B-1 スネーク
「なんとも、効率が悪いと思わないかね?」
東京都心。ただのビルにしか見えない、どこにでもありそうな建物の地下。未来を求める闇が蠢いていた。
「アカシックレコードを悪の手から守る。正しいことだが、正しいだけでは生きていけないということを知らないようだ」
眼鏡の奥に輝く瞳が全てを見透かしているかのように思える。
「世界はもう来るところまで来てしまった。問題を放置したまま。それは奴らみたいなとりあえず先送りにしようなんて腐った思考の持ち主がこの世界を跋扈しているからだ」
例えば環境問題。例えば放射線。もはや取り返しはつかないと思わないかね、と続ける。
俺は、自らの過去を振り返る。抗いたかった。この世の不条理とか理不尽とか。自らの可能性を自ら諦めているような奴らに。しかし、悉く飲み込まれたのだ。型にはめられたのだ。俺は、悲しくって情けなくって仕方がなかった。
「人類には役立たずと革命家と二種類の人間いる。そして人類の歴史は一握りの革命家が築き上げたものだ。しかし今、歴史は停滞している。社会の在り方が変わった。革命家は潰されて、役立たずどもが自らの手で未来を切り開いていると勘違いしている。迷走している」
初めて同類に会ったときの嬉しさはひとしおだ。それが理解されなければされなかったほど。
「翼の折れた革命家よ。もう一度空を飛びたいとは思わないか。人類を救いたいと思わないか。世界を変えたいと思わないか」
答えはとっくに決まっていた。
「よろしい。ならば君は今日から私たちの仲間だ」
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人が多い東京に居るとノイローゼになってしまう。これは田舎出身なのが原因なのだろうな。
「そういえば、あそこのレストランも無くなっちゃうらしいよ」
目の前でコーヒーを飲んでいるのは葦雄馬。俺の仲間だ。
「都会は時間の流れが早いね。どんどん変わっていく。悲しいとかって感情はないのか。まるでさ、居場所が無くなっていくような気がするんだよね」
どうでもいいことは無視するに限る。だが、雄馬は俺の反応などお構い無く続ける。
「居場所がないってのはかなり辛いよね。いいようのない悲しさがある。いや、寂しさかな。まあ、今の僕は、居場所がない訳じゃないから、悲しくも寂しくもないんだけどね」
俺はコーヒーを口に含む。ここは行きつけのカフェテリアだ。モダンな雰囲気の照明と古風な調度品達。一見ミスマッチに見えるが、そのちぐはぐな感じが風情があるように思える。
「で、お前はいつ、本題を話してくれるんだ?」
しびれを切らした。朝のコーヒータイムは至福の一時だ。それをこんな風情のふの字もない、浮浪者みたいな見た目の男に邪魔されたくはなかった。願わくば、スパッと本題だけ話して、帰って欲しい。
「ああ、仕事だよ。天王ビルに侵入して。有名なビルだから知っているでしょ。あそこ、なんだか知らないけど、魔術的な結界が凄いんだよね。その代わり科学的な防御は皆無。正直、本当にアカシックレコードを隠しているんなら、科学への対応をしないなんてことはないと思うから、はずれだろうけど、一縷の望み快速列車ってやつ? まあ、試してみてよ」
俺は頷く。
「人避け張られてるから気をつけて。あと、魔術を公使したらすぐバレるから気をつけて。科学縛りだね」
余裕だ。
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色々と考えた結果、俺が正面突破を選んだ。人避けがあるからって慢心しているのか、正面玄関の警戒レベルは明らかに低かった。中に入ってからは、臨機応変に対応しよう。幸い友達の情報通からビルの見取り図を貰っていた。これで迷うことはないだろう。
俺は最後の保険をしに、目標の天王ビルの向かいのビルの屋上に来ていた。
「ばーん」
「俺に銃を向けるな」
「ちぇー、わざわざ来てあげたのに、つれないやつー」
中嶋愛は手に持つスナイパーライフルの照準を俺からどける。
「壁、透視出来るなんてほんと魔術って便利とこれまでは思っていたよ。私、あんまり魔術に詳しくないから教えて欲しいんだけど。透視できない壁があるよ。どうして?」
「透視対策の魔術だ」
愛はふふふっと怪しげに笑う。
「それは腕がなるねぇ。最近は全部見えて楽だったからなぁ。見えないやつを撃ち抜くのがかっこいいよね」
「嘘つけ。お前、人を撃ちたくないってこの前言ってたくせに」
愛は、全体が見渡せるスナイパーポジションを探し、見つけるとそこに準備を始める。
「はぁ、気遣いが分からないやつはこれだから困るぜ。ところで透視出来る部屋と出来ない部屋とあるんだけど……」
「どこか教えろ」
このビルは科学への対策は一切とっていないと雄馬が言っていた。つまり、スナイパーライフルで撃ち抜かれるなんてちっとも警戒していない。ならば、透視対策の魔術が張られているところは、なにか大切な隠したいものがあるに違いないと俺は考えた。
「えっとねー、五階の右奥の部屋とー……」
俺は見取り図に印をつける。これでだいぶ仕事は楽になった。前回に比べると余裕のよっちゃんだ。
「じゃあ、行ってくる」
「いってらっしゃい。あのねー、私、人殺したくないよ」
ごめんと心の中で謝る。
「これだから、気遣いのわからないやつは」
屋上から下へ向かう階段を下りる。途中で人避けの魔術を張っておいた。
さあ、ちょっとスネークしてくるか。