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KING  作者: 安三里禄史
二章
13/77

2-4b

 王宮庭園を抜け大階段を駆けおりていると、広場からこちらを見上げる友人と目が合い、ハーシュメルトは手を振った。

「やあ、レイミー。どこへ行くの?」

「エレノアの家よ。いまからお茶会を開くの」レイミーは持っていたカゴの布をめくり、いましがた焼きあがったばかりの菓子を見せる。「マリーヌも来るわよ。あんたも来る?」

「いまからウェルダーたちと遊ぶんだ」ハーシュメルトは闘技場の入り口に集まる同世代の少年たちを指した。

 レイミーはその集団を見定めたのち、眉をひそめる。「きょうは男たちだけで遊ぶのね。ろくなことにならないわ」

「どういうこと?」

「またばかみたいなことして遊ぶんでしょ? 知ってるわよ。あんたたちこの前女の日の公衆浴場、覗いたんですってね」レイミーは冷たい視線を送った。

「まさか! そんなことするわけないよ」

「嘘おっしゃい。とにかくあんたは目立つんだから、どこで何しようがこのアストレーヴでの行動は1日でわたしの耳に届くわよ」

「すばらしい情報網だね、レイミー。でも違うんだ、それ、ぼくひとりのときだ。ほんとうに、いいかい? そのときかれらはいなかった。真実を話すよ、真実はこうだ。はいってこいと言われたからはいったんだ、ほんとうだよ? それに最近の話ではないな……でもぼくは風呂にはいるつもりではいったわけじゃない。あのひとたち、ぼくが浴場の前を通りかかると決まって下着をぼくの足元に投げてくるんだ。ぼくが窓から返そうとすると――もちろん中は見ないように顔をこうそむけてね――なのに、受け取るのに手が届かないから、中へはいって持ってきてくれって言うんだ。それも浴場の奥のほうにあるカゴに入れてくれって言うんだよ。断ってもきりがないし、ぼくも急いでいたから仕方なしにはいったんだ。ただそれだけのことだよ」

 懸命に弁明するハーシュメルトをレイミーは軽蔑しきったような目で見ていた。「中へはいったですって。重罪だわ」

「要望に応えただけだよ」

「頼まれたらなんでもするわけ?」

「みんなよろこんでたよ。恥じらうぼくをからかってるのさ。期待に応えるのも仕事のうちだよ」少年は冗談ぽく誇らしげな口調で言った。

 レイミーは呆れ果てる。「あんたっておとなたちの前ではいい子ぶってるけど、本性はその辺の男子となんら変わらない悪童だわ。みんなこの顔に騙されているのよ。はやく目を覚ましてほしいわ」

「みんなを不幸にしてるわけじゃないんだから、いいじゃない。きみにだって迷惑かけてないだろ?」

「あんたについて色々聞かれるの。この前なんてあんたの話を聞くためだけにわざわざクーラントから来た婦人もいたわ。毎日質問攻めなの。わたしはハーシュさまの宣伝係なのかしら」レイミーは殊更に嘆く。「なるべく印象を壊さないように伝えてたけど、もうやめようかしら」

「かまわないさ。大体、ぼくはここに住んでるんだから、ぼくがどういう人間かなんて、みんなもう知ってるだろ」

「それもそうね」レイミーは肩をすくめた。「その不完全な紳士ぶりがかわいいだなんて言うひともいるわ。頭がおかしいのね。それも計算してやってるんでしょ」

「まさか。ぼくはそんな器用ではないよ」

「まあいいわ。なんだかんだ言ってもハーシュはセザンの希望だから、応援してあげる。じゃあ、そろそろ行くわね」レイミーは焼き菓子を数枚渡して去ろうとしたが、「あらいけない。肝心なことを忘れていたわ」と言って立ち止まった。「この前のロスカ人のあれ、大盛況だったみたいね。もうやらないの?」

「もういないだろ?」ハーシュメルトは焼き菓子をつまむ。

「ひとりいるじゃない。兄さんのとこに」

「兄さん?」かれは間をおいて答える。「ああ、ヴァンクールのことか。あれ、きみの兄さんだったね」

「そうよ。ひとりでよくわからない主張をしているの。カミラさんも相当こまってる」

「カミラさん?」

「兄さんの奥さんよ。その話はまたあとでするわ。わたしがとりあえず言いたかったことはこれ」レイミーは周囲にひとがいないのを注意してハーシュメルトに近づき、小声で話しはじめた。「あのロスカ人の情報を知りたければ、なんでも聞いてちょうだい。探ってあげるから」

「ありがとうレイミー、きみは最高の友人だね。ぼくはきみにたすけられてばかりだ」ハーシュメルトは上機嫌になる。「あいつか、もしくはきみの兄さんがセザンについて調べているようなら、どんなことでも教えて。とくに、太陽神なんていう言葉が出てきたら、すぐにでも知らせてほしい」

「わかった。まだ闘技場と家の往復だけで怪しい動きはないから、進展があったら報告するわ」

「さすがだね、でも無謀なことはするなよ。ロスカのやつらは何考えてるかわからないんだから」

「心配ないわ。こういうのは得意よ」

「きみには頭があがらないな」

「持ちつ持たれつよ」

「ぼくもきみのために働こう」

「話がはやいわね」

「なんでも言って」

「まずは確認よ。密偵を買って出るなんて、わたし勇敢よね?」

「そうだね」

「気が利くわね?」

「もちろん」

「そして親切よね?」

「間違いなく」

「アストレーヴ内でもそこそこかわいいわよね?」

「とびきりの美人だよ」

「それでいいわ。それをアデルに伝えてちょうだい。レイミー・ドルレアンは勇敢で、友達想いで頭も良く、正直素直でとっても気の利く優しく愛らしい女の子ってことを、それとなくアデルに吹き込んでほしいの。頼んだわよ」レイミーはこちらが本題だといわんばかりの態度で依頼内容を伝え、ハーシュメルトと契約をかわすと、足取り軽く南の通りへ消え去った。

 ハーシュメルトが広場の少年たちと合流すると、しばらくレイミーに捉まっていたことを茶化された。レイミーの話は長いのだ。

 レイミー・ドルレアンは殊におしゃべりで人懐っこく親しみやすかったので、性別年齢問わず知り合いが多かった。「アストレーヴで道に迷ったらレイミー譲に聞け」と言われるほどの情報通で、その特技は同世代のかれらからも一目置かれ、貴重な人材として重宝されていた。また、レイミーがとびきりの美人であることは満場一致の事実なのだがもうすこし慎み、たしなみ、控えめの心があれば良かったのだ、惜しいところである。ゆえに彼女とはじめて会った日の少年ならかならず、朝恋に踊り、昼に疑い、夜には朝の足を切る。この経験はアストレーヴの男子であれば誰しもが一度は通り、ハーシュメルトも例外なくその道を通ったはずだったが、かれの記憶の道にはもう靴の跡すら残っていない。

 さて、その場にはアデルもいたためハーシュメルトは約束通り、レイミーの評判を上げるための賛辞を適当に述べた。それをしたところで恋人のいるアデルにはなんの効果もないと分かってはいたが、かれなりの義理を通したのである。

 ハーシュメルトと合流した少年たちは闘技場へむかう。かれがキングとなってから、闘技場は少年たちの遊び場のひとつとなっていた。もちろんハーシュメルトがその場にいなければ休日に会場は開放されないので、アストレーヴの少年たちの派閥のいくつかはかれらの組織に統合された。

 少年たちは観客席を走り回ったり、広い場内で木剣を投げ飛距離を競ったり、球技をしたり、セザン国民であれば知らない者はいない「セザンの英雄ソルド」を演じたりして日々遊んでいたが、最近のかれらの遊びは専ら騎士ごっこであった。大抵は木剣をそれらしく振ってみたり、思いついた粋な台詞を披露してみたり、試合のように戦ってみたりの程度であったが、なかにはハーシュメルトに指南を求める少年もいた。そのようなときハーシュメルトは玄人らしい表情をつくり「まずは体力」と言って、闘技場のまわりを100周は走り抜くよう勧めている。

 夜になってハーシュメルトは自室にルディアーノを呼んだ。ルディアーノは頼まれていたコーマックの手紙を3通、ハーシュメルトに渡した。かれは窓のそばにある木製の白い円卓にランプを置いて、手紙を灯に近づけて内容を読む。1通目は新しい規定書の要望、2通目はハーシュメルトのノーラル訪問時期の確認、3通目は急を要する相談のため、忙しいのであれば自分が王都へ向かいたい、と書かれていた。

「まいったな、これは読んだ記憶すらないな」ハーシュメルトは3通目の手紙を封筒へしまう。「またテオジールに怒られる」かれは意気消沈してみせ、ランプに灯る火に手紙をよせていった。「なかったことにしてしまおう」

 ルディアーノはすかさずハーシュメルトの動きを止め、悲しみあふれる顔でつぶやく。「なりません。すでにテオジールさんもグランディオさんも目を通しています」

「それならば仕方ない。返事は明日書こう。それよりも」気持を切り替えハーシュメルトはルディアーノをソファへ連れて行き、今日の出来事を語り始めた。

 かれはルディアーノとふたりきりになれるこの夜の時間を非常に好んだ。自分の話を興味深く聞いてくれ、そしてある事柄について彼女独自の見解を聞くのもたのしかった。まわりにいる女の子たちよりもルディアーノは落ち着いていたが、大人になるにつれ忘れゆく夢を、ずっと大切にしているようなひたむきさが、彼女独特の魅力の源だとかれは考えていた。そのように、ルディアーノについて思索するときですら、かれにとって至福のひとときであった。

 あまり遅くまで拘束しているとかならずといって大人たちに注意されるので、語らいはほどほどに、彼女を部屋に戻し、ハーシュメルトは眠りについた。


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