B-2 47
愛を隣のビルの屋上に準備させたのは、万が一を防ぐためだ。何かあったときに敵を始末してもらうため。もし俺が捕まったら、俺を始末してもらうため。
それと、さらにもうひとつ理由があった。俺は目的のビルに張られている結界を調べたのだが、それはビルの中でも使われた魔術に反応するものだった。だから、外で使われる魔術には一切反応しない。だから、透視のついているスナイパーライフルのスコープで索敵もしてもらう。
「もしもし、聞こえてるか?」
「うん。ばっちしだよ」
俺は愛と電話を繋げたまま、堂々と正面玄関口からビルに侵入した。
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「一階は、奥の部屋に何人かいるだけだね。無視して上がっていいよ」
「了解」
音をたてないように、少し気をつけながら、階段を上っていく。エレベーターもあったが、それをつかうのはあまりにも危険すぎる。
「そのまま、六階まで上がっちゃって」
「ん」
そのまま階段を上っていくと、上と下から足音が聞こえてきた。ここは踊り場。逃げる場所も隠れる場所もない。
「おい」
「上の人を気絶させて、六階まで上がる。掃除用具入れがあるからそこに突っ込んじゃえ。下の人はまだ、ちょっと離れているから安心して」
目標はアカシックレコードを入手すること。手に入ればこっちのもの。どんな不都合も覆せるはず。一人気絶させることのリスクとリターンを計算して、俺は愛の作戦に従うことにした。
ポケットからマスクを取り出し、つける。俺のような人間がマスクなんていうと禍々しいものを想像するかも知れないが、普通の市販されている白いマスクだ。
さて、愛は気絶させてなんて言ったが、そう都合よく気絶させることの出来る方法を俺は知らない。もしこれがサスペンスドラマなら、クロロホルムを吸わせればいいだけのはなしだし、漫画なら首をチョンと手で叩けばいいだけのはなしだ。しかし、ここは現実である。
そこで用意するのがスタンガン。スタンガンを持ってしても、人は気絶しないのだが確実に隙を作れる。数十秒くらいは。その間に縛っちゃおうというわけだ。
左手にスタンガンを装備する。腰にちゃんとロープやらなんやら、人を縛るとき用の装備もあることを確認した。準備完了だ。
俺はゆっくり階段を上っていく。ターゲットは上から降りてくる。俺より少し背の高い男だ。
「あれ、君、ここの人かい?」
すれ違いざまに声をかけられる。不審者がいるというのに全く警戒していない。日本人だなぁ。
俺は無言で後ろに回り込み、右手で口を押さえて、腰の辺りにスタンガンを当てる。スイッチをいれるとガクガクと男の体が震えた。俺はそのまま、右手を離さないように注意しながら、タオルを左手で取り出す。そして、口に巻く。上手くいった。
「そのまま、六階まで」
しっかり手足を縛って持ち上げる。なんだ、いいもの食べてないのか。軽すぎるぞ。
「六階に行ったら、廊下に出て、右に曲がる。突き当たりに掃除用具入れがあるから」
「なんだが、ヒットマンみたいだな」
「なにそれ?」
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「そこを右に曲がると目的地」
「人は?」
「いないんだなー、それが」
「誰もいないのが逆に怪しいな」
「いや、会議か何かでみんな四階にいるからだけどな。ああ、あとその先は見えないから」
透視対策か。さて、右に曲がって目的の部屋の前にたどり着く。
「これは、よくないなぁ」
部屋の前には、ゆらゆらと御札が五枚くらい浮いている。こうやって放置されているのは結界だから入るまでは絶対安全なんだが、これじゃ進めない。
「どうしたの?」
「ちょっとめんどくさい結界がな」
「あー」
見るまでもなくこの結界は陰陽師系だ。西洋魔術なら、俺でもある程度は分かるが、陰陽師系だけは無理だ。日本はあまり神秘を世間に晒したがらない。それはどの魔術でもそうだが、日本の魔術は他のところとは比べものにならないほどだ。だから、そもそも存在を知っている人自体が稀だ。それこそ、魔術に精通した人でもなかなか知らないってレベル。
「ちょっと電話切るぞ」
「おっけー」
ただし、陰陽師系の魔術には大きな弱点がある。他の魔術結界は魔術を知らない人には見えないが、陰陽師系は別だ。御札の紙は本物の紙だ。誰にでも見える。他の魔術とは違って、写真にも写る。
俺は御札の写真を撮って、友達の情報通に送りつけた。こうやってすぐに連絡がとれるということ。やはり科学は凄い。
暫くすると電話がかかってきた。
「おいおい、なんでも知ってるからってなんでも聞いていいわけじゃないんだぜ。僕は、撮り貯めてたアニメの消化をしないといけないんだ」
「なんでも知ってるんなら、見る必要ないだろう」
「この無知め。百聞は一見に如かずって言葉を知らんのか」
「いいから、さっさとどうすればいいか教えろよ」
はぁ、とため息をつく音が電話の奥から聞こえてきた。
「ライターでも使って燃やせ。たいした結界じゃない。ということはその先にあるのはたいしたものじゃないってことだ。ご苦労さん。骨折り損のくたびれ儲けだな」
「なんだ、なんでも知ってるお前でも、この先にあるものが分からないのか、嘘つきめ」
「いちいち、うるさいやつだ」
俺は電話を切る。そして、愛にかける。ワンコールで出た。
「上手くいった?」
「ああ」
俺はライターを取り出して、御札に火をつける。瞬く間に燃え上がった。そして、最後には燃えカスも残らない。
もう、魔術結界はない。僕はドアを開けて、部屋に入る。
「なーんだ、こんなものか」