B-3 イコ
中にあったのは大量の乾燥された草だった。俺はあまり詳しくないからなんの草なのか分からないが、こうやって乾燥させて大切に保管する草は大麻くらいしか俺は知らない。
「どうやら君は、見てはいけないものを見てしまったようだ」
ひょろ長い、眼鏡をかけたサラリーマン風の男が目の前に立つ。その男は目が赤く充血していた。確か、大麻吸うと目がそのようになるんだよなぁ。
「こんなに沢山、どうするつもりなんだ?」
「こんだけあれば、一生困らないだろ」
そりゃあ、まあ。だいたい千グラムくらいあるしな。
「しかし、ここが隠しやすいかなとか思って適当に結界張ってたら、こんな大物がかかるとはね」
「俺のこと知ってるのか?」
「いや、知らないけど、まずこのビルの存在に気付いて、その上、大きな会議がある日を調べて、このビルに来て、結界まで破る。大物じゃないか」
その半分以上は仲間の力だったから、俺はなんだが情けなくなった。このビルに気付いて、会議の日を調べたのは雄馬だし、結界を破ったのはあの名前を教えてくれない情報通だし。
「何が目的だ?」
サラリーマン風の男は凄む。
「ただの探し物だ。そして、ここははずれだった」
俺はその男に背を向け、手を振って去ろうとした。
「お前みたいな危険な奴を逃がすはずないだろう」
その男は内ポケットから御札を取り出し、投げた。
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そこは、無限に広がる草原だった。見渡してもあるのは、草だけ。地平線まで見える始末。
空は青く、日は燦々と降り注ぐ。まるで、夏の昼頃のようだ。
「何が……」
起こったと頭の中で続けて、俺は現状把握を急ぐ。
幻影か。と最初に疑った。幻影ならばただ幻が見えているだけなので、僕はまだビルの中にいるはずだ。少し走れば、壁にぶつかるはずである。そう思って十メートルくらい走ったが、見えない壁はなかった。
ならば空間転移か、と疑いもしたが、それは違う。空間を越えるには、科学でいうところのワームホールを魔術で作る必要がある。それは、パッとすぐ出来るようなことではない。だから、違う。
となると、残った可能性は一つだ。ここは異世界だ。世界は線のようなもので、あらゆる可能性があり、その可能性ごとに枝分かれしている。きっとここはその可能性のどれかだ。
空間転移と違い、異世界の製造はとても簡単である。なぜなら異世界というのは曖昧なものだからだ。空間転移は実際に観測出来る場所を行き来するから大変だが、異世界は所詮可能性に過ぎない。なにしろ、魔術ってのは元々、無いものを作り出す力なのだから。
なにもないところから火を。
なにもないところから水を。
これが魔術の根源なのだから、ありもしない異世界を作るのは容易なのだ。
「どうやって、戻ろうか」
術者を倒す以外方法はないのだが、なんとなく呟く。異世界を作る魔術ってのは術者もその世界に縛られる。術者の想像がその世界を作っているのだから、想像を止めると世界は破綻する。だから、術者も出られない。
こうなったときの術者の動きは分かっている。俺を始末しに来る。
「なかなかにイカした世界だろう。とあるゲームを参考にしたんだけどね」
その男はどこからともなく現れた。とても大きな恐竜のような生き物を引き連れて。
「僕は発想が貧困だから、こんなものしか考えられなかったけど、十分だろ。なんらかの原因で隕石が落ちなかった。恐竜は絶滅しないで人の文明は発達しない。なんだかありえそうじゃないか」
枝分かれした世界のどれかと一致したらしい。
「僕は魔術師としては下の下だからね。自分では戦えない」
代わりにこいつが相手をしてあげるそうだ、と続ける。
明らかに分が悪いが、戦うしかない。
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手に持っていたのは、八発入りのリボルバー。スタンガン。それに刃渡り十センチくらいのナイフ。
「あとは、魔術か」
こうなってしまえば、もう魔術使用禁止なんてのは関係がない。といっても大した魔術は使えない。道具をあまり持ち込んでいないから、得意な魔術はほとんど使えないし、道具を必要としない魔術はかじった程度の実力しかないし。
「やっぱ、魔術ってのは信仰だよなぁ」
もっとも、これは魔術なのかどうなのか怪しいのだが。だが、科学の中に生きている人間は、怪しいものを大概魔術だとか、魔法って言う。ならこれも魔術なのだ。
俺は背中のナイフホルダーに触れる。そこには、刃がところどころ欠けている古いナイフが入っている。
神やら精霊やらは存在するのだろうか。俺はその答えを知らない。だがこのナイフは付喪神である。百年使われたナイフに精霊が宿ったものだ。このナイフは凶暴だから抜きたくない。まあ、最後の切り札のようなものだ。
対峙するは巨大なティラノサウルスのような恐竜。正直、どうやって倒せばいいのか分からないが、倒す必要はない。目的はあくまでもサラリーマン風の男だ。世界の維持ができないほど、思考に穴を作ればいい。気絶させるとか、殺すとか。
喜ばしいことか悲しいことかそれは俺の得意分野だ。