関係ない! ベイル、来い!」アランはベイルの服を掴んでハーシュメルトから遠ざけ、「ほんとうは殴り倒してもいいんだぜ。だがそれでは野蛮すぎるだろ? だから決闘で決着をつけようってんだ。代理決闘なんて認めないぜ。いい加減腹をくくれ!」胸元に指を突き付けた。

 ハーシュメルトが立ち尽くしていると、騒ぎを聞きつけた友人たちが集まってきた。

「今回はあいつを擁護できない。行こう、ハーシュ」ウェルダーが声をかける。

「ウェルダーまで! 薄情だなあ!」いまにも泣き出しそうな声でベイルが叫ぶ。

「擁護できないって、なにをした?」

「くだらない話だ。ベイルがアランの妹に手を出した」

 ウェルダーから真相を聞くとハーシュメルトはベイルに呆れて溜息をつく。「勝手にやってくれ!」

 すると同時にアランが、「くだらないとは何だ!」と怒鳴り、ウェルダーに迫った。「妹は傷つき、自殺までしようとした!」

「自殺だなんて大袈裟なのよ! ちょろっとスカーフを首に巻いて見せて、死んでやる! なんて泣き喚いたりして、結局元気に生きてるわよ。大体あんたの妹も浮かれてたじゃない。ベイルを一方的に責めるのはずるいわ!」

 レイミーが口を挟むとアランは激昂した。「うるさい! おしゃべり女め! 他に女がいることを知らずにいたおれの妹に何の非があるというのだ!」

「まあ! なんて言い草!」レイミーは顔を真っ赤にして言う。

 見兼ねたハーシュメルトがアランに言い放つ。「女の子を罵倒するな! みっともない」

「黙れ! 女の前では気取りやがって。おれはおまえみたいな奴が嫌いなんだ。たいした実力もないくせにもてはやされやがって!」

 アランの言葉にハーシュメルトは腹を立てる。

「実力がないだと? 撤回しろ!」

「ハーシュメルト、おまえはじめに代理決闘を断ったな? 本心ではおれとの勝負が怖いのだろう? 不正でキングになったくらいだからな、王宮騎士の犬め!」

「ぼくを侮辱したな? いいだろう。いますぐこの場で勝負してやる!」


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